先月、横濱カレーミュージアム内にある「カレー総研」が発表した一つの予想が話題になった。それは、2006年のカレーの流行は「白いカレー・黒いカレー」が大ブームになるというもの。この話題への反応を見ると、まず「カレー総研」なるものが存在していたことに驚いた方が多い。そして、カレー業界にも流行があり、それが2006年は「白」「黒」という色で、まるでファッション界のようであるということも驚きのポイントだった。そう、カレー業界にも流行仕掛人がいるのである。それは、横濱カレーミュージアム・プロデューサー兼フードプロデューサーの井上岳久氏だ。
カレー総研、2006年の流行は「白いカレー・黒いカレー」実は、2003年から始まった「スープカレーブーム」も井上氏をはじめとする「カレー総研」が仕掛けたものだという。当時、スープカレーは札幌以外では流行らないというのがカレー業界での常識だった。そこで井上氏らは、札幌で人気ナンバーワンの店『マジックスパイス』を横濱カレーミュージアムに誘致するとともに、関東の人にはなじみの薄かったスープカレーの魅力をマスコミを通じて発信、店に行列をつくり出すことに成功した。それがきっかけとなり、他のスープカレー有名店も続々と東京へと進出し、スープカレーブームが決定的となったのだ。「カレー総研」の、ブームを巻き起こす力のある商品を発見する目利きとしての力と、マーケティングやPR、プロデュースを含めた総合的な企画力がそれを可能にしている。
現在、横濱カレーミュージアムに出店しているのは11店舗。それ以外にこれまで出店した店舗は66店舗で、2001年のオープンからかなりの入れ替わりがあるのがわかる。同館では2004年3月から、売上、人気、カレー文化への貢献の3つで基準を満たした「殿堂店」に、全国から殿堂入りを目指す「チャレンジ店」が挑戦するというスタイルを採用した。この「チャレンジ店」を発掘するため、井上氏はカレー業界のトレンド情報にアンテナを張り、全国のカレー店を食べ歩いている。だからこそ同館は、北は北海道から南は沖縄まで、全国で今注目されているカレーの名店の味が一度に楽しめるフードテーマパークとなっているのである。
横濱カレーミュージアムその井上氏に、「白いカレー・黒いカレー」の流行について聞いた。「黒いカレー」ブームの背景には、おいしそうに見えるカレーの色が黄色から茶色、さらには黒へと濃くなってきている最近の傾向があるのだという。「明治時代にカレーが日本に入ってきた当初は、カレーの色は真っ黄色でした。当時は皆、イギリスの『C&B』というカレー粉を使っていて、それが真っ黄色だったからです。それから時代が変わるにつれ、カレーの色は黄土色、茶色と色の濃い方向に変化していきました。この傾向がさらに進めば『黒』になる、と考えられるのです。特に最近は、黒酢、黒豆、黒ごま、黒米など健康ブームの中で色の黒い食品が注目されてきており、色の黒い食品に対する抵抗感が薄くなってきています。この流行にのって、カレー業界でも『新商品は黒いカレーにしよう』という動きが見られます」。
カレー総研では、今年に流行する予兆としては、同館の船場カリー「イカ墨カレー」、湘南カレー「黒カレー」が1位、2位を競うほどの人気を見せていること、また、同館と江崎グリコが共同開発し、今年2月に全国発売した「黒カレー」のレトルトの売れ行きが好評であることを挙げている。船場カリー「イカ墨カレー」を食べてみたが、イカ墨のコクとうまみが引き出されているうえ、魚介独特の臭みが全くないのに驚いた。ライスの上に盛られたたっぷりのネギとの相性も抜群で、あっさりと食べられるので、これからの季節にもオススメの一品だ。
