3月17日、関内・日本大通りにあるZAIMでベロタクシーの試乗会が開催された。ベロタクシーとは、人と環境に優しい近距離交通システムとしてドイツの首都ベルリンで1997年に開発された自転車タクシー。排気ガスはゼロ。車体も100%リサイクル可能なポリエチレン製という完全なエコデザイン。
横浜・ZAIMで「環境」テーマのサロン―ベロタクシー試乗会も丸っこいキャビンの中にエアロバイクを入れたような独特のルックスのベロタクシーに、道行く人も立ち止まって好奇のまなざしで見つめる。時速11キロのベロは、時速18キロのママチャリより遅い。すれ違う通行人と目が合ってしまうほどだ。「イベントなどでベロを持っていくと子供たちに囲まれるし、走らせると追いかけてくるんです」とはチーフドライバーの東和彦さん。
ベロタクシーが二酸化炭素を排出しない交通手段として認知されたのは、「20世紀最大の環境万博」と謳われた2000年のハノーバー万博でのこと。これを契機に、ヨーロッパを中心に現在12カ国22都市で運行している。日本では、2002年に京都市のNPO法人、環境共生都市推進協会がベロタクシーを走らせた。観光の活性化を図る目的もあり、京都市ではベロを走らせるためにエリア限定ながらも道路交通法を改正した。
さらに日本でベロの認知度が高まるキッカケとなったのが、2004年開催の「愛・地球博」。環境に優しい交通機関として採用されたベロは、実際に多くの人の目に触れることとなった。仙台市、喜多方市、倉敷市、神戸市、福岡市など各地でNPOやボランティア団体が地域にベロを走らせようと動き始める。ベロタクシーは2007年3月20日現在、日本全国16都市で運行中。そして、3月21日より運行することになった17番目の都市が横浜だ(滋賀県彦根市でも同日運行開始)。
EXPO 2005 AICHI,JAPAN当面は東西を赤レンガ倉庫から桜木町・関内、南北をベイクォーターから元町商店街までを囲む臨海地区で運行する。料金はポイント制で、大人1人初乗り(1P)300円で 以降1Pにつき100円。ちなみに、桜木町駅から赤レンガ倉庫までの参考料金は600円となる。
「徒手空拳に終わってはいけない。ベロは財政基盤を安定させていく、NPOの新しいビジネススタイル」と話すのは、NPO法人ベイ・ウインド・環境ヨコハマ推進協会設立準備室代表理事の平松博模さん。横浜にベロタクシーを走らせた張本人である。「NPOといえども、寄付金に頼らない財政基盤が必要なんです」。
ベイ・ウインド・環境ヨコハマ推進協会設立準備室が運営するベロタクシーヨコハマでは、売り上げの運賃は100%ドライバーのもの。運営母体となる同法人はいっさい売上を徴収せず、運営費は全てベロタクシーへのラッピング広告費で賄う。このビジネスモデルは、同法人独自のものだ。
ベロタクシーヨコハマヨーロッパでも通常のタクシーのように運賃の一部を徴収するところもあるが、国や地域ごとに運営形態も異なる。日本におけるベロタクシー本部であるVELOTAXI JAPANも、輸入販売代理店としての窓口であり、それぞれの運営には関知しない。 「ベロは単なる素材。いかに料理するかで変わるのです」と平松さんは言う。「たまたま、私の考えが自活するNPOだったということです」。
平松さんがこうした運営形態に至った背景には、介護をはじめ多くのボランティア活動に携わってきた経歴がある。「押しつけボランティアをいっぱい見てきましたからね。誰にも迷惑かけずに人を助けるのが、本来のボランティアのあり方。ボランティアがボランティアに頼らないよう、自立のための経済基盤が必要。自分の立脚点は、ビジネスベースを確立したNPOなのです」。その言葉通りに、寄付に頼らない自立したNPOを立ち上げた。ベロはボランティアやNPOの組織のあり方にも一石を投じている。
