2014年3月14日、JR戸塚駅の地下1階広場で音楽イベント「戸塚ディストルfes cafe vo.24!」が行われた。徹底的な横浜密着型の活動で注目を集めているTMEの設立2周年を記念したフリーイベントだ。「戸塚ディストルfes cafe」はTMEが2012年の設立時から毎月欠かさず行ってきたライブイベント。正午から夕方まで、所属アーティストが代わる代わる演奏して駅前を盛り上げる姿は、戸塚駅の利用者にとってお馴染みの光景となっている。
また、このイベントに先立つ2013年8月に、湘南とつかYMCA(横浜市戸塚区上倉田町769)で、TME所属の「戸塚密着型シンガーソングライター」 kaho*さんによるアルバム「戸塚?(とつかわん)」のレコ発記念ワンマンライブが行われた。地元商店街のテーマソングのみ14曲を書き下ろしたという異例のアルバムは、2014年5月に2作目となる「戸塚?(とつかつー)」の発売を予定している。
— 2013年8月の「戸塚?」発売記念ワンマンライブは地域住民が数多く訪れ、戸塚区の区長が開会の挨拶を務めるなど大盛況でした。地域密着型の企画が生まれたきっかけや当日の様子を教えていただけますか。
わたしたちが今、最も力を注いでいる「テーマソングプロジェクト」の一貫です。戸塚駅東口の商店街を中心に、kaho*がそれぞれのお店のテーマソングを書き下ろしました。
そこで出来上がった計14曲を「戸塚?」というアルバムとしてリリースすることになり、発売記念イベントを企画しました。当日は地元商店会の皆さんにも会場に出店していただくことで、アーティストから一方通行に発信するライブではなく、お客さまはもちろん、地域の商店や行政を巻き込んだ交流色の強いイベントとなりました。
区長さんのあいさつを皮切りに、店主の皆さんにもステージに登場してもらって、テーマソング制作の裏話やお店の宣伝をしていただきました。最初は皆さん「本当に出演するの?」と緊張気味なようでしたが、いざ登壇すると、語りが止まらない勢いでした。出る人も見る人も、顔見知りが多いせいか、とても盛り上がりましたね。
逆にまだ地域をよく知らない方にとっては「この曲の店長さんはあの人なんだ…!」と知るきっかけになったようです。
私は地域の皆さんと恊働することが「地域密着」だと考えているので、参加型のイベントにすることができてよかったです。
—個人商店のテーマソング、それも10曲以上も集まったアルバムは珍しいと思います。制作はどのように進んだのでしょうか。
最初はkaho*が戸塚駅東口のパン屋さん「ぷち・らぱん」さんのテーマソングを制作したのがきっかけです。何か音楽で地域に貢献できないかと考えていたときに、店主の青木陽さんに声をかけていただいて。kaho*も食べ物が大好きなので喜んでスタートしました。
制作にあたっては実際に午前5時から「ぷち・らぱん」さんで、パン作りの仕事を一日体験しました。kaho*はパン作りも筋がよかったようで「歌手を引退したらパン屋になったら?」と嬉しいコメントもいただきました(笑)。
そうしてアーティストが実際に地域へ入り込みながら制作した『ぷち・らぱんの歌』を2012年の11月「いーとつか祭」で披露しました。評判もよく、「ぷち・らぱん」さんにも喜んでいただいて、これが他のお店にも広がっていきました。
—『戸塚?』がリリースされて、実際にアルバムの反響はいかがですか?
完成してみると、駅前のショッピングセンターmodi(モディ)、中古車買取店、接骨院、喫茶店、寺院、サッカークラブなど、本当にバラエティに富んだ店や施設についてのテーマソング集になりました。
リリースしてからは、例えば「ぷち・らぱん」さんでは実際にCDを店頭に並べてもらって、PVも流してもらっています。パンを買いにくるお客様が自然と口ずさんで、「この曲を聞くとパンが食べたくなる」という方もいらっしゃるそうです(笑)。パンを買いにきたお店でkaho*のCDを買ったり、逆にkaho*のライブを聴いてからパンを買いに行こうとか、そういうお客様同士の交流も生まれています。
普段の買い物という日常の中に音楽があることで、地域の皆さんの心の変化にも繋がっていけばと思います。それから、FM戸塚の私の番組で毎週、店主の方をゲストにお招きして、実際にテーマソングを流しながらお店の紹介をするといったプロモーションもとても盛り上がりました。
活動が根づいてきたこともあり、2014年1月の防犯キャンペーンでは戸塚区と連携した『つながろう戸塚~サヨナラ振り込め詐欺~』も発表することができました。振り込め詐欺防止の啓発ソングとして実際にkaho*が演奏し、戸塚区長と戸塚警察署長の連名で感謝状までいただきました。
タイトルを一般公募の中から決めさせていただいたりと、まさに地域へアーティストが受け入れられていると感じています。地域の皆さんに喜んでいただくのはもちろん、テーマソングプロジェクトを通じてもっと街の活性化を促していきたいですね。『つながろう戸塚~サヨナラ振り込め詐欺~』は5月31日に発売予定の『戸塚?』にも収録予定です。
—TMEは2014年3月で創立2周年を迎えました。徹底して横浜に密着した音楽活動が特徴ですが、まだ25歳の生明さんが若くして会社を設立したきっかけはなんでしょうか。
TMEのルーツは、私が会社設立の一年前、2011年からサキソフォン演奏者として所属していた「エソラビト」というユニットの活動にあります(現在はボーカルの菜々子がソロユニットとして活動)。当時は6人のメンバーで新たに音楽活動をスタートするところだったのですが、そんな時に東日本大震災が起きて、いろんな活動が頓挫してしまいました。
ユニットは当時のプロデューサーから完全に独立することになり、メンバーも3人に減る中で今後の活動を考えていたころ、東北の小学校で楽器が津波に流されたという話を聞いたんです。とにかくエソラビトで何かしたくて、彼らに楽器を届けよういうことになりました。
ただ、私たちにはそのお金がありませんでした。ならば全国で路上ライヴをしながらCDを売って、そのお金で楽器を届けようと、全国ツアーをすることにしたのです。
全国を歩き回ればメッセージの発信もできるし、東北のために何かしたくても動けない人達の代弁者にもなれる。私たちの音楽を聞いて気に入ってくれたら、「CD1枚が、楽器になって東北に届く」という趣旨で、30日間1,000枚という目標を掲げた全国ツアーを敢行しました。
—被災地支援にも様々な方法がありますが、あくまで音楽にこだわった支援を考えたのですね。
確かに、音楽は衣食住には関係ないし、生活には直接必要ないことかもしれません。実際に全国路上ライブをする中でも、売名行為だと言われたり、行政に任せておけばいいんだという言葉をかけられたこともありました。
楽器だって誰が届けたっていい。そこで「なぜ自分たちなのか」と考えた時に「私たち自身の人生のルーツが、やはり音楽なのだ」と気づきました。
今まで音楽というものに日々支えられてきたから生活して来られた、心を養うことができた。だからこそ、被災地の人たちが楽器がない状態で学校生活をおくるのは寂しいじゃないか……という強い想いがあったのです。
最終的には、この想いを南三陸町の戸倉小学校に受け止めてもらうことができました。楽器を届けた上で、菜々子が全国路上をしながら書いた楽曲「空へ」を披露して、生徒の皆さんにも合唱でレコーディングに参加してもらいました。この曲は今でも戸倉小学校で生徒さんたちに歌っていただいているようです。私たちも東北に定期的に訪問して、子どもたちと交流しています。
—音楽を通じて社会に貢献していきたいという、強いエネルギーを感じますね。
私自身、子どもの頃から音楽に触れてきて、何度も音楽に救われてきたと身をもって感じています。震災後は萎縮ムードが広がって、あえて何かをすることが悪いという風潮がありました。
私もちょうど大学の卒業式や様々なイベントが中止になり、とても寂しかった。大きなイベント会社もどんどん潰れたりして、なんでこんなことになってしまうのだろうと、疑問を感じていました。
音楽は衣食住には関係ありませんが、心を豊かにしたり、みんなを落ち着かせたり…と、目に見えないところでの価値がすごく大きいと思っています。そういう音楽の価値を試したい、音楽で出来ることを追求したいと強く思いました。
さらに、自分を育ててくれた横浜という街に恩返しがしたいという気持ちも強かった。
全国路上ライブをやったこともあり、地方のさまざまなまちを見てきました。東京が、多種多様な人の集まる集合体なのに対して、地域社会は地元への愛着が強く、独特のエネルギーを感じます。横浜も同じですね。そこに音楽を絡めて、新しいアーティスト像や、音楽の新しい価値を見いだしていきたいと思っています。
—経営理念に「アーティストも一社会人」という言葉が強調されているのはなぜですか?