一方、「白いカレー」は、黄色のもととなるスパイス「ターメリック」を入れないもの。これはこれまでのカレーには珍しい。「カレーには数種類の基本スパイスがあり、普通はそのなかに『ターメリック』が必ず入っています。実は、これは味と匂いは全くなく、黄色の色づけ効果と様々な効能のみがあるスパイスなのです。この『ターメリック』を抜いた珍しい白いカレーを作る店が、最近いくつか出てきています」。富良野では白いカレーでまちおこしを実施し、注目されている。今年に流行する予兆としては、同館の「横濱フレンチカレーの店」と「パク森」で販売している白いカレーの売上が今年になり好調であること、また、ハウス食品もルウとレトルトで今年2月に「北海道ホワイトカレー」を発売し、生産が追いつかないほどの売れ行きを見せていることを挙げる。
同館の「横濱フレンチカレーの店」で提供している「驛の食卓 ホワイトカレー」は野菜をたっぷり使い、鮮やかに盛り付けられた一品。海の幸をふんだんに用い、白ワインで煮込んだ上品な味わいで、女性に人気だという。また、7月6日には、カレーを中心としたアジア料理を移動販売車でオフィス街のランチタイムに提供している「アジアンランチ」が同館の常設店舗となる。そこではスパイスを一切使わず数種類のハーブとココナツミルクで味付けした「タイ式白いカレー」も販売される。この夏、横濱カレーミュージアムで話題の「黒いカレー」「白いカレー」を食してみてはいかがだろうか。
横浜には他の都市に比べてフレンチカレーを出す店が多い。しかも、そこで出されるカレーは既存のフレンチの枠の中でカレー粉を使うというような安直なものではなく、自らスパイスを調合してオリジナルのカレー粉をつくり、フレンチの技法を使ってそれに見合う調理をするという深いものがある。それは、横浜のシェフには特有のものだと井上氏は言う。「横浜の人は地元意識が高く、シェフも、横浜で生まれ育ち、横浜でずっと働くという人が多い。都内だとシェフを目指す人は初めからフレンチ、イタリアンとそれぞれ専門の道を目指しますが、横浜ではまず地元の洋食屋で修行するんです。洋食屋だから、豚カツもスパゲティも、カレーも一通り学ぶ。だからその後フレンチ専門の道に入ったあとでも、深みのあるカレーが作ることができるんです」。東京でフレンチカレーというと、コース料理のなかで出されるなど、敷居が高いが、横浜はカジュアルフレンチの店が多く、1,000円ほどで気軽にフレンチカレーが食べられるのも大きな魅力だ。
「横濱フレンチカレー」といえば、元町で和魂洋才のフランス料理「横濱フレンチ」を確立した仏蘭西料亭「霧笛楼」が思い浮かぶ。「霧笛楼」総料理長の今平茂氏は、横浜市が進める「カレーを使ったまちおこし」プロジェクト・ハマカレープロジェクトで2004年に開発した「横濱フランスカレー」で創作の中心となった人物。「横濱フレンチカレー」とは、フレンチシェフがフレンチの技法を駆使して作る、盛り付けの美しさまで気を配ったカレーのこと。2005年には中田市長が横浜の「フレンチカレー都市宣言」を行い、プロジェクトでは横浜を代表するフレンチカレー店23店を選定・認定した。横濱カレーミュージアムでは「横濱フレンチカレーの店」をオープンし、横浜を代表するフレンチカレー店が月替わりで登場している。また、「霧笛楼フレンチカレー」は霧笛楼カフェで限定メニューとして提供している。
カレーは地域活性化の起爆剤になる?拡大する「カレーシティ・ムーブメント」事情「横濱フレンチ」を確立した霧笛楼は今年で開店25周年を迎えた。同店はそれを記念し、6月に横浜の食と町をテーマにしたDVD付きレシピ集『横濱フレンチ』を出版した。同書は霧笛楼の25年の歴史と、今平氏の「横濱フレンチ」へのこだわりを、ハマっ子の作家・石山和男氏が綴ったもの。そのほか、「霧笛楼フレンチカレー」をはじめとする今平氏の創作料理4品のレシピも収録されている。同店のフランス料理は、地元産の旬の野菜を使って季節感を表現し、料理を白無地の皿ではなく「横濱焼」と呼ばれる「増田窯」の絵皿に盛り付けるのが大きな特徴だ。フレンチとカレー、一見異なる分野のものが横浜ではつながっていくのも、この霧笛楼のように豊かな食文化を守り続けている店があるからだろう。
