3月11日、東北地方の日本海沿岸部をはじめ、各地に未曾有の被害をもたらした東日本大震災が発生した。当日のテレビ報道で、津波が町を飲み込んでいく悲惨な現地の惨状を知ったハマトラ代表理事の清義明さん。そのもとに、すぐに清さんと共に同NPOの代表理事を務める佐々木隆行さんから連絡が入ったという。このとき、すでに両氏はある共通した思いを抱いていた。「俺たちハマトラで何かできることはないか」。
横浜F・マリノスのサポーターたちが設立したNPO法人ハマトラは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)「ハマトラSNS」を活用して情報の共有や登録者同士のコミュニケーションを行っている。この「ハマトラSNS」に震災の翌日3月12日に「横浜サポーターにできること」というコミュニティーが立ち上がる。するとコミュニティーに参加しているサポーターたちは即座に反応し、「以下、岩手県の物資受け入れ先の情報です」「赤十字のHPにつながりません」「東北の寒さを考えると、炊き出しがいいのでは?」「運送会社に断られ続けています。輸送手段の確保が厳しいです」など、物資支援トピックスの掲示板には支援のための情報やアイデアが次から次へと書き込まれ、サイト内で具体的な支援活動の方向性が固まっていく。
物資輸送の目途がついたのは3月17日。横浜市議会議員の協力を得て、被災地に物資を送るインフラの確保に成功。その後、集積場所が決まると、ハマトラは支援の輪を市民レベルに拡大すべく、ソーシャルメディアやネット媒体を使い、一般市民にも呼びかけた。
そして3月20日、横浜F・マリノスのクラブハウス、マリノスタウンでの緊急援助物資収集・仕分け活動に至った。当日は、マリノスのエースである中村俊輔選手も駆けつけ、物資支援に協力するなど、のべ270名が参加。乾電池・紙オムツ・ウェットティッシュ・携帯充電器・生理用品・使い捨てカイロなどが、3tトラック1台分に相当する段ボール160箱分集まる成果をあげた。
横浜F・マリノスサポーターが緊急援助物資を収集-マリノスタウンで(ヨコハマ経済新聞)
ハマトラでは、ヨコハマフットボール映画祭の開催に尽力するなど、今年に入って精力的に活動していた清さんは、この未曽有の震災を受け「ハマトラだけでの復興支援活動では限界がある。多くの人と協力してやるほうがいい」と、ハマトラSNSの「横浜サポーターにできること」をJリーグファン全体の規模にすべく、「Jリーグサポーターに出来ること」というコミュニティーをmixiやtwitterといったネットメディア内で立ち上げた。
このチームを横断する活動は、多くのJリーグチームのサポーターからの賛同を得るまでに拡大。さらに、女子サッカー、ブラインドサッカーといったJリーグ以外のサッカー競技団体もこの活動に賛同したことから、「サッカーを愛する人にできること~Football saves Japan(以下FSJ)」という支援活動宣言を表明。わずか3日間で約6,000人の賛同が集まった。現在では多くのサッカー関係者や著名人などの個人賛同者が92人、サポーターグループが149グループ、賛同メディアが15媒体、ソーシャルメディアを通じて賛同を表明した方が11,029人いるほか、たくさんのメディアや企業などが賛同する大規模なムーブメントになっている(4月19日現在)。
FSJのWEBサイトには「-様々な垣根を越えて、サッカーを愛する人という立場から、それぞれが被災者や地域に対する支援活動を行うことを私たちは表明いたします-」というメッセージが掲載されている。現在も賛同する個人や団体を募集中だ。
サッカーを愛する人にできること~Football saves Japan~
3月26日、このFSJはマリノスタウンでの物資集積活動の経験を生かし、第1回目の活動として東京都文京区のJFAハウス・日本サッカーミュージアムで物資集積を行った。会場には日本代表やFC東京、大宮アルディージャなど、色とりどりのチームのユニフォームをまとった多くのボランティアスタッフの姿が見られた。事前に現地の人間と連絡を取り、ニーズの高い物資を厳選。下着・生理用品などの衛生用品・オムツ・持ち運びに適した小サイズの段ボール箱が集められた。
集まった物資は当初の予想を大幅に上回る段ボール400箱分。翌日には清さんをはじめとするFSJスタッフの手によって、被災した東松島の避難所3カ所に直接届けられた。配送用のトラックは大宮アルディージャサポーターが手配し、ドライバーもFSJのコミュニティーで協力を申し出た有志が務めた。普段は敵と味方に分かれて戦い、ましてや顔も合わせたこともないそれぞれのサポーターたちが、チームの垣根を越え、サッカーファミリーとして一つとなり大きな力を発揮した活動となった。
