2005年1月に旧日本郵船倉庫を改修してオープンした「BankART Studio NYK」(横浜市中区海岸通3)は、鉄筋コンクリート3階建ての建物にカフェ・ショップ・ライブラリー・工房・スタジオ9カ所を備える、延床面積3,000平方メートルの巨大な現代アート拠点。
海に面したこのアートスポットでは、これまでも原口典之展(2010年)、朝倉摂展(2011年)など、現代を代表するアーティストの個展を斬新な切り口で開催してきた。
2012年末から2013年1月の現在にかけて、ふだん無機質な表情の倉庫が、おびただしい数の輸送用パレットや壊れた窓枠など「大量廃棄されたもの」で覆われている。柱に寄生するような小屋や波打つような木材の壁は、これまでの川俣さんの作品でも一貫してきた様態だ。
会場に張り巡らされた大量の木製建具は、戦後の住宅難解消のために建てられた公団住宅「海岸通団地」(横浜市中区海岸通)解体時に譲り受けたものだ。
1950年代、会場である「BankART Studio NYK」の近くに建てられたこの団地は、都市再生機構など7社が進める「横浜北仲通北地区再開発計画」計画地に位置しており、今も解体・再開発工事が進められている。
当初は、およそ7万5千平方メートルの同地区に高さ200メートルの超高層複合ビルや大型商業施設を建設する予定だったが、現在は開発計画の見直しが進められ、既に完成している都心型住宅に加えてフットサル場や駐車場などに暫定利用されている。
数十年にわたり人々の暮らしを支えてきた住居が一端廃材となり、さらに現実の再開発工事の進行に呼応するかのように進む川俣さんの制作作業によって、新たに「創作に欠かせない素材」に再生される。
美術や建築の世界を超えて都市にインパクトを与えてきた川俣さんらしく、今回のテーマである「拡張」というコンセプトを、物理的な意味だけでなく、都市の歴史・新陳代謝を見据えた射程まで広げている。
馬車道駅に隣接した「北仲地区」の再開発案がまとまる(ヨコハマ経済新聞)
北仲通北地区の解体を待つ「海岸通団地」で自治会主催の写真展(ヨコハマ経済新聞)
馬車道のUR賃貸「シャレール海岸通」が入居者募集-在宅ワーク型住居も(ヨコハマ経済新聞)
UR都市機構 都市デザインポータルサイト - シャレール海岸通のRenovation
「ヴェネツィア・ビエンナーレ」(イタリア、1982年)「ドクメンタ」(ドイツ、1987・1992年)「シドニー・ビエンナーレ」(オーストラリア、1998年)「上海ビエンナーレ」(中国、2002年)など、海外の名だたる国際展で高い評価を獲得してきた川俣さん。現在はパリを拠点に活動しており、国内で作品を発表する機会は多くない。
川俣さんは今回の展覧会について「若い世代の中には、ぼくの仕事を知らない人も多くなっている。ましてや実際に作家が作業しているところを見る機会もないので、今回は作業過程そのものも含めて展示していきたいという思いがあった。展覧会が始まってからも、作品を作っている。作品を見るということだけではなく、どのように作品ができていくのかを、毎回見てもらい、感じてもらいたい」と狙いを語る。
今回の「プロセスを見せる」手法は、川俣さんが1984年に手がけた代官山・ヒルサイドテラス(東京都渋谷区)でのインスタレーション「工事中」で採用した。作品の英訳名として初めて使った「ワーク・イン・プログレス」がそのまま「手法」を表す言葉として流通している。その後も美術館をはじめ、病院や廃墟など街中のさまざまな場所で、制作経過を作品の一部として公開している。
かつて倉庫だった今回の会場について、川俣さんは「こうした既存の建物を利用した施設の中でも、ここの活動は特に面白いので、BankART自体のことをもっと世界に発信したいという思いもあった」と話す。現場に合わせて生み出される作品は制作中も常に変化し続け、毎日「拡張」していく。チケット購入者なら会期中何度でも入れる仕組みにしたのも、そうした「プロセスそのものを作品として見てもらう・感じてもらう」ためだ。
現場でコンセプトが形になる「さらに以前」まで創造行為をさかのぼる試みとして、2012年11月、個展開始直後に「ギャルリーパリ」(横浜市中区日本大通14)で、展覧会「川俣正 Plan and Drawings for the Expand BankART」が開かれた。
本プロジェクトの1~2年前に描かれた初期のアイデアスケッチから、展示の完成形をイメージさせる大型のマケット(彫刻などの作成時に作られるひな形)まで、川俣さんのアイデア・創造の軌跡をたどるさまざまな「作品」を展示。このプロジェクトを時間的にも「EXPAND」(拡張)し、ものが作られるプロセスを「源流」に向かってたどっていく体験を提供する展示となった。2013年1月に入って再開され、12日が最終日となる。