ベロタクシーヨコハマでは、「環境」「観光・新都市創造」「福祉」「雇用促進」という4つの行動提案を掲げている。では、なぜ横浜なのか。平松さんが答える。「横浜は日本が初めて世界に向けて開いた、地勢的にも歴史的にも由緒ある都市。ベロタクシーが横浜で走り、市民の人たちに見てもらうことで問題を提議し、新しい都市交通のあり方を提案したい」。また、一方で「横浜でベロが縦横無尽に走ることで、4つの行動提案が日本中に広がる警鐘になってくれれば」と期待を寄せる。
横浜は年間3700万人の観光客が訪れる観光都市で、特にベロタクシーが運行する臨海地区は歴史的建造物が数多くあり道路も比較的平坦と、ベロにとって好条件が揃っている。そんな横浜に、平松さんはベロタクシーの勝算を見出している。「横浜でLRTを走らせる計画がありますが、莫大なインフラ投資がかかる。一方、ベロタクシーはインフラゼロである上、手っ取り早くできる環境活動のひとつなのです。とはいえ、ベロが走ったところで、地球温暖化で南の島は沈んでいく。コンビニがある便利な世の中の影で、氷が溶けているわけです。それはどこかで発信していかないといけない。ベロが走った方が啓蒙になります」。
「便利な街ほど、お年寄りや弱者には不便な街」というボランティア経験の豊富な平松さんの言葉は重い。「基本的に街というのは、健康で元気な人たちのために作られています。お年寄りや障害者がそこへ参画するのは難しい。これまで街がやり残したことのお手伝いができれば、と思っています」。従来の交通網からこぼれ落ちてしまった部分を、ベロタクシーがカバーするのである。
「不思議な縁を感じる」と話す平松さんとベロタクシーとの出会いは、偶然のことだった。「赤十字の救急法の指導員のボランティアをしていて、ホームヘルパー2級の資格を取りました。実は、ベロと出会う前までは介護タクシーをやろうと思っていたのです。条件のよさそうなタクシー会社をインターネットで検索していた時、たまたまクリックして出てきたのが三輪自転車タクシー。それがベロタクシーだった」。
こんなことをやっても誰も食えない、というのが正直な心境だった。しかし、調べるにつれ、環境にやさしいベロタクシーの存在が気になりだす。「世の中のために必要なものだと思った。自分にとっても、これまでやってきたことから外れていない」。ただ、気になったのは、「これで飯が食えるのか、飯を食わせてあげられるのか」ということ。
そうした疑問を平松さんは、日本で初めてベロを走らせた前述の環境共生都市推進協会の代表でVELOTAXI JAPAN代表も兼ねる森田記行さんにぶつけてみた。そこで、ベロの収益源は広告であることを初めて知ったという。広告媒体としてのベロタクシーは新しい都市メディア媒体で、アナログ的な最高のビジネススタイルだと理解する。「これは成り立つ」と直感した。そして平松氏は森田さんの前で、「横浜に俺がベロを走らせる!」と宣言。
Velotaxi Japanとはいうものの、2006年の冬当時、まだその時点では道路交通法規制細則によって自転車で人を乗せて走ることは許されていなかった。ベロを走らせる当ては全くない。それでも「横浜にベロが走っていないのはおかしい」と、3人の友人らとともにかき集めた1000万円で10台のベロタクシーを購入し、正式に横浜で走らせる契約を取り交わした。
事務所も探さないといけない。しかし、みなとみらい中を3日間歩き回っても思うような物件は見つからず、途方に暮れていた。そんな平松さんに興味を持ったのが、BankART1929代表の池田修さんだった。「横浜をつなぐ」というベロタクシーの活動に興味を持った池田さんの計らいで、BaknART 1929 Yokohamaの一室を事務所として使えることになったのだ。
BankART1929出会いはさらに続く。ベロタクシー用の駐車場を探していると、偶然、横浜アイランドタワーに入居している不動産会社のパートスタッフが、「環境系のお客さんを紹介するから」と万国橋にあるソーラーを製作する会社の倉庫を教えてくれた。10台全てが入りきらずに困っていると、偶然近所にデッドスペースを発見。普通の車は置けなくても、ベロには十分なスペース。格安で借りることができた。さらに屋根にするための廃材を提供してもらえたりと、幸運が重なる。
