濱バイクを昨年から主催しているのは、地元・横浜で自転車便メッセンジャー業務を営む唯一の会社「クリオシティ」だ。スタッフは毎日のように自転車に乗り、街を走り抜けて書類や荷物のデリバリーを行っている。
2003年に同社を設立した代表の柳川健一さんは、濱バイクを企画した理由を「単純に自転車の良さや楽しさを知ってもらいたいという思いももちろんあるんですが、僕らメッセンジャーは街の人に仕事をもらっている立場なんです。その恩返しという意味も込めて、自転車をきっかけに街の活性化やつながり作りに貢献できればと思いました」と話す。
自身もメッセンジャー歴12年の自転車乗りで、今月にはグアテマラで行われた自転車便の世界大会「サイクルメッセンジャーワールドチャンピオンシップ」にも参加。150人以上の参加者の中から決勝ラウンドに残り、25位という好成績を収めた。「濱バイクは決して敷居の高いマニア向けのイベントというわけではなく、誰でも気軽に楽しめる自転車のお祭りのようなもの。その中で『こういう自転車の世界もあるのか』とか『こんな人がいるんだ』というような新しい発見が、次へとつながっていったらいいですよね」
イベント企画に中心的に携わっているのは、柳川さんらクリオシティのスタッフ10人前後。今年2月頃から今回の企画を練り始め、通常業務のかたわらでスポンサー探しなどの準備に奔走してきた。協賛・後援などを含め、今回は約50企業・団体からの協力を得て開催する。
第1回の濱バイクが行われたのは昨年10月31日と11月1日。パシフィコ横浜(横浜市西区みなとみらい1)とヨコハマ創造都市センター(中区本町6、当時はヨコハマ・クリエイティブシティ・センター)の2会場で開催され、2日間で1,000人近い来場者を集めた。
内容は、競輪などのトラック競技用自転車を使ってさまざまな技を競い合う「フィクスドバイク トリックバトル」や自転車関連グッズクリエーターによる展示会「バイシクルグッズフェスティバル」 、プロ・アマ混合のBMXバトルトーナメント「BMXフラットランド エキシビジョンバトル」 、ローラー台に固定された自転車を使った室内スプリント競技「ゴールドスプリント」など。ほかに世界40都市で開催されている自転車の映像祭「バイシクルフィルムフェスティバル(BFF)」 も横浜で初開催。さまざまなジャンルの自転車乗りはもちろん、親子連れや女性の来場者も目立ったという。
イベントの特徴は、何と言っても自転車のジャンルを固定せず、幅広い見せ方をしている所だろう。BMXやスプリントなどのパフォーマンスやスポーツとしての自転車はもちろん、アート、ファッション、映像など、さまざまな切り口で企画を展開。誰でもきっと自分の知らない自転車の世界を感じることができるはずだ。自転車の中でも1つのジャンルでの大会やレース、エンターテインメントとしてのイベントは数多くあれど、こうした総合的な自転車イベントは横浜にはこれまでに例がなく、国内でもそう多くはない。
「実は東京で行っているBFFも同じ趣旨のイベントなんですが、それに自分なりのスパイスを加えて、横浜の地でやりたいと思ったのがきっかけです」と柳川さん。このイベントを「黒船イベント」と呼んだのは元々クリオシティのスタッフの一人だそうだが、それは単純に開港の地・横浜で行うからというだけでなく、自転車界に今までになかった新しい風を吹かせるという心意気の表れでもあるように思える。
横浜で自転車の祭典「濱バイク」-バイシクルフィルムフェスも(ヨコハマ経済新聞)
とはいえ、前回は基本的に会場内で完結する催しがほとんどだった。「今年は2回目ということもあり、前回とは違うこともやろうといろいろ企画しました」と柳川さんらスタッフ。そのうちのひとつが、渋谷などを中心に都内でゴミ拾いなどのエコ活動を行っている団体「choice」とのコラボレーションイベントだ。
choiceは8年ほど前から活動を開始した有志団体。エコとコミュニケーションを掲げた「エコミュニケーション」をキーワードに、街を歩いて路上のゴミを集めるイベントなどを主催している。定期的に行っている渋谷や表参道などの都内に加え、番外編的に富士山や藤沢市などでもゴミ拾いを実施。横浜でも何度か実施したことがあるという。
路上に落ちているゴミは、タバコの吸殻やペットボトル・缶、食料の包装ゴミをはじめ、実に多岐に渡る。最近開催したゴミ拾いでは、45リットルのゴミ袋が5枚満杯になるほど集まったのだとか。
「でもゴミを拾うと言っても、堅苦しく『さあ拾うぞ!』というスタイルでやっているわけではないんですよ」と話すのは、横浜出身でchoiceの代表を務める松本秀之さんだ。「ゴミを拾うだけではなく、途中で休憩がてら買い物を挟んだり、終わった後は交流会と称して皆でお酒を飲んだりもしています」
参加者の数は毎回変わるが、平均は40人程度。知り合いが知り合いを連れてくるというようなスタイルの中で、メンバーと会って飲めるから来るという参加者もいるそう。「そんなゆるい姿勢での参加でも全く問題ありません。僕ら自体も楽しんでやっていて、結果的にそれが街にとっても良いことになれば」と松本さん。
