特集

30回目を迎える市民発の「Jazzという広場」
復活した「YOKOHAMA本牧ジャズ祭」

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■市民の手作りによる野外ジャズフェス

 1945年の終戦と同時にアメリカ軍に撤収、軍関係者の住宅が建設された「日本の中のアメリカ」である本牧は、第1回のジャズフェスが開催される80年代までフェンスに囲まれた「治外法権エリア」であり、周辺につくられたバーやクラブからは当時最も新しい音楽やダンスが流れるクールなエリアだった。そんな本牧で青春時代を過ごした横浜の音楽好きが集まり実行委員会を結成、本牧にこだわり市民の手による野外フェスをつくろう、と1981年に開催されたのが「YOKOAHMA本牧ジャズ祭」のはじまりだ。

 企業やプロの手を借りず、あくまでも市民の手作りイベントとして歴史を重ねてきたこのイベントが、30回の節目にあたり、どのようなスタンスで開催されるのか。今回の実行委員長に任命され、イベントのPRに奔走する女優の渡辺梓さんにお話を伺った。

歴史ある野外フェス「本牧ジャズ祭」-ビーサン跳ばし世界選手権も(ヨコハマ経済新聞)

■実行委員長・女優の渡辺梓さんに聞く~私を救ってくれたYOKOHAMA本牧ジャズ祭

 渡辺さんは美術作家でご主人の稲吉稔さん、イベントプランナーの笠原彰二さんと3人で、アートワークプロジェクト「nitehi works」を若葉町で運営しながらも劇団無名塾の一員として精力的に舞台に出演している。そんな渡辺梓さんが、なぜ今回長い歴史をもつこの祭りの実行委員長に選ばれたのだろうか。

 「この祭りとの最初の出会いは、かなり昔に横浜出身の稲吉にデートで連れてきてもらったこと。青空の下、芝生のうえで皆がバーベキューしながらジャズを聞く、という開放的なスタイルに大きなカルチャーショックを感じました」と渡辺さん。

 「当時の私はNHKの朝ドラヒロインとしての放送を終えた直後で、周りに求められる役のイメージにとまどい、私自身の存在自体が分からなくなっていました。しかしこの祭りに参加し、その雰囲気と、肩書などに関係なく仲間として受け入れてくれた関係者の方々の温かさに救われたことがきっかけとなり、以後に結婚した後、子どもが生まれてからも家族ぐるみで参加させてもらってきたんです」

 1989年NHK朝の連続ドラマ小説「和っこの金メダル」にヒロインとして出演し、国民的な人気を得たものの、周りからのプレッシャーからくるストレスにつぶされそうになっていた彼女を救ったのが、この「YOKOHAMA本牧ジャズ祭」だったという。馴染みのない人にとって敷居の高さを感じさせる「ジャズ」という音楽が、青空の下で皆が芝生の上に座り込み、子ども達が走り回る中、バーベキューとビールを片手に楽しんでもいいものなんだ、と感じた原体験が彼女のその後の人生に大きな影響を与えたのだろう。

 「そんなふうに参加していく中で、「nitehi works」の笠原がイベントプランナーとして手伝っていた関係で、以前私に実行委員長として出てくれないかという打診は頂いたことがありました。でもいくらこのイベントが好きとは言え、この歴史あるお祭りの実行委員長では私には荷が重すぎるとお断りしていました」と渡辺さんは振り返る。

 「しかし3人で昨年から『nitehi works』の活動を始め、さまざまなアーティストやクリエイターの方々が集う場つくりに取り組み始める中で、改めて初心・ゼロの地点に立ちかえって何かを始めることの大切さを感じていたので、その意味でもお客さんとしての目線でこの祭りに携わることが、祭りにとっても私にとって大きな価値を得ることができるのではないかと思い、お引き受けさせて頂くことになったのです」

 渡辺さんはこうも話す。「本来ならこれだけのビッグイベントですから、プロの手による運営が入るレベルのものですが、この祭りはあくまでも参加者が見たい、聞きたいといった純粋な希望からうまれるエネルギーを大事にしているところが最も大きな特徴です。運営スタッフも全てボランティアによる活動で成り立っているんですよ」

 一人の観客としてこの祭りに参加してきた彼女は、今回30回目の節目の年に、観客の視点からこのイベントを盛りたてていくことを実行委員会からも期待され、自分を解放し、かつ受け入れてくれたこの大役を引き受けることになったという。このイベントと連動し、自らが携わる横浜のこのイベントが、開始以来ずっと市民の手で作り上げられてきた手作りのものであることに由来しているのかもしれない。

nitehi works

■家族が集い、仲間が集い、地域とつながるイベントへ~30回への新たな試み

 個性を持ったミュージシャンが集い、自らの即興演奏を通じてバンドのメンバーや観客とコミュニケーションするというのが一般的なジャズのスタイル。これは何となく敷居が高く、初心者にはなじみにくいイメージがあるが、このイベントに関してはその固定概念はあまり当てはまらないと言える。

