昨年末のキャンペーンでは横浜の銘菓・名品のお取り寄せをはじめ横浜創業ありあけの特製ハーバーロール、キリンビールとのタイアップ、そして横浜ガストロノミ協議会による横濱クラシック弁当とこだわりの横浜企画が話題を呼んだスリーエフ。今回のキャンペーン「ヨコハマスタイル。」も横浜の食文化の伝統と本質をアピールしながら地元を盛り上げていこうという目的に意気を感じた横浜の料理人たちが、仕事の枠を越えて商品開発にかかわり、再び横浜ならではのコンビニ弁当を作り上げた。
スリーエフ
5月28日に始まったキャンペーンのトップバッターは山下町の「ホテルニューグランド」。あの喫茶店の定番メニュー“スパゲッティナポリタン”と“プリンアラモード”を生み出したのも、実は横浜だ。戦後、連合国将校の宿舎として利用されたホテルニューグランドのランチメニューから生まれた、という知られざるエピソードを発信しつつ、伝統の英国風カレーとともに味を再現し3品を発売。
スリーエフ、横浜名店の味を再現-ホテルニューグランドなど監修(ヨコハマ経済新聞)そして二番手となるのが横浜ガストロノミ協議会とのコラボ。協議会に所属する五人の一流シェフによるパスタとサラダ、デザートの競演だ。「1月のキャンペーンが好評だったので、再び横浜ガストロノミ協議会にお願いしました」と語るのは、スリーエフの藤田裕充さん(マーケティング室マーケティング課課長)。
スリーエフ「ヨコハマ料理人フェア」-市内名店シェフが商品提案(ヨコハマ経済新聞)「前回はクラシック横濱弁当ということで、開港当時の洋食をイメージしてフランスの伝統料理である鶏の煮込み料理コック・オ・ヴァンと豚肉のポークチャップを作っていただきました。年末の忙しい中、文献を紐解いて文明開化時の横浜の洋食を調べるような作業からはじめ、弁当を作る工場側とも試行錯誤しながら完成させて。商品の味は大変好評でした。しかしながらコンビニ弁当としては“わかりにくい”という反省もありました。せっかく一流の料理人の方々が丹精こめて作ってもお客様に伝わらないのではもったいない。そこで今回は監修したシェフの顔が見えるようにシェフの名前と商品が一致するようにして、お客様の買いやすい値段を設定しました」。
横浜の名店シェフたちが挑んだこだわりの味 スリーエフ「クラシック横濱弁当」誕生の舞台裏(ヨコハマ経済新聞)6月10日から発売が始まるサラダとパスタは磯子の「パレ・ド・バルブ」で腕を振るうフレンチの宮内重明シェフと横浜美術館の人気店「ブラッスリー・ティーズ・ミュゼ」の藤井学シェフによるもの。
バルブグループ ブラッスリー・ティーズ・ミュゼ宮内シェフが言う。「僕は今回、開港150周年を目前にして横浜の食を考えたとき、僕が仕事をしている磯子の古きよきものは何だろうと考えたんですね。すると磯子は昔、海苔の養殖が盛んだったという。そこでなんとか海苔を使えないかというところから“しらすと磯海苔のスパゲティ”を組み立てました。海苔はとても香りがいい。だから和の食材を合わせたいと思い浮かんだのが湘南のしらす。この二つを合わせて香りで楽しむパスタというものを考えて提供しました」。
シェフが監修するコンビニ弁当を作るのはスリーエフの工場だ。シェフたちは自ら作って試食し、メニューを決定した後、そのレシピを渡して工場からの試作品を待つ。「コンビニなのでレンジアップしなければならないわけですが、電子レンジにかけてフタをあけると磯の香りが漂うように作っていただきたいと要望しました。現在はもう、磯子で海苔の養殖はしていませんし、しらすも残念ながら湘南のものではない。それにもともと塩味のパスタはすぐにパサツくんです。だからあくまでもイメージなんですが、正直に言って僕の要望どおりに作るのは無理だろうと思っていました。出来立ての海苔の香りを出すのは至難の業だし、厳しいだろうと。ところが工場の方はよく研究して、見事に仕上げてきた。もちろん調理場で作ったばかりのものとは比べられませんが、それでもコンビニの技術はさすがですね。驚きました」。
藤井シェフが今回こだわったのは“わかりやすさ”というキーワードだった。「コンビニの弁当コーナーで誰がどんな弁当を手にするのか。コンビニ弁当というとどうしても男性のイメージがあるんですが、女性にも食べていただきたい。そこでOLの方も気軽に手に取って買っていただけるようなパスタとサラダを考えてみました」。
藤井シェフの提供した“トマトソースと小松菜のスパゲティ”と“ミモザサラダ(柚子風味ドレッシング仕立て)”は、見るからに華やかでお洒落な印象だ。「味はもちろんですが、見た目、特に色彩や盛り付けを重視しました。ですからパスタは赤いトマトソース、サラダには紫キャベツを入れて。パスタは小松菜などの地場野菜や食感を、サラダは柚子でさっぱりとした口当たりに仕上げています。盛り付けが重要だったので、納得がいくまで細かく指示を出しました。若い女性でも抵抗感なく、買っていただけるのでは、と思います」。
今回最年少で参加した「横浜ロイヤルパークホテル」の島田信一朗シェフはコンビニ世代。仕事帰りや休みの日など、よくコンビニに立ち寄るという。「コンビニはいろいろな人が利用する場所。会社帰りで疲れて、今日は夕飯を作りたくないという人も絶対にいるはず。そこで僕は万人受けするもの、誰もが食べたことのあるメニューを考えました」。
