―三浦さん、まず、紅葉坂(横浜市西区)の上にある春風社という出版社について、教えてください。
春風社は、1999年10月1日に創業しました。今年で13年目になります。出版しているジャンルは、人文系全般。これまで約400冊、教育・思想・哲学を中心に手がけてきました。このほか、宗教・福祉関係や文学関連ももちろん出版しています。
創業10年記念に私が書いた「出版は風まかせ~おとぼけ社長奮闘記」でも書いていますが、春風社設立のきっかけは前に東京で勤めていた出版社が倒産したことでした。それが1999年3月です。倒産した翌日に、赤羽で同僚と酒を飲みながら「これからどうしようか」「再就職は難しいよね」と、酒の勢いもあって起業を決意。金もないし、当時は独身だったし、横浜・保土ヶ谷にあった自宅を事務所に出版社を立ち上げました。
最初は「南風社」という社名を考えていました。起業した時期が3月だったから、春めいた名前がいいな、南の暖かい風に乗ってこれからやっていきたいという思いを込めて、考えたのです。ただ、調べたら九州にすでにその名前の会社があることがわかったので「春の風」にしました。友人の画家・長野亮之介が描いてくれた会社のロゴも、春にふさわしく躍動するツバメをモチーフにしています。
―創業して、13年間で思い出深い本はありますか。
うちの柱となっている「新井奥邃(おうすい)著作集」、全集です。この新井奥邃という人は仙台藩出身で、日本初代文部大臣・森有礼の指示でアメリカに渡り、向こうのキリスト教のコミュニティに入り、1899年に横浜に戻ってきた人です。
この人の全集を7年弱かけて刊行し、全10巻で完結しました。1巻につき500冊ずつ出したのですが、なかなか売れませんでした。
今ようやくそれぞれが300冊ほど売れました。売れてる巻は350冊、出ています。やっと印刷費が回収できて、編集費がちょっと出るくらいになりました。この全集、出版社として採算ベースに乗るかというと、やっと10年過ぎて乗るか乗らないかという状況です。ある意味では全然見合ってない仕事です。
でも会社を始め、日銭を稼ぐような労働を重ねる日々に、この全集を出すということが、精神的下支えになりました。
目の前の採算で考えるとなかなか難しいですが、この全集を出したことでいただいた仕事が10件以上あります。それが嬉しかったですね。「新井奥邃のものを出しているのか」ということで仕事がきたのです。「新井奥邃」、いずれ50年後に日本史の教科書にこの名前が出てくることを、半分本気で願って作りました。
―三浦さんが起業して13年。現在、出版業界は電子書籍の参入や雑誌不況などで、経営がどこも厳しいと言われています。そんな「逆境」の中、春風社は年間約40冊のペースで本を出し続けておられる。それはどうして可能なのでしょうか。
そうですね。その問いはよく聞かれますし、ぼく自身よく考えます。「文字・活字文化の日(10月27日)」に先立つ10月22日、県立図書館の主催で、「活字文化の今後」と題し、講演しました。一出版人として春風社の12年間について話をしたのですが、正直ぼくもはっきりと理由はわからないのです。「これがあるから続いている」ってものが何かは、わからない。いくつかは考えつきますが、それらの相乗作用でうまくやってこられたのかもしれません。
まず、春風社の大きな特徴は「身体性・肉体性」です。電子書籍とは逆ですね。装丁を含めて、さまざまな場面で「身体性」を大事にするっていうのが、ひとつあると思います。
例えば装丁。今は装丁家の人に頼んでデザインしてもらっていますが、創業時は経営が厳しかったから、自分たちで手がけていました。
「明治のスウェーデンボルグ―奥邃・有礼・正造をつなぐもの」という瀬上正仁先生の本がありますが、この内容からぼくは自然界の「気」を感じました。この印象を装丁に活かそうと、木の木目をそのまま出したいと考え、東急ハンズで買った板切れを直接コピー機にかけ、複写したのです。
カラーコピーだとダメだから、白黒でコピーして、木目の線をしゃきっとさせて、色については印刷所に板を持ち込んで「この通りに色をつけて」と頼みました。折り込み部分には節も写っています。こういう作り方は他がやるかはわからないし、イージーかもしれないけど、身体性を織り込みたいという思いのひとつの表れでしょう。
これで味を占めたというわけではないですが、「アジアの瘤 ネパールの瘤―ヨード欠乏症への医学的・社会学的挑戦」(山本 智英・熱田 親憙著)というヨード欠乏症についての本では、足りないヨードを摂取するために「昆布などの海藻を食べる」というので、乾物の昆布を複写して装丁に使いました。粉を噴いた感じまで、リアルに再現できましたよ。
―電子書籍と違い、手に取れる「モノ」としての本についておうかがいします。質感やデザインに対する三浦さんのこだわりがありますか?
本を持った時に、内容や著者の雰囲気・人柄を彷彿とさせる素材やデザインがいいなと思います。読者が本を手に取ってさわる時に、なるべくそういう本に込められた雰囲気が伝わるようにと、意識しています。
「アジアの瘤 ネパールの瘤―ヨード欠乏症への医学的・社会学的挑戦」
―三浦さんは、本当に本がお好きなのですね?