 出演は、bohemianvoodoo:produced by 島裕介、須藤満 Presents "Take-Suto Ultra Project"、KANKAWA with グレース・マーヤ ソウル・ミーティング、ハクエイキム 類家心平 カルテット、ミッキー吉野 渡辺香津美 カレイドスコープ2011の5つのバンド。顔触れ、スタイルを見るだけでも、多くの個性的なプレイヤー達の競演が期待されるラインアップとなっている。この多彩な顔触れひとつとっても、このイベントが「ジャズ」という音楽をどうとらえているのかが理解できる。出演バンドの決定に関しても、長年運営してきた実行委員会とミュージシャン同士の信頼関係により、自然と今回のラインアップになっていったという。12時から夜の7時半まで延々と繰り広げられる夢の饗宴に期待を隠せない。

 また、当日は音楽だけでなく、履いているビーチサンダルをどこまで遠くに跳ばせるかを競う「ビーサン跳ばし選手権」や、桜木町駅近くの高架下でウォールペインティングをはじめた、ロコ・サトシ氏によるライブペインティングなども開催され、実行委員長の渡辺さんがそうだったように、家族で1日中過ごせるような企画が盛り込まれている。

第30回YOKOHAMA本牧ジャズ祭 開催概要

 今回は30回目という節目の年に向けた新たな試みとして、初めて開催される「本牧なつまつり」と共催で行われるという。「祭りである以上、地元の人々も共に参加するイベントであってほしいと、今回からジャズ祭の隣のスペースを活用し、本牧なつまつりというイベントも同時開催することになったんです。地元の人にもさらにこのジャズ祭が親しんでもらうきっかけになってくれれば」と渡辺さん。

 8月の後半とはいえ、残暑が厳しい野外で長時間過ごすので、熱中症対策だけはしっかり行って臨みたい。また、12時30分の開演とはいえ終了時間は19時半頃を予定していることから、公園内を歩くのに懐中電灯や虫よけの準備をしておくことが、快適にイベントを過ごせる秘訣だろう。また、会場の駐車場には限られたスペースしかないので、公共交通機関を利用してもらうのが望ましいとのこと。

第30回YOKOHAMA本牧ジャズ祭 会場へのアクセス

■よいものを見たい、聞きたい~シンプルな想いが生み出す「化学反応」

 港町であり、古くから音楽や芸術といった文化の発信においては、東京や大阪といった大都市に並び個性を発揮してきた横浜。しかし個人的な印象では、その範囲が広いこと、また各地域で行われる活動メンバーの想いと個性が強いため、横浜全体から発信される情報が割と断片的なイメージとして捉えられてきたと感じていた。そのようなエリアごとの「点」の活動を、この30回のジャズ祭をきっかけの一つとして「面」につないでいきたいと渡辺さんは語る。彼女自身がプロジェクトとして昨年より始動した「nitehi works」も「表現者としての発信の場所でありたい」という想いのもとにつくられたものだ。

 一昨年まで金融機関として稼働していた築45年のビルを、ご主人で「似て非」の代表である稲吉稔さんがリノベーションした3階建ての空間は、古さの中にこれからのスタイルを創造させる空気に満ちている。新しいところでは、ジャズ祭の前日8月27日に行われる琵琶の大久保慶子さんのライブや、9月23日~25日には、横浜では初めてという1980年代に開催されたドイツのメールスジャズフェスティバルの8ミリフィルム上映会など、アーティスティックなマインドが満載のイベントが多数企画されている。

 「『nitehi works』では、音楽、映像、制作といったアーティスティックなイベントを定期的に行うほか、毎週金曜日に自由参加の『生音Day』というイベントを開催しています。ミュージシャンがアンプを通さずに生音で演奏するのですが、観客は基本『投げ銭』スタイルで、そこにいる画家や俳優といったアーティストがこのように自由なイベントの場で出会い、そこからまた新たなコラボレーションが化学反応的に生まれることを目指しているんです」と渡辺さん。

 「そういった意味においても、今回実行委員長を務めさせていただくYOKOHAMA本牧ジャズ祭と同じように、個性をつなぐ場作りに積極的に関わっていきたいと思います。前売り券もウェブサイトでは販売終了しましたが、横浜エリアを中心に各所でまだ販売中です。お子さんは無料ですので、ぜひ皆さんにご家族でお越し頂きたいと思っています」

 ジャズの魅力は、それぞれのプレイヤーの内面から湧き出た個性を即興でぶつけ合うことによって生まれる化学反応だと認識している。したがって演奏は全て異なり、一つとして同じものがないというのがジャズの持つリアルな魅力なのだと思う。

 市民によって支えられてきたYOKOHAMA本牧ジャズ祭は、昨年不況により協賛企業の協力が十分に得られず、開催できなかったという経緯がある。その意味においても、ひとりのジャズファンであったアーティストの渡辺さんを実行委員長に迎えの復活かつ30回目という大きな節目にあたる「YOKOHAMA本牧ジャズ祭」は、新たな化学反応を生み出すべく、今回の開催を待つ。

 よいものを見たい、聞きたいという多くの人々の極めてシンプルな想いが繋いできたこのひろばに、今年は今までにはない新しい化学反応が生まれてくることは間違いない。夏の終わりに、その化学反応をこの目で、そしてこの肌で感じに出かけたい。

YOKOHAMA本牧ジャズ祭

YOKOHAMA本牧ジャズ祭公式ブログ

YOKOHAMA本牧ジャズ祭公式Twitter

柳澤史樹 + ヨコハマ経済新聞編集部

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