商店街ツアーの舞台となった藤棚商店街は、西区の中心に位置する全長約1.1kmの長い商店街。横浜駅からほど近く、相鉄線西横浜駅より徒歩約5分、京急本線戸部駅より徒歩約10分の場所にある。かつては市電が通り、大口や弘明寺と並ぶ横浜三大商店街として連日賑わっていたが、横浜駅周辺の商業集積やみなとみらい21地区の開発に伴い、集客は低迷。現在では落ち着いた雰囲気のある、昔ながらの人情味あふれる商店街となっている。
8月24日に開催された「藤棚シネマ商店街ツアー」は、去年に引き続き2回目の開催。かながわ商店街観光ツアー委員会が企画する「かながわ商店街観光ツアー」の一環として企画された。
商店街の最寄駅である西横浜駅からスタートし、まずは「藤棚」の名前の由来について説明を伺った。商店街の名前は、明治初期より鈴木屋という茶屋の軒先にあった“藤棚”に由来。現在も藤棚交差点の両側に藤の木が植えられており、長く地域に愛される商店街の唯一無二のシンボルとなっている。
そんなシンボルを管理し、自身も「藤の棚保存会」のメンバーである美容院アンディーヌの鈴木現さんにお話を伺うと、「現在の藤の木は三代目。一度は空襲で消失し、長らく地域から藤の姿が消えていたものの、町名の由来を復活させようと立ち上がった住民の手によって1977年に復活。さらに、2011年まであまり咲かなかった藤の花も、保存会の方々の地道な努力により、近年は毎年きれいな花を満開に咲かすようになった」という。
藤の花は、毎年4月上旬~5月に見頃を迎える。鈴木さんは、美容師としてお客様の髪を切る傍らで、藤の木も切っている(剪定している)という。鈴木さんの藤棚にかける情熱もさることながら、まさに商店街が誇る職人魂を感じた。
藤棚商店街の成り立ちを学んだところで、次は商店街のお店を見学した。スーパー「食品館マルヤマ」では、「プロが教える魚の目利きと捌き方」をレクチャー。普段は立ち入ることのできないバックヤードで、マグロのさばき方やお勧めの食べ方を教わった。マルヤマの岩瀬祐勝さんによると、「マグロで一番お勧めなのは中トロの一番サク。最も血合に近いので栄養素が高く、味も濃く、一番旨みが強いところ。スーパーや鮮魚店で『一番サクを下さい』といえば出してもらえます」と買い物の極意を教えてくれた。また、この日のマグロはすべて半額。ツアーの参加者たちは満足げにマグロを購入していた。
酒屋の「三河屋」では、西区制70周年を記念したにしまろちゃん認定の一品「大信州みぞれりんごの梅酒」を試飲。みぞれりんごの果実の歯ごたえと、甘さがやみ付きになる、女性にもお勧めの一品だ。他にも、創業97年を迎える老舗の店内には珍しいお酒が盛りだくさん。店員の一ノ瀬結花さんは、「4年後の東京オリンピックで日本をアピールするにあたり、みなさんには普段から日本酒をもっと飲んでもらいたい」と話す。さらには、藤棚商店街に対して「商店街連合会としては横浜で一番距離が長いところが、他の商店街に負けないところ」と地元の良さを語った。
洋菓子・喫茶の「ふらんすやま」では、地元の地名を冠したご当地お菓子がずらりと並ぶ。イチオシは店名を冠した「ふらんすやまポテト」。横浜のお土産ヨコハマ・グッズ001にも認定されている人気商品で、年間15万個を手作りしている。また、他では見られないユニークなお菓子も多く手がけており、「ど根性プリン」もそのひとつ。店主の古屋博幸さんは、堅めに作られたプリンで、ひっくり返しても落ちてこないことから、この名前を付けたそうだ。また、横浜発祥の「ナポリタン」にケーキを融合した「ナポリタンケーキ」(現在は販売終了)も好評だったため、近いうちに復活予定であると教えてくれた。
横浜発祥のナポリタンがケーキに-藤棚の洋菓子店が開発・販売(ヨコハマ経済新聞)
化粧品・雑貨の「イソガイ」では、眉のカットや書き方を伝授。店主の磯貝洋子さんの丁寧なレクチャーに、ツアーの参加者の女性は熱心に耳を傾けていた。また、磯貝さんによると、最近は女性だけでなく男性の眉カットも増えてきているそう。「眉を書くことができる女性と比較し、男性はカットするだけなので失敗は許されない。500円で眉のカットをやっているので、女性だけでなく男性も気軽に来てほしい」と磯貝さんは言う。
