ZAIMは日本大通り側の旧関東財務局(ZAIM本館)、中区役所側の旧労働基準局(ZAIM別館)の2つの建物を指す総称。どちらも1928年創建の歴史的建造物だ。昨年、横浜トリエンナーレ2005のボランティアの活動拠点「トリエンナーレ・ステーション」として暫定活用されたZAIMが、その機能を残しながら若いアーティストやクリエイターの活動拠点として新しく生まれ変わる。ZAIM本館1階には「トリエンナーレ・アーカイブス」を設け、2階~4階の13室は創造的産業に従事する団体に格安で提供する。また、ZAIM別館は展示・公演・ワークショップなど、主に短期的なイベントスペースとして活用する。
入居の応募は部屋数の5倍の66団体にも上り、選考作業は難航したという。選考作業は以下のような流れで行われた。まず、ZAIMを管理運営する横浜市芸術文化振興財団が、各団体の応募申請書を評価基準に則して採点する。それをもとに横浜市、創造界隈形成推進委員会委員、有識者及び地域代表で構成する審査会で検討し、その評価を受けて横浜市芸術文化振興財団が最終的な選考を行った。
そして7月1日、ZAIMの入居候補団体が発表された。その内容は、美術系がオルタナティブ・スペース「art & river bank」や現代絵画作家の曽谷朝絵さんなどの7団体、映像系が「ジョイントワークス」、「NPO法人横浜アートプロジェクト」、「ASIAGRAPH日本事務局」などの6団体、メディア系が「クリエイティブクラスター」、「デジタル・キャンプ!」の2団体、その他、デザイン、建築、ダンス、演劇、音楽、他ジャンル、まちづくりなどで総勢26団体となった。横浜トリエンナーレの市民サポーター向け講座の企画、市民向け広報活動などを行う「横浜シティアートネットワーク推進委員会 + はまことり」も含まれる。今後、入居候補団体で部屋割りやルームシェアなどの調整が行われ、最終的な入居形態を決定する。
ZAIMの入居団体募集-アート・クリエイティブ系に13室 ZAIMの入居候補団体発表-部屋数13室の倍の26組に
応募申請書には、他の活動拠点設置団体との連携・共同の計画や、他の団体とのルームシェアが可能かどうかを書く欄がある。また、活動内容の条件として、年数回実施予定のZAIM主催の全館フェスティバルへの参加が必須となっている。こうした項目を設けた理由について、横浜市芸術文化振興財団 開発事業グループ長の藁谷さんに話を聞いた。「ZAIMは北仲に比べて部屋数が少ないこと、また2年という期間で一定の成果を出す必要があることから、オープンに外に向かっていける団体を選ぶ必要があると思ったからです。全館フェスティバルは、『ZAIMオープニング・フェスティバル』のような市民主導で実施するもの、若手キュレーターにZAIMならではのオリジナル企画を組み立ててもらい実施するもの、入居団体の共同成果発表として年度末に実施するもの、その3つを考えています」。
ZAIMで目指すものは、施設と入居者・発表者がより一体となった、ZAIMオリジナル・ZAIM発の文化芸術表現だ。その狙いについて、横浜市芸術文化振興財団専務理事の加藤種男さんはこう語る。「単なる『貸し館』として場所や時間の切り売りをしていてはダメ。他のところでは自主事業といっても、どこかから買ってきたものを展示したり組み合わせたりしているものが多い。そうではなく、自らオリジナルなものを生み出していかなくてはならない」。藁谷さんは、「入居者がつくる音や映像などのコンテンツ発信を『ZAIMレーベル』としてやっていきたい」と語る。
ZAIMスタッフの宮田さんは、展示・公演・ワークショップなどのイベントスペースとなるZAIM別館を活用する人への期待をこう語る。「ZAIMの魅力は、使用料が低価格であることだけでなく、通常のアートスペースとは異なる場や空間であることなんです。天井は低く、ドアも狭い、しかしそうしたことをマイナスに捉えるのではなく、建物全体を生き物と捉えてほしい。場の力を活かしたインスタレーションをする『場所と戦えるアーティスト』が日本には少ないので、そうした人がもっと増えてほしいですね」。
ZAIMが文化芸術振興の拠点として暫定活用するに至った経緯について、横浜市開港150周年・創造都市事業本部 創造都市推進課担当課長の松村さんはこう語る。「旧関東財務局・旧労働基準局はもともと国が所有していた建物です。その敷地を平成15年に市が『行政財産』(行政目的のために使用する財産)として約14億円で取得しました。以来、行政内部において文化芸術の振興の拠点(旧関東財務局)及び中区文庁舎(旧労働基準局)という活用目的の実現に向けた施設の整備・改修保存などの検討を進めてきました。平成17年8月から12月までの『横浜トリエンナーレ2005』開催期間中、川俣正総合ディレクターからボランティア等の活動拠点がほしいと要望を受けたこともあり、市民・NPOとの協働によるトリエンナーレの盛り上がりを図るために、横浜トリエンナーレ2005関連事業の拠点としてこの2つの建物の暫定活用が決まったのです」。
この期間中、旧労働基準局は「トリエンナーレ・ステーション」として、トリエンナーレを中心とした美術関連の書籍・資料のアーカイブルーム「横浜書園」を設置し、誰もが閲覧できるようにした。また、ここで毎週開催した「トリエンナーレ学校」は32回を数え、トリエンナーレのサポーター(ボランティア)たちの学びと交流の場として重要な役割を果たした。旧関東財務局はトリエンナーレ出品作家のスタジオとして活用、制作過程の公開も行い、市民と世界の第一線で活躍するアーティストが触れ合える場となった。2つの建物の中間に広がる中庭の一部分でカフェ「graf」が営業を行い、日本大通りオープンカフェにも参加するなど街の賑わい創出にも寄与した。