音楽業界の中で、アーティストやミュージシャンはまだまだ弱い立場にあります。いつデビューできるか分からない中で、契約と引き換えに金銭的なリスクをとらされたり、使い捨てにされてしまうといったようなこともあります。
私自身、アーティスト時代に悔しい思いをしたこともありました。その原因の一つは、アーティスト自身に社会人としての常識が足りないことです。自己管理の仕方が分からないから、どうしてもマネジメントの面で他人を頼らなくてはならなくなる。例えば挨拶の仕方、名刺の渡し方、メールの打ち方…こうしたところを教育することで、自分がお金をもらって活動するという責任感も出てきます。もしもTMEを離れることになってしまったとしても、ある程度自分でマネジメントできるように基礎的な部分を教えていきたいと考えています。
—生明さん自身の問題意識に基づいた理念なのですね。
会社設立のきっかけも、アーティストが自分たちを守れる仕組みを作っていきたいと考えたのが理由の一つです。大きな組織やシステムに頼らずとも、自分たちで自立して音楽で暮らしていくこと。それが今でも社長として一番に考えていることです。“地域密着型アーティスト”はその答えの一つでもあります。まずは私の愛する横浜の街から、活躍出来るアーティストを増やしていきたいです。
—社長として、生明さんが普段から社員やアーティストの皆さんに伝えていることはありますか?
創業以来ずっと言い続けていることがあって、それは「音楽を手段に」という合言葉です。音楽を仕事にするのなら、いい音楽を届けるのは当たり前で、大切なのは音楽を届けることで人々にどんな影響を与えていきたいかということです。音楽をすること自体が目的になっていてはいけない。
「音楽を手段に」して社会的な価値を創出することで、その対価をもらうんだということ。他のビジネスと同じように、音楽を職業的に選択するのならこれは当たり前のことです。
それから当社は行動第一。「考える暇があったらまず行動しなさい」といつも言っています。いくら頭の中で理想を造っても、実現できないことはたくさんあります。身体を使って覚えたことが一番染みつくし、できること・できないことの線引きも感覚的にできるようになります。
kaho*にも昨年(2013年)はたくさんのことに挑戦してもらって、今ではそういう判断が自分で出来るようになるくらい成長しました。この1年は、人間を造るという土台をひたすらやってきたという感じですね。
—経営者として、会社設立からの2年間を振り返ってみていかがですか?