松本さん自身も以前は自転車メッセンジャーをしていた経歴があり、同じメッセンジャーのクリオシティ・柳川さんと知り合ったことから今回のコラボレーションが実現した。濱バイクでは、開始前に会場のYCC周辺や馬車道のゴミ拾いを実施し、参加者にはヨコハマ創造都市センター会場のチケット(通常は1,000円)をプレゼントするという仕組みだ。「環境貢献というような難しいことは考えず、まずは落ちているゴミを拾ってみるということが大切だと思っています。すると見えないところにゴミが落ちていることに気づくなど、新しい発見があるんです。そこから視野が広がるんですよ」
楽しむ前にゴミ拾い、楽しみながらゴミ拾い。そんなコンセプトの清掃活動は、当日の10時から。事前申し込みは必要なく、参加希望者は9時45分にYCC前に集合する。
「外への発信」をテーマとした催しは他にもいくつか用意している。例えば協力自転車メーカーの試乗車を利用してのスタンプラリー。「協力店舗などのいくつかのチェックポイントや、『メッセンジャーがオススメする横浜絶景ビューポイント』をまわってもらうような企画で、完走者には賞品やYCC会場の入場券をプレゼントします」とのこと。
また、関連イベントとして、海岸通のアート&ギャラリーショップ「gallo the living」(横浜市中区海岸通3)を会場としたアート展「cycle」を、濱バイク開催1週間前の9月27日から10月2日まで実施。アーティスト達による自転車の廃材を用いた数十点の作品を展示する。アートやリサイクルという面でのエコ、そして自転車をテーマにした展示を楽しめるのはもちろん、ここでも来場者にはYCC会場の招待券をプレゼントする予定だ。
昨年は2日間かけて行われた濱バイク。今回は1日限りの開催だが、夜の部として19時から、なんと会場を海に浮かぶ船の上に移して実施。前回はYCC内で実施した「ゴールドスプリント」や、自転車に乗ったまま地面に足を着けずにどれだけバランスを保てるかを競う「スタンディング」の決勝ラウンド開催などを予定している。
「横浜っぽいといえば、やはり港ですよね。それで、船の上で自転車のイベントをやったら面白いんじゃないか、と考えていた友人がいて、僕に『ぜひ濱バイクで』と話を持ちかけてきたんです。それは面白そうだと思って、今回実現に至りました」とクリオシティの柳川さん。協力は横浜港内でクルーズ船や水上バスを運航する京浜フェリーボート。イベントに冠している「黒船」の由来はここにもあったわけだ。揺れる船の上での「スタンディング」はいかにも難易度も高そうだが、それ以上に夜の海上でのイベント実施は雰囲気的にも盛り上がるに違いない。残念ながらこの夜の部の「黒船クルージング」は既にチケットが完売してしまったそうだが、それほど期待度が高いということなのだろう。
そのほか、自転車に関するショップ・メーカー・クリエーターなどがYCC会場内に集まる「濱バイクマーケット」、馬の代わりに自転車に乗って行うホッケーのような競技「BIKE POLO」の体験会、3人のアーティストが自転車をモチーフに実施する「ライブペイント」なども予定。前回好評だった自転車の映像祭・BFF(横浜ムービーナイト)も開催する。自転車をキーワードにとにかく内容盛りだくさんで、1日中楽しめそうなコンテンツが揃っているという印象だ。
長く続いた猛暑が終わりを告げ、秋の風が心地よい今の季節はまさに自転車日和。スタンプラリー用にメーカーの試乗車も用意しているとのことだが、晴れた空のもと自転車をこいで会場を訪れるのも気持ちが良さそうだ。
なお、YCC会場の開場時間は11時~18時30分で、入場料は1,000円(小学生以下無料)。ただし10時から開催予定のゴミ拾いイベント「濱バイク×choice」の参加者や、アート展「cycle」への来場者には無料入場券がプレゼントされる。夜の部「黒船クルージング」は、象の鼻パークを19時30分に出航し、22時までを予定。ワンドリンクがついた乗船料金はYCC会場分とセットで3,000円(前売り2,000円)だが、こちらは既に完売となっている。各イベントの実施時間はホームページで確認できるので、1日見て回る時間が取れなければ、目当てのものをチェックしてから出かけるのも良いだろう。
主催者であるクリオシティの柳川さんは言う。「地域と共生して、横浜を自転車でどう楽しんでもらうかを考えながらさまざまなイベントを企画しました。とは言え、難しいことは考えずにとにかく会場に足を運んで来ていただき、自転車のいろいろな側面を知って楽しんでもらえれば」。また「横浜には自転車に乗ってる人がいっぱいいるんだから、ジャンルを超えて楽しく仲良くやれればいいですよね。それが何か新しい発見や企画にもつながるかもしれないし」とも。
奇しくも、ゴミ拾いでコラボレーションするchoiceの松本さんも「発見」という言葉を挙げていた。それは自転車の魅力にとどまらず、街やお店などのスポット、もしくは人についても言えることなのだろう。「横浜の人ももちろんですが、例えば外から来る人が自転車をきっかけに街の魅力を知り、また来たいと思ってもらえたら嬉しいですね」と柳川さん。
地域にも目を向け、自分たちも何らかの形で貢献することができれば。そんな主催者たちの思いを背景に行われる「濱バイク2010」。今年も多くの来場者で会場は盛り上がりを見せそうだ。自転車好きはもちろん、そうでなくとも新しい発見を楽しみに、気軽に会場を訪れてみては。
廣田清 + ヨコハマ経済新聞編集部