「人の出会いが、横浜でベロを走らせたと言っていい。川の水があるべきところに流れていくように、ベロが走るようになっていた」と平松さんは振り返る。「実は、私の前にも18人が横浜でベロを走らせるために動いているのです。18人が渡してきたリレーのバトンを受けとった私がたまたまゴールの近くにいたのだと思います。とりあえずゴールのテープは切りましたが、今はもう第二幕に移ろうとしています。今度はベロに乗る人、ベロを支える人が主役です」。そして2007年1月1日、道路交通法規制細目が改正。ベロが横浜で走るためのステージは整った。
今春、横浜に「ベロタクシー」登場―県の規制緩和で解禁ベロタクシーの運行時間は、10時から22時までとなっている。1日当たりの走行距離は20キロ程度。1日フルで走るのは体力的に厳しい。1人当たりの労働時間を6時間として、ドライバー2人と待機要員がいるので、1台につき3人のドライバーが必要。「3年後に30台、50台と増えることになると、保有台数の3倍の人員が必要になるわけですから、雇用の促進にもつながります」と平松さん。
ドライバーは現在10人。最年長は63歳の男性。21歳の女性もいる。だが、その中核を成すのは20~30歳代の若者や壮年層だ。その中には、人材派遣会社から携帯電話に入る指示に基づいて、毎日のように職場を変えて働く「ワンコールワーカー」も多いという。そんな彼らも、「毎日暮らすのに1日1万円のバイトがあればいい」という刹那的な生活態度がベロタクシーに関わってから変わったのだという。
「今の若い人がだらしないのではありません。目標とか満足感、達成感を与えられない社会に問題があるのです。目標と責任を与えて任せれば、彼らの中に秘めた力が開花する。私はこの3カ月でそれを目の当たりにした。最初、どうするんだコイツら、って思ったものですが(笑)、今では若い世代も捨てたものじゃない、と思っていますよ」と平松さんは話す。
ベロタクシーのことを全く知らなかった、というチーフドライバーの東和彦さんは、「決して上司ぶらずに兄貴のような平松さんの人間性に魅かれた」とNPOの設立当初から関わってきた。今では主力スタッフとして、他のドライバーの教育指導に携わる。ベロのキュートなルックスに魅かれて乗ってみたいと思ったという今井賢二さんは、「お客さんとの距離が近い。ゆっくり走るので接する時間がたっぷりある」と、ドライバーも乗客とのコミュニケーションがとれるのがうれしそうだ。信号待ちで、通行人から話しかけられることもしばしば。それほど、人との距離が近いのだ。
ただドライバーの立場からすると、少々不安なのはベロのバッテリーだという。電動アシストがあるものの、充電に6~8時間もかかるにもかかわらず、最大40分しか持たない。「もったいないので少しずつ使う」と各ドライバーは話す。可能な限り、自力で走っている。体格のいい大人が2人乗ると、坂道の勾配はちょっと大変だ。 もちろん、スタッフはドライバーだけではない。同法人のサービスコーディネーターの染谷由美さんは、対外的な広報関係から各ドライバーの世話まで一手に引き受けている。各ドライバーのお弁当の中身まで細かく気を使う。運行開始前の多忙な日々にもかかわらず、「ベロと関わる毎日が楽しいんですよ」と明るい。
さて、冒頭に述べた試乗会では、「チャーターはできるの?」「記念日にメッセージを入れるのもいいかも」「結婚式にも使えそう」「有名人も乗りそうですよね」などと議論百出。「ベロについて話していると、どんどんアイデアが膨らんでくる」とはドライバーの今井さん。平松さんも次のように言う。「ベロタクシーはハードにすぎません。このベロのハンドルを握る、ラッピングをかける、メンテナンスをする人の手が触れた瞬間にメッセージが刻み込まれる。それを乗った人、見た人が受け取る。ドライバーさんたちが、自分のやるべきこと、やりたいことを見つけ、そして人との出会いをどのように楽しんでくれるか。思いが強ければ必ず伝わる。それがベロのメッセージなのです」。
平山喜代江 + ヨコハマ経済新聞編集部