手造りさつまあげの「今井かまぼこ」では、さつまあげの製造工程を見学。魚を採肉機にかけてすり身にし、具材と混ぜ合わせて揚げるまですべて自家製のため、抜群の鮮度を誇る。また同店の一番の特徴は、羽沢の野菜や金沢区のしいたけなど、地元野菜をふんだんに使ったさつまあげの品々にある。中でも保土ケ谷のジャガイモを使った「お魚ピザ」は人気だそうだ。また、三代目店主の今井宏之さんお勧めの「サンマー麺風よこはま揚げ」は、横浜発祥グルメのサンマー麺とコラボした、まさに地元愛にあふれた一品。夏は夏野菜、冬はおでんの具を使うなど、旬の一品を加えたレパートリーも豊富であり、参加者の視線はショーウィンドーに釘付けになった。
藤棚のシネマバーでかまぼこ店とのコラボイベント 活動弁士付き上映とさつま焼酎を味わう懇親会も(ヨコハマ経済新聞)
今回筆者が注目したのは、「友愛セレモニーひるた」の入棺体験。ご存命の方はまず入ったことがないであろうお棺に入り、筆者もその寝心地を体験してみた。――思っていたよりも“柔らかい”。無機質なその外見から、もっと硬く冷たい感触を想像していたが、中の布団は意外にも柔らかく、迂闊にも寝心地が良いと感じてしまった。また、他の参加者もお棺に入ると思わず笑顔でピース。周りは自然と和やかな雰囲気に包まれた。
今回体験で入ったお棺は「布棺」とよばれる布貼りのもので、大きさは6尺(180cm)と、価格、サイズともに標準的なもの。他にも背が高い人のための6.5尺のサイズや、横幅が広いBタイプなどがあり、非常にバラエティーに富んでいる。
昨年オープンしたばかりの同店は、藤棚商店街ツアーに参加するのは今回がはじめて。商店街ツアーに参加した経緯について、店主の蛭田耕治さんにお話を伺った。「商店街に出店させていただいている以上、活性化に貢献し、商店街の人々に利用してもらえるようなお店にしたいと考えている。気軽にお店を知ってもらうきっかけが欲しかった」と蛭田さん。そんな折、商店街ツアーを知り、参加に至ったという。
「最近はお葬式に対して関心を持つ方が増えてきたが、葬儀屋さんと接する機会は少なく、お葬式に関する情報はメディアが発信する情報に限られている。当店は、そんなみなさまが持つお葬式の疑問を解決する相談室。気軽に相談しに来てもらいたい」と意気込みを語った。
また、「終活」について蛭田さんはこう語る。「『終活』はお葬式のことを考えるのではなく、そこに向かうまでの生き方を考えるのが本来の意味。人生の最後を迎えるまで、どういう風に生きていくか。それが一番大切なこと」蛭田さんの言葉に、参加者は大きく頷いていた。
昼食はシネマノヴェチェントにて、商店街各店が持ち寄った自慢の一品によるバイキング。食卓にはお寿司やお刺身、焼き鳥、ナポリタン、各種お総菜などが並べられ、商店街の味が大集結。参加者は、ぜいたくなバイキングを心行くまで楽しんでいた。
商店街の味を堪能したあとは、いよいよ本ツアーの目玉である映画鑑賞と映写室見学へ。シネマノヴェチェントは、2015年2月にオープン。現在、全国興行生活衛生同業組合に加盟している映画館の中では、客席数が最も少ない28席と、日本一小さい映画館である。同館は、フィルム映写機を使った上映にこだわっており、35ミリと16ミリフィルム映写機を備えていることもあり、連日多くの映画ファンが訪れている。
そんなシネマノヴェチェントのオーナーである箕輪克彦さんに、商店街ツアーの感想を伺った。「ツアーに参加されたご年配の方はフィルム映画を見ていた世代なので、多くの方から懐かしいという感想をいただいた。参加者の中には映画に関心のある方も多く、うち(シネマノヴェチェント)を目的に、ツアーに参加してもらえるのは大変ありがたいこと」と箕輪さん。「しかし、珍しさから話題性はあるものの、一度映画を観て終わりでは意味がない。繰り返し映画館に足を運んでもらい、ひいては商店街のお店まで足を伸ばしてもらえるような広がりを見せて、初めて商店街ツアーの成功と言える。映画を目的に来られた方にもぜひ商店街の魅力を知ってもらい、今回のツアーをきっかけに、商店街のお店のひとつでも気に入ってもらえれば」と箕輪さんは語った。
ツアーの最後に訪れたのは、商店街内にある休憩施設の「藤棚らいぶステーション」。商店街を訪れた人たちが気軽にトイレを利用でき、ひと休みできる場所として、平成17年4月にオープン。一ヶ月に約300名が利用する、商店街の休憩拠点となっている。同施設は西区社会福祉協議会が管理・運営を行っており、平日13時~17時の間、のべ45名のスタッフが日替わりで常駐している。また、スタッフの8割以上が地域住民によるボランティアであり、スタッフ、ゲスト問わず、お茶やお菓子を持ち寄って世間話を交わすなど、異世代交流の場としても賑わっている。