地域の皆様の温かい支援もあって、会社としても着実に成長することができたと思います。2013年は所属アーティストも増えたことで、社内で切磋琢磨する環境も出来てきました。
個人的には、会社はやはり「人」なんだということを実感した2年間でした。実は1年目はアーティストたちに感情移入してはいけないと思って、冷たく突き放して接してしまうことが多かったんです。いろんな啓発本を読んだらそうされている経営者の方が多かったので(笑)。でもそれは結果的に間違っていました。
社内の雰囲気が悪いのに、音楽で面白いことをして地域貢献しよう…なんてできっこないじゃないかとある日気づいて、それからなるべく社内の人間にフレンドリーに接するようになりました。とにかくまず話しかけて、話を聞いて、相手が何を考えているのか知ろうとすること。実際に音楽をやって困難な目標にチャレンジしているのはアーティスト自身で、私はバックアップにすぎないですからね。
そうして自分の役割がはっきりして、アーティストそれぞれに対してどんな接し方をすればいいのか分かってきたことで、会社の雰囲気もよくなり、みんなが伸び伸びと活動できるようになったと思います。
「人」としてみんなのことを知りたい…という気持ちが、中小企業の経営者にはまず必要なのではないでしょうか。私はアーティストやスタッフのことを知る中で、彼らへの感謝の念がとても大きくなっていきました。それに気づかせてもらえたことで、もっと彼らのために何かしたいという活力が漲(みなぎ)ってくるんです。
—所属アーティストの皆さんは路上ライヴを精力的に行っていますね。路上にこだわる理由はなんですか?
地域性を重視したいと考えた時に、駅前の路上ライブはいちばん大切にしたいと思っていますライブハウスの演奏はチケット代を払った人しか観に来れません。それが駅前の路上なら、その街に住んでいる人達が毎日絶え間なく歩いていく。
つまり、不特定多数の地元の皆さんにアピールすることができるんですね。それも地方の路上は都内の路上より「強い」と考えています。皆さんの街への愛着が違いますからね。最初は「なんだろう?」って思っても、地元出身のアーティストが地域の歌を歌っていれば応援したくなる。
ただ、やはりみんな日本人なので、最初からアーティストが交流するのは難しいです。路上ライブは1回目は素通り。2回目にようやく顔を見る。3回目に初めて立ち止まる。4回目で曲を聴く。5回目で声をかける…というように時間がかかる。だからこそ、同じ街に何度も足を運ぶようにしています。ローカルなコミュニティでは、まだまだネットやSNSよりも口コミの力が強いです。
—今後の展望を教えてください。
これからも地域一極集中の考え方は変わりません。テーマソングプロジェクトに関しては、今年5月にエソラビトの「洋光台?」をリリース。戸塚はKaho*の「戸塚?」まで制作を構想しています。継続的に地域に密着して、この横浜の街で大きな花火をあげたいですね。街の人達みんなで喜びあいたい。
例えばkaho*が戸塚で有名になっていろんな人が足を運び始めるかもしれない。それで街が明るくなったり、売り上げが上がったり、家族間の会話の話題になったらいい。老若男女に親しまれるアーティストを育成していきたいです。それで親子の会話が増えたり、音楽を始める人が出てきたりすれば、それは目に見えないけれど大きな社会的効用だと思います。実際にそういった話も各方面から聴くことが増えて、喜ばしいかぎりです。
少子化が進む中で、音楽を通じて若い人達が地元に愛着を持ってもらえるようになったら嬉しいですね。お金では得ることができないとてつもなく大きな価値。意味のあること。わたしたちとしては、そういう価値を音楽を通して表現し、伝えることで地域社会に貢献していきたいですし、是非とも地元の皆さんと共に考え、横浜の未来をつくっていきたいです。
— 生明尚記 あざみ なおき —
株式会社 ディストル・ミュージックエンターテインメント代表取締役 社長。1988年生まれ。神奈川県横浜市出身。慶應義塾大学経済学部卒。大学卒業後、サックス奏者としてアーティスト活動を行う。2012年3月 に「アーティストも一社会人」を掲げて音楽事務所TME(横浜市中区相生町)設立。徹底的な地域密着の音楽事業で注目を集める。FM戸塚「kaho*とTME社長の地域密着ラジオ(毎月第1金曜9,14,20時~)」メーンパーソナリティ。
ヨコハマ経済新聞編集部