震災後のハマトラの復興支援活動は、初動からすこぶる機動的なものであった。なぜ彼らはこれほどまでに迅速な動きを成し得たのか。ハマトラ理事の下島野得さんは、「組織としての意識の共有が堅固であったことと、サポーターとして、これまで知らない土地に行き、活動してきた経験が役立っています」と話す。
ハマトラがNPO法人化する以前から、清さんをはじめとするメンバーは、F・マリノスのサポーター組織としてF・マリノス優勝という目標を共有してきた。NPO法人化したあとも、彼らはファン獲得のためにチームのフラッグ掲示活動や、街頭でのフリーペーパー配付活動といった地道な活動を続け、仲間と苦楽を共に味わってきた。横浜F・マリノスというチームを愛するという一つのアイデンティティで結びついてきた彼らは、今回の復興支援という一つの目標に向かって共鳴し、多大な力を発揮し得たと言える。
また、いわゆる熱心なサポーターは、ホームゲームのみならず、北は北海道、南は沖縄、果ては海外と、チームの試合があるたびごとに所構わず応援に足を運ぶ。たとえ見知らぬ土地であっても、現地でサポーターをまとめ、応援するという活動を幾度も繰り返してきた。もちろん食事、交通、宿泊の手配に関しても、旅行会社顔負けの経験とノウハウが蓄積されている。
「僕たちだからできること。それは被災地での人的な支援でなくてはなりません」。下島さんはそう言葉を継ぐ。今回のFSJの物資援助だけを見ても、受け入れ先との調整、トラックの手配、現地での注意事項など、細心の確認作業を経て実行された。現地での物資搬入、配付作業も各メンバーが行うなど、アウェイでの活動がそのまま有意義な人的支援に生かされたと言えるだろう。
ホームタウンを盛り上げるサポーター組織「ハマトラ」 「この街には、横浜F・マリノスがある。」(2)(ヨコハマ経済新聞)
先の「Football Saves Japan」の物資収集活動日と同じ3月26日。横浜ではこの日、F・マリノス選手、スタッフ、職員を総動員した募金活動が、ホームタウンである横浜、横須賀エリア4カ所で行われた。混雑が予想された横浜駅西口の高島屋前、ベイクォーターでは、ハマトラのスタッフが交通整理を担当し、チームとサポーターが一丸となって義援金を呼び掛けた。
横浜F・マリノス全選手が「街頭募金活動」-協力者を募集(ヨコハマ経済新聞)
横浜F・マリノスもほかのJリーグチームと同様に、被災地復興に向けた取り組みを活発化させている。リーグ再開までの各週末には、選手の街頭募金活動を実施。また、シーズン終了までのホームゲームでは、会場となる日産スタジアム内に募金箱を設置し、メンバー外の選手による募金活動を行うことを表明した。
街頭募金では、毎週監督、選手、社長をはじめスタッフが総出で行い、中でも中村俊輔選手、中澤佑二選手といった人気選手のところには長蛇の列ができていた。活動報告はF・マリノスのホームページに都度アップされ、4回の募金活動で延べ13,685人が参加、総額8,704,853円が集まったそうだ。この募金は、日本赤十字社を通じて被災地に送られる。
4月23日にはいよいよ再開を迎えるJリーグ。開幕戦で名古屋グランパスに引き分けた横浜F・マリノスは、23日に国立競技場で鹿島アントラーズと対戦。29日には、日産スタジアムで清水エスパルスとの今季ホーム開幕戦も控えている。
今季の注目はFW陣。2010年度シーズンの総得点は、上位10チームの中でワーストの成績。今季から加入したドイツW杯日本代表の大黒将志選手、昨季不本意なシーズンを送り、巻き返しを誓う渡邊千真選手、昨年デビューした18歳の小野裕二選手に得点力不足克服の期待がかかる。ボランチにも、同じ新戦力の谷口博之選手が川崎フロンターレから加入。ボランチのポジションながらJ1通算39ゴールを上げた得点力にも注目が集まる。そこに主将で司令塔の中村俊輔選手、日本代表の中澤祐二選手と栗原勇蔵選手のディフェンス陣が噛み合えば、優勝も見えてくるはずだ。
F・マリノスの選手たちは、プレーで被災された人々に勇気や希望を与えることに使命を抱いている。こんな時だからこそ、日産スタジアムに足を運び、選手の熱いプレーを肌身で感じ、募金活動やチャリティーイベントに参加してみてはどうだろうか。それが今、私たちにできることの一つなのかもしれない。
真の地域密着型クラブへ-横浜F・マリノスの挑戦「この街には、横浜F・マリノスがある。」(1)(ヨコハマ経済新聞)
阪本伸太郎 + ヨコハマ経済新聞編集部