そんならいぶステーションが設立された経緯について、同施設を管理する神谷利光さんは、「らいぶステーションは、商店街と社会福祉協議会による『商業』と『福祉』の接点として誕生した。当時、商店街には来街者が気軽に使えるトイレがなく、商店街にトイレを作るのは長らく住民の要望であった。そこで社会福祉協議会は、商店街に対し、場所を借りる代わりにトイレを含めた無料休憩スペースを整備・運営することを提案。地域の『ふれあい』『異世代交流』の場を提供することが目的の社会福祉協議会と、トイレを整備して集客につなげたい商店街の考えが一致し、設立に至った。」と話す。
また神谷さんは、創業97年を迎える酒屋・三河屋の二代目。地元・藤棚商店街の歴史についても熱く語ってくださった。「藤棚商店街が最も栄えていたのは昭和20年から30年にかけて。当時横浜駅西口にはデパートがなく、相鉄沿線は二俣川辺りまで、多くの人々がここ藤棚に買い物に訪れていた。当時の商店街は『洋品屋の街』として、たくさんの洋品店が立地しており、広く集客に貢献していた。その名残から、現在も洋品店が多いことは藤棚商店街のひとつの特徴といえるだろう」と神谷さんは話した。
最後に、神谷さんに商店街ツアーの感想を伺ったところ、「商店街に関心を持っている人が意外と多くて驚いた。参加者の中でも50代以上の方が圧倒的に多い理由は、子どものころから身近にあった商店街にもとより関心を持っており、今回のツアーにはノスタルジアを求めて参加したのではないか」と、確かな手応えを語っていた。
今回の藤棚商店街ツアーの参加者は28名であり、そのうち商店街ツアーに初めて参加した人は14名。参加者へのアンケートから商店街ツアーの感想を抜粋すると、「それぞれのお店の熱意が存分に伝わって感動の連続だった」「いつも散歩している商店街だったが、深く知ることができて新発見がいっぱい。今後も買い物を続けたい」「店主の貴重なお話から、それぞれポリシーを持って協力してまちづくりに取り組んでいるのがわかり、楽しくためになった」と、かなり好評だった様子。
藤棚商店街ツアーに期待することについて、藤棚一番街協同組合理事長の米山博之さんにお話を伺った。「商店街としては、店主と住民との交流をもっと深めていきたいと考えている。特にここ藤棚商店街周辺は若い世代が増えてきており、ご年配に限らず幅広い層に利用していただけるポテンシャルを秘めている。藤棚商店街ツアーの一番の目的は、“お店に入るきっかけ”を提供することであり、そこから参加者が商店街のお店の魅力に気づき、リピートしてもらうことが狙い」と米山さん。
「商店街のお店には入りにくいと思われるかもしれないが、実際にお店に入り、個性的な店主との会話や買い物を楽しんでもらいたい。また、お店の店主はその業界のプロであるので、参加者に生活の知恵やプロの技、商品知識を伝授することも、商店街ツアーの大きな意義である。もっとたくさんのお客様に商店街のお店の魅力を伝えるために、今後も商店街ツアーを続けていく予定」と今後の展望を語った。
「参加者だけでなく、店舗側も自分のお店の価値を再発見することができる」と語るのは今井かまぼこの今井宏之さん。「無店舗が主流になっていく世の中で、有店舗販売のあり方を考えると、“ここでしかないもの”、“独自性”、“オリジナリティ”といった要素が重要になってくる。商店街ツアーを通じて、自分のお店の魅力を客観的に把握し、価値を高めてもらうきっかけとなるのではないか」と、大きく手応えを感じていた。
顔が見えて愛される商店街になるきっかけに 映画館とかまぼこ店がタッグを組んで挑戦(ヨコハマ経済新聞)
神奈川県や公益社団法人商連かながわ、経済団体のメンバー等により2014年4月に発足。今回取材した藤棚商店街ツアーのほか、伊勢原や箱根、横須賀など、県内各地で商店街の魅力を満喫できるツアーを企画。
▽かながわ商店街観光ツアーの告知ページ(商連かながわウェブサイト内)
http://shotengai-kanagawa.com/tour/
遠藤望 + ヨコハマ経済新聞編集部