この成果をふまえて、市は平成18年4月末から20年3月末までのさらなる2年間のZAIMの暫定活用を決定した。その活用目的は、トリエンナーレ・ステーションの継続とともに、アーティストが創造、発表、滞在する街をつくる「創造界隈」事業の拠点施設としての機能を持たせること。旧労働基準局は展示・ワークショップ・レジデンス制作等のための短期的な拠点としてアーティスト・NPO等に施設を提供。旧関東財務局は1階に「トリエンナーレ・アーカイブス」を置くとともに、2階から4階の部屋をアーティストやアート系NPOのオフィスやアトリエ等として継続的に提供する。ZAIMの管理運営は、横浜トリエンナーレ2005においてサポーターやNPOなどの活動支援を行い、また次回展に向けてもその役割を担っていく横浜市芸術文化振興財団が行うこととなった。中庭では7月から再び別のカフェが一部を利用して営業を開始、日本大通りオープンカフェにも参加する予定だ。
横浜トリエンナーレ2008に向けて、松村さんは「トリエンナーレは3年に1度のイベントなので、積極的な動きをしていかないとすぐ忘れられてしまう。展覧会のないこの2年間が勝負の年です」と意気込みを語る。創造都市推進課担当係長の野田さんは、「今年度も引き続き、サポーター育成のための講座やセミナーを開催していく予定です。2008年への課題である、市民・ボランティアとの協働や連携の促進をZAIMを拠点に推進していきます。平成20年度以降の旧関東財務局の活用方法については、18年度・19年度の事業成果を検証しながら検討を進めていきたいと思います」と今後の展望を語った。
現在、横浜の歴史的建造物や倉庫を文化・芸術を中心とする創造的産業の振興に活用している事例は以下のとおり。BankART1929 Yokohama(旧第一銀行横浜支店)、BankART Studio NYK(日本郵船倉庫)、東京芸術大学大学院映像研究科(旧富士銀行横浜支店、新港客船ターミナル)、北仲BRICK&北仲WHITE(旧帝蚕倉庫本社ビル、旧帝蚕ビルディング)、創造空間・万国橋SOKO(旧万国橋倉庫)、BankART桜荘(初黄・日ノ出町文化芸術振興拠点)、ZAIM(旧関東財務局・旧労働基準局)。舞台芸術を中心とする芸術活動の創造拠点として転用する旧老松会館も、施設運営団体の公募を受け付けている最中だ。
横浜市が歴史的建造物や倉庫を文化・芸術に活用し始めたのは、文化芸術都市創造事業本部を設置した2004年のこと。それから約2年間で上記11もの建物が創造的産業における制作、発表、教育の拠点となった。なかでも行政と民間のバランスが良く、徐々に賑わいが生みだされているエリアが馬車道だ。今後はZAIMや再整備計画が進む「象の鼻地区」のある日本大通りエリアと、旧老松会館や旧東急東横線桜木町駅のある野毛・桜木町エリアに力を入れていく。
開港150周年・創造都市事業本部 創造都市推進課担当課長の仲原さんは、馬車道に続く「創造界隈」エリアの展開についてこう語る。「日本大通りはニュースパークや横浜ユーラシア文化館、開港記念会館など学術的な博物館があり、西洋建築やオープンカフェ、開港を記念する広場や水辺などがある上品な賑わいのある街。一方、野毛・桜木町は小さな飲み屋が無数にあり、いろんな人がいて、まるでごった煮のような街。そうした街の性格を変えるのではなく、そこに若いアーティストやこれまでとは違う種類の観光客が行くことで、新たな街の賑わいを作っていくのが狙いです」。
前述の加藤種男さんは、こうした「創造界隈」の拠点をさらに生み出していくことは、クリエイティブシティを目指す横浜にとって必要不可欠であると指摘する。「コンバージョンによる賑わいの創出はうまくいっています。横浜市には、こうした場所は最低でも20は必要だと言っています。アーティストやクリエイターたちに次なる場所を提供していくのが創造都市の責務。あと2年間でさらに10の拠点をつくりたい。それとこれからは、拠点に集まってくる多種多様な若い才能をまとまったものとして世の中に出していくソフト展開も必要です。現在はまだ、目に見える活動を行っているのはBankARTくらいですが、ここ1、2年で一般の人にも『クリエイティブシティとは何ぞや』が見えてくる状況がつくれるのではないかと期待しています」。
一方、「創造界隈」の拠点への行政の関わり方はこれまでとは変化していくべきだと仲原さんは言う。「市が建物の取得や運営などに積極的に関与する『創造界隈』の拠点はこれで終わるでしょう。今後はその理念に賛同し、創造的産業の振興に協力してくれる民間をいかに増やしていくかが課題。そのために行政が果たすべき役割はコーディネート機能。例えば、建物のオーナーに『創造界隈』の拠点の成功事例を見せて、アーティストを紹介する。助成制度をつくり、そうした形での建物の利活用を推進していく、そういうことです」。
また、そうした拠点の運営をいかに民間に委託していくかも大きな課題だ。「事業本部はあくまで時限のプロジェクトで、いつかは解散するもの。それまでにNPOなどの民間組織や財団に拠点運営の機能を持たせていき、そこにお金を出せば回るような形にしていかなくてはならない」(仲原さん)。ZAIMの運営管理は横浜市芸術文化振興財団が行うが、いずれはNPOなどの民間組織へと移行したいというのが市と財団の考えだ。しかし、しっかりと財務的な管理能力を備え、施設運営を遂行できるNPOは全国でも数少ないのが現状。ZAIMの入居団体のなかから、施設の運営管理をはじめ、今後の横浜のアートシーンを支えることのできる民間組織が育っていくことに期待したい。
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