霧笛楼が開店25周年記念レシピ集「横濱フレンチ」出版 霧笛楼一方、手軽に、カジュアルにカレーを食べようという動きもある。この6月、山下公園前にある産業貿易センタービル地下1階に、カジュアルダイニング並みにこだわりのある料理をファーストスタイルで提供する「ファーストカジュアル」業態の飲食店「Spice Factory ・ POKAYU 横浜山下公園店」がオープンした。手がけるのは、「野菜をしっかり食べられるカフェスタイルのファーストフード店」をコンセプトに飲食店を展開する「スウィートベジタブル」。この店舗は同社が手がける飲食3ブランドが集まる旗艦店で、野菜をふんだんに使ったカレーを提供する「Spice Factory」、野菜を使った具だくさんのお粥を提供する「POKAYU」、フルーツと野菜のフレッシュジュースカフェ「Sweet Vege」の3つを営業している。
山下公園前に健康系ファーストフード3ブランドの旗艦店 Spice Factoryいずれもメインターゲットは女性客。各メニューにスモールサイズを設け、一度に様々な味が楽しめるよう工夫しているほか、女性が入りやすいように、ガラスを大きく使った開放的なカフェ風の店構えとした。3ブランドのなかでも先行して動き出しているのが、カレーの店「Spice Factory」。すでに1号店を今春、東京都世田谷区・千歳烏山駅前に出店している。特徴は、注文を受けてから目の前で焼くナンと、選べる10種類のオリジナルカレー。人気メニューは、ひき肉キーマルゥを使った「4種類の豆のカレー」、ほうれん草ルゥを使った「さっぱりチキンのほうれん草カレー」、旬の野菜を使った「季節のやさいカレー」など。セットメニューでは2種類のカレーが選べ、焼きたてのプレーンナン、五穀ターメリックライスなどを自由に組み合わせができる。野菜たっぷりの健康にいいカレーを、カジュアルに手軽に食べるというスタイルが女性客に受けている。
前述の井上氏は4月、カレーのレシピ本『見れば絶対食べたくなる!一億人の大好物 カレーの作り方』を出版した。その狙いを、井上氏はこう語る。「日本ではカレーは国民食と呼ばれていますが、『カレー』=『ドロッとしたルゥをかけるカレーライス』という固定概念があり、その先に広がっているカレーの豊かな世界に気付いていない。こうした状況になっているのは、カレーの奥深さを知るきっかけがないから。カレー文化を進化させるには、カレーの知識やノウハウとともに、その魅力を率先して語ることが大切だと思ったのです」。
見れば絶対食べたくなる!一億人の大好物 カレーの作り方第1章では、手軽に作れて毎日食べられるバリエーションに富んだカレーを32種類、第2章は8人のプロのこだわり創作カレーを18種類紹介。第3章では1週間で「カレーマニア」になるためのゼロからのカレーづくりのノウハウと、6種類のカレーを紹介している。その合間に、カレーに関するコラムがいくつも挟まる構成。この本を見ると、カレー料理の奥深さ、懐の深さに気付かされる。ここまで多様なカレー料理のアレンジができるのも、食文化が豊かな日本ならではだろう。
紹介したように、横浜は、全国から出店するカレーの名店、横浜独自のフレンチカレー、健康系ファーストフードの新しいスタイルのカレーなど、多様なカレーが楽しめる街である。流行のカレーを味わってみるも良し、自分で好みのカレーを作るも良し。今年の夏は、カレー文化を楽しみながら暑さを乗り切ってはいかがだろうか。