そうですね……ただ、ぼくは、秋田県井川町の農家に生まれたので、遊びは外ばかり。家にはほとんど本はなく、本に親しむということはほとんどありませんでした。意識して読むようになったのは高校から。それがまさか出版社勤めをして、自分で会社を作るとは夢にも思っていませんでした。
―神奈川県内の高校で、先生もしていたそうですね。
社会科でした。先生になりたいというよりは、東北大学の時に林竹二先生(教育哲学者、宮城教育大学学長)の授業論や授業記録を読んで、すごいなあと思ったのです。先生になりたいというよりも「林さんのような授業がしたい」と思って教師を目指しました。
―自分が感動したことや思いをほかの人に伝える。そういうことが好きなのですね?
そうですね、そうかもしれない。
前に神奈川新聞社の取材で「編集者の条件」を聞かれました。僕は「寂しがり屋であれ」と答えました。故郷の秋田弁では「とじぇね」と言います。その「寂しい」という感覚が、他人とつながりたい・伝えたいという原動力になる。この力が本を作っていく時に大事だと思います。
秋田で暮らしていた時、学校も田舎なので厳しくないし先生ものんびりしていました。授業を受けるというよりは先生のお話を聞いている時間が楽しい、という感じ。そしてその先生の話を来ている間は、寂しさが消えている感じがしました。自分が先生として授業に臨んでいる時にも、寂しさが薄まることがありました。
それと同じで原稿を読んでいると、著者が書いた文章なのに、まるで自分が書いたかのように向き合っていることがあります。著者に乗り移られているのか、逆にこっちが乗り移るのか……。一日ずっとそういう作業をしていると、身体がフラっとなる。編集は、肉体労働です。でもそういう時間は「寂しい」感じはしません。もう(著者と自分とが)一体になっているからです。仕事をする時に、そういう「寂しくない」感覚になれることが、いい状態なのかな。
―3月11日、三浦さんの故郷でもある東北地方を東日本大震災が襲いました。出版人として、あの大災害の後、考えていること・行動していることはありますか。
あの地震と津波、原発を含め、そういった物理的な破壊・崩壊ということだけじゃなく、「言葉」も一旦すべて取り払われてしまったような感じがありました。その中でもう一度「言葉」を考えていかなくてはならない、と思いました。
社員とともに、被災地である宮城県石巻市に行きました。いつもどこかで自分は「言葉ってなくても生きていける」と思っていた部分があったのですが、被災者の何人かに話を聞いて「やっぱり言葉がなくちゃ生きていけないな」と感じました。人はパンのみにて生きるにあらず。「言葉」は人を元気づけたり、勇気づけたりする力があるのだと、改めて思いました。 言葉を載せる「本に」携わる人は、みんなそのように感じていると思います。具体的な言葉ではなくても、3・11を経て編集者が感じていることが、本作りの過程で必ず反映されるはずです。春風社の本もそのようになっていくと思います。
―今回のテーマは「本をつくる仕事とは?」ですが、学生さんにもそういう話をすることがあるそうですね。
はい。毎年、横浜女学院中学校の2年生が体験学習の一環で、春風社で本作りを学んでいます。実際に文章を書いてきてもらい、生徒自身のテキストで小さい本を作ります。お互いに構成してページ割りをし、それぞれのグループでどういう雰囲気にするか、表紙、キャッチフレーズを話し合います。同じ「好きな本」というテーマを出しても、完成した本をみると、各グループで雰囲気が全く違うのが面白いところです。生徒さんの体験学習ですが、僕らも本作りの基本を、もう一回勉強しているつもりです。実際に本が出来上がると、生徒さんは「アーッ!」という感じで歓声を上げて(笑)、その姿を見ていて改めて本を作る喜びを感じますね。
―これから先、春風社が出版する本のうち、横浜とかかわりが深いものはありますか?
横浜に関係したものだと、山崎洋子さんの著作を12月に出版します。ホテルニューグランドを舞台に、そこから見えてくる横浜の歴史や現代史を描いた内容です。また、近刊では、神奈川近代文学館館長だった紀田順一郎さんが江戸川乱歩について書いた「乱歩彷徨」もおすすめです。
―ありがとうございました。
三浦衛(みうら・まもる)
1957年、秋田県井川町生まれ。東北大学経済学部卒。
1999年、出版社「春風社」を創業。
著書に『出版は風まかせ おとぼけ社長奮闘記』『父のふるさと 秋田往来』がある。
装丁や手触りなど「身体性」を重視した本作りで、着実に良質な本を世に問い続けてきた春風社。その手法は、電子書籍が浸透しつつある現在、利便性や効率性だけでは評価できない「本」という「もの」の奥深い魅力を、読者へ訴えることに成功しているのかもしれません。東日本大震災を経て「出版という営みがこの大災害を当然反映したものになるだろう」と、語る三浦さん。今後の春風社が、どのような本を出版し、どのような「言葉」を読者に届けていくのか、注目です。
次回11月24日20時からの「ツブヤ大学BooK学科ヨコハマ講座2限目」は、今回も話題に上った「装丁」がテーマです。ブックデザイナーの矢萩多聞さん(横浜市港北区在住)を迎え「本のからだ 本のかお」というテーマでUstream中継を行います。聞き手は初回ゲスト、三浦衛さんです。
ツブヤ大学が「本」をテーマに公開講座-春風社・三浦衛さんがゲスト(ヨコハマ経済新聞)
阿久津李枝+ ヨコハマ経済新聞編集部