横浜ロイヤルパークホテルすぐに自分の大好物であるボロネーズが思い浮かんだ。「僕はボロネーズが大好きで。ボロネーズとベシャメルソースは家の冷蔵庫にストックしてあるくらい好きなんです。そこで横浜の食材を使って、ボロネーズとベシャメルを使ったパスタを作ってしまおうと。なにしろ好きなものを作っていいというお話だったので、どうせなら自分のいちばん好きなものにしようと思いました。ナポリタンとボロネーズはお母さんの味。小さいころから食べ慣れている。そうした万人受けするメニューに、コンビニでは珍しいラザニア風という新しさを加えてみました。サラダも横浜といえば中華街、というイメージで棒々鶏。あくまでもストレートに勝負しました」。
デザートを担当した橘康志シェフは横浜を代表するレストラン横濱元町霧笛楼の名に恥じない定番を追求し、“ホワイトショコラシュー”と“桃のティラミス”を完成させた。「最初のコンセプトはみんながわかりやすいケーキに自分の思いを入れて作るということ。シュークリーム、ティラミスという洋菓子の定番をいかに霧笛楼風にアレンジするか。霧笛楼といえば横浜のブランド。そういう自負を持って作りました」。
霧笛楼ところが、レシピを渡して最初に工場から上がってきた試作品は想像通りにはならなかった。「最初は80%駄目だったんですよ。これはもう無理かなと。それでも受けた仕事ですから細かく指示しました。生クリームは立てないでくれ、ゼラチンを減らしてくれ、固めてから崩してくれ、お酒を入れてくれ、桃の位置を変えてくれ……。あまりにうるさく指示したので何か言われるかなと思ったんですが、担当の人が“楽しいです”と言うんですよ。それで次に持ってきたときは僕の言った通りに改善されていた。そのことにびっくりしました。100%ではないけど、それでも出来ていた。それが嬉しかったですね」。
大倉山で伝統的なフランス菓子を伝え続ける「クール・オン・フルール」の奥田勝シェフはアイデアを渡すという感覚で作ってみた。「まず初夏のメニューということを心がけました。夏に向けて“ライムとバナナのムース”。甘酸っぱさとバナナのコクと甘みが楽しめる上品なムースですね。“白桃とジャスミンのババロア”はバッチリ中華街で横浜らしさをイメージしました。中華街をイメージできるジャスミンと白桃を組み合わせてどうやって、どんな技法で作り上げるかは僕たちの腕にかかっている。そういうスタンスですね。今回はババロア同士では面白くないので白桃はジュレにしました。すごく口当たりがいいと思います。工場には工場の制約があると思うので、僕としては配合を渡して、あとは食べやすいように、コンビニで売れやすいように、状況で作り上げていただければいいと思っています。それよりこの企画はガストロノミの活動をみなさんに知ってもらういい機会ですし、今後はもっと料理人同士が刺激し合えるような場を作ってもいいかなと思いますね」。
クール・オン・フルールそもそも横浜ガストロノミ協議会は、今から4年前、毎年6月に開催される横浜フランス月間(現在開催中)を機に結成された。霧笛楼の今平茂総料理長、ブラッスリー・ティーズ・ミュゼとリストランテ・アッティモの福山哲郎オーナーシェフらが中心となって取りまとめている。
横浜ガストロノミ協議会「ガストロノミは4年前、横浜フランス月間に横浜の食をどう盛り上げていくか、どうやって横浜という町を活性化させていくか、ということを目的に行政と料理人たちが一緒になって立ち上げた純フランス委員会がはじまりです」と語るのは今平茂さん。これまでフランス月間の活動のほか、新潟・中越沖地震の際のチャリティー・カレー・イベント、前回のスリーエフの“クラシック横濱弁当”の創作などがある。
「横浜には食に携わる人たちの会はすでにたくさんあります。ガストロノミはそういう専門職の集まりではなくて、横浜のことを思い、来年の150周年に向けて集まろう、一緒に盛り上げよう、守り育てようという思いを持つ、食に携わる人たちの集まりなんです。ですから会を広めようとか、大きくしようという考えは全くありません。いつでも横浜のために集まり、横浜のために解散できる。よく誤解されるんですが、権威のためにズルズルやる気はまったくありません。そういうビジョンを明確に打ち出しています。でも有難いことにその趣旨を理解してくれて、年の差やキャリア、フレンチや中華といったジャンルも関係なく、みんな手弁当で動いてくれています。コンビニのお弁当のために料理人のみんなが集まるなんて、普通できないでしょう。でも、それができるのが横浜。これはビジネスじゃないんです。何か新しいものを作るために、いろんな方々と合流してつながれる。いろんなことができる。こうしてみんなで一緒にできること。それが横浜の素晴らしさです」と力説する今平さん。その熱意に、開港150周年に向けて、横浜ガストロノミ協議会の動きに期待も高まるが――。
「来年の横浜150周年はオリンピック以上のことだと僕は思います。すごく意味のあること。ですから150周年を目指して集まり、何かするのは素晴らしいことだと思います。ただ、今はひとつずつ目の前のことをキチンとやりきって積み重ねていく。そこからまた考えることがあるかもしれないけど、今の段階ではそれは全く無ですね」。
食の安全・安心が叫ばれ、レストランに限らず外食への眼差しのハードルは以前より確実に高くなった。食に携わるプロフェッショナルの知識と技術、それに裏打ちされた誇りと誠実さが何より求められる時代において、横浜の食文化を掘り下げてみようというスリーエフの試みや横浜ガストロノミ協議会の新しいあり方やビジョンは、少しずつでも着実に新しいスタンダードを築き上げているように思えた。
三宅久美子 + ヨコハマ経済新聞編集部