BankART Studio NYK全館で川俣正展「Expand BankART」(ヨコハマ経済新聞)
日本大通りの画廊で川俣正展ー「Expand BankART」アイデアスケッチも展示(ヨコハマ経済新聞)
展覧会に合わせ、開講した「Kawamata スクール again」は、川俣さんが総合ディレクターを務めた「第2回横浜トリエンナーレ」(2005年)市民サポーターとの同窓会的な意味合いもあった。
トリエンナーレ終了直後から展覧会企画の話はあったが、自身できちんと消化してからにしたいという思いがあり、このタイミングになったという。市民参加に積極的だった川俣さんを慕って受講する常連も多い。
総合ディレクター就任時、川俣さんは記者会見で「この記者会見自体が既に横浜トリエンナーレ2005の一部である」と話した。「展覧会は、可変的な運動態である」というコンセプトのもと、制作過程も展覧会の一部と考え、さらに川俣さんらしいキーワードとして「場に関わる(サイトスペシフィック・インタラクション)」、「人と関わる(コラボレイティド・ワーク)」という理念を挙げた。
「サイトスペシフィック」に作られ、しかしそこに残ることにこだわらず変化やコミュニケーションを大事にする川俣さんの作品は、ともすれば一過性のものとして終わってしまう。そこで、強く意識されているのが「アーカイブ化」である。
川俣さんが横浜トリエンナーレに関わるなかで感じたことは、行政組織の異動によって国際展のノウハウが継承されにくいという課題だという。
7年の間にさらに2回のトリエンナーレを経ているが「2005年のことを覚えている人が多くて、逆にびっくりした。当時のことを引き続き話してくれて非常にうれしい。そういう横浜の人たちにも、ちゃんとした形で作品を見せたいと思ったので、今回はとても力を入れた」と語る川俣さん。一方で「当時関わっていた人たちが今、全然違う仕事をしているなど、大きなアートイベントを運営した経験が生かされない状況がもったいない」と話す。
川俣さんは、こうした課題を解決する一つの答えとして当時、「トリエンナーレ・アーカイブルーム」を設置した。これは、トリエンナーレの継続的な開催に必要な情報を一元化し共有する試みで、連携会場だったZAIM(旧関東財務局、横浜市中区日本大通34)で実践された。参加作家の情報や事務的な資料、全国各地の美術館やギャラリーから寄せられた貴重な現代美術の書籍が閲覧できる場として運用されたが、残念ながら会期終了後に閉鎖されている。
今回の展覧会でもアーカイブ・記録は重視されている。これまで世界各国で発表された代表作の写真展示や、フランスの映像作家、ジル・クデールさんによるドキュメンタリー映像の上映もされている。連日の制作の様子も随時記録され、2階の一角ではその過程を写真で追うことができるほか、日々の変化はブログにも公開されている。
カタログは、全3巻。2012年11月9日の展覧会初日に第1巻(これまでの代表作と作品レゾネ=全作品目録)、23日に第2巻(プロジェクトプラン集)を発行し、2013年1月13日に第3巻(ドキュメント集)を発行する。記録出版にも「ワーク・イン・プログレス」の手法が取り入れられ、展覧会の変容がアーカイブ化されていく。
「展覧会はイベントで終わらせるのでなく、どう後始末するかが大事」。会期中に行われたアートディレクター・北川フラムさんとの対談で、川俣さんはそう語った。今回制作された作品の一部、1階ホールのパレットは、会期終了後も会場に残される予定となっている。「後始末」後に、横浜の街に何が残るか。展覧会後も、拡張は続いていくのかもしれない。
「アートサーカス(日常からの跳躍)」がテーマ。 新体制で臨む「横浜トリエンナーレ2005」(ヨコハマ経済新聞)
運動態として変化を続ける現代美術展。 「横浜トリエンナーレ2005」が目指すもの(ヨコハマ経済新聞)
[特集]ZAIM (4)アーカイブ・横濱書園(横浜シティアートネットワーク-YCAN-)
「川俣正 Expand BankART」
会期:2012年11月9日(金)-2013年1月14日(月・祝)
開館時間:11:30-19:00 ※1月12日-14日は10:00開館
会場:BankART Studio NYK全館
観覧料:一般1,200円 / 学生600円 / 高校生以下65才以上無料
カタログ付観覧料:一般2,500円 / 学生2,200円
http://bankart1929.com/
「川俣正 Plan and Drawings for the Expand BankART」
会期:2013年1月5日(土)-1月12日(土)
開館時間:12:00-19:00 ※最終日は16:00まで
観覧料:無料
http://www.galerieparis.net/
齊藤真菜 + ヨコハマ経済新聞編集部