3月1日、“奥横浜”と呼ばれる横浜駅西口の岡野に、既報のようにメイド喫茶「ホームメイドカフェ&ダイニング HoneyHoney」がオープンした。実は、これが横浜駅近辺では初のメイド喫茶なのだ。
岡野に横浜駅近辺初の「メイド喫茶」-女性のメイド服試着もメイド喫茶を代表格とするメイド・コスプレ系店舗は、秋葉原を発祥に一昨年くらいから急増し、今や全国で150を超えるほどにまで増殖している。しかし、秋葉原や池袋、中野など東京のいわゆる“オタク街”の店舗集積が進み過ぎてか、横浜は大阪、神戸、京都、名古屋、札幌、仙台、広島、福岡といった他の地方の100万都市に比べてブームの波及が遅れている。それは横浜のみならず、さいたま、千葉、川崎といった首都圏周辺の政令市で共通の傾向となっている。
横浜では、この「アキバ」ブームの来る数年前に関内でメイド系の店が1店あったと言われるが、その店は経営不振から1年を待たずに撤退したという。しかし昨年5月、戸塚にメイド居酒屋「ファンシーキャト」がオープン、8月に新横浜でコスプレカフェ・居酒屋「エゴイスト」がオープンするなど、徐々に盛り上がりを見せてきた。しかし、横浜で最も人が集まる横浜駅周辺は、これまで全くの空白地帯となっていたのだ。その横浜駅西口に2店のメイド喫茶がオープンし、横浜に関しては、ついに壁を突き抜けた感がある。
さて、その「HoneyHoney」であるが、順調なスタートを切っているようだ。運営会社「ボノボ」代表の平沢雄介さんによれば、「開店景気もあるでしょうが、金曜日の夜や土曜日は行列ができるほど混んでましたね。ランチタイム、夜の時間帯はコンスタントに席が埋まっています」とのこと。
HoneyHoney横浜市内でも、おしゃれな飲食店が集まる岡野に出店したのは、「新横浜通りまでは家賃が高く、保証金だけでも700万から800万円かかってしまうので、個人ではとても無理。それに飲食店を出せる物件も少ない」(平沢氏)からだという。裏横浜や奥横浜に新風を吹き込んでいる飲食店の個人オーナーたちが、異口同音に口にする家賃と物件の問題を、平沢氏も語った。岡野に店を開いたのは、「秋葉原のように、特定の男性層ばかりを狙うのではなく、女性や一般のサラリーマンでも気軽に入れるような店にしたかった」という狙いもある。
同店には、メイドとゲームができたり、メイドがステージで歌を歌うようなエンタテインメントの要素はなく、正統派のメイド喫茶として営業している。店舗面積は約15坪、席数28席あるが、内装はOLや女子大生が好むカフェ風で、清潔な白い椅子を導入。軽快なポップミュージックをBGMに流している。実際の客層は、サラリーマン、高校生、OL風の女性にまで広がっており、今のところ狙いどおりになっているようだ。
ところで横浜出身の平沢さんは、元々は国会議員事務所に勤務していたという異色の経歴を持っている。昨年の夏、著作権の調査のためにたまたま秋葉原へ行った際、著名なメイド喫茶「@ほぉ~むcafe」に来店。メイド服を来たウエイトレス店員がフレンドリーに話しかけてくる接客に、大きな衝撃を受けた。
@ほぉ~むcafe平沢さんは人と話すのがあまり得意ではない性格であったが、コーヒー1杯を切っ掛けとして、メイドとコミュニケーションが取れる体験は、素晴らしいことだと感じ、メイド喫茶オープンを決意。幾つものメイド喫茶や、制服が人気の「アンナミラーズ」をも研究して、開店準備を進めたそうだ。
メイド服は、秋葉原の「カフェメイリッシュ」や札幌の「カフェプリムヴェール」のメイド服を手掛けている、レティキュールにセミオーダーで発注した。黒を基調に、ミニ丈と膝上丈と膝丈の3種類があり、かわいらしいレースが、ポップでカジュアルな明るい雰囲気を醸し出している。
レティキュールカフェレストランの店長経験者を配し、「焼きカレー」(880円)、わさびドレッシングを使った「大人で良かったカモネギ丼」(同)のような手の込んだ料理も、手作りで提供している。メニューは、メイド喫茶では定番のメイドがケチャップで絵を描いてくれる「Honeyオムライス」(同)、パスタ数種のほか、スイーツや夜はビール、カクテルのようなアルコール類、おつまみまで、幅広く提供している。
なかでも人気なのは、女性客を対象とした「お嬢様のスイーツセット」(950円)。これはチョコ、抹茶、イチゴのいずれかのパフェを食べられるだけでなく、店にあるメイド服に着替えて、チェキで写真を1枚撮ってもらえるというユニークなサービス。全国的にもおそらく初めてのサービスだが大好評で、休日はメイド服が足りなくなるほどの人気ぶりだ。平沢氏は「ちょっとコスプレをしてみたいと思っている女性は多いはず。今後はいろんな衣装をそろえていきたい」と意気込んでいる。
メイドに憧れる女性は意外に多く、同店でも、インターネットのメイド専門広告サイトと求人誌で募集をかけたところ、10名の採用に対して80名もの応募があった。晴れてメイドの一員となった楓さんに、どうして応募したのかと聞いてみると、「メイドさんの制服がかわいいので、メイド喫茶で働いてみたいなあとずっと思っていました。みんなのアイドルみたいになれたらいいな」と屈託なく笑った。
高校を卒業したばかりの楓さんは、これまでコスプレをしたことはなく、メイド喫茶に実際に行ったこともなかったという。最近はテレビでよくメイド喫茶が紹介されるので、それを見てメイドに対する自分のイメージを膨らませて入店してきた。「オーダーを取りに行ったり、1人でぼんやりされている人に、話かけに行く感じです。まだ慣れなくてタイミングが難しいですが、楽しいですよ」と楓さん。この店はコミュニケーション重視を掲げるだけあって、楓さんのように明るくて話好きのメイドを採用しており、誰でも入りやすい雰囲気づくりを心掛けている。
「HoneyHoney」に続き、3月27日にメイドカフェ「Dear Cafe」が岡野にオープンする。どのような店になるのか、店長の荒田さんに話を聞いたところ、メイドスタッフとのコミュニケーションを促進するために、ゲーム性のある「すごろく」ポイントカードシステムを取り入れるという。これは1度の来店につき1回サイコロを振ることができ、出た目でポイントが変動するというもので、少ない目が出た場合、メイドとうまくかけひきをするともう一度チャレンジできる。また、日に応じてシークレットメニューも設定。そのヒントをメイドから聞き出すのもコミュニケーションを生み出す取り組みの一環だという。
Dear Cafe 岡野に“メイドの部屋を模した”メイドカフェ「Dear Cafe」前職では飲食店に勤めていたという荒田さんは、「ゲーム性を取り入れながらも、礼儀作法はしっかりとしたお店を目指します」と語る。メイドには研修で礼儀作法の基礎をつんでもらい、そのうえで個性を生かしたサービスに取り組むという。メイド服はピンク・黒・黒のロングの3種類で、メイドはその中から好きな服を着ることができる。オープンに際しスタッフ募集をかけたところ、21名を採用のところに約110名からの応募があった。メイド喫茶で働きたいと考える女性は着実に増えており、もはや通常の飲食店より人気のある職業と言えるのではないだろうか。
なぜ岡野という場所を選んだのか、荒田さんに聞いてみた。「他にも出店候補地はあったが、横浜ではこのような業態の店への理解がまだまだ少ない。そのなかで岡野は唯一受け入れてくれた場所です」。また横浜駅西口は、メイド喫茶が活性化している池袋の土地柄と似ていると指摘する。「どちらも巨大ターミナル駅で、ラーメン屋、パチンコ店が多く、週末の夜に人が溢れる。街の印象が似ています。横浜でも萌えビジネスが活性化する可能性を感じました。なかでも大通り沿いには同人誌を販売するお店があるし、一足先に『HoneyHoney』さんがオープンして、このエリアへの期待が高まっています」。
荒田さんの目標は、横浜発のメイド喫茶のブランドを確立することだ。そのうえで目指すは、秋葉原をはじめ全国への店舗進出と、カフェ以外への事業拡大だ。「店の立ち上げに取り組み始めたとき、秋葉原でメイド喫茶ブームを牽引している某メイドカフェの店長と話す機会がありました。彼は、どうすれば今後、この業界が栄えるかを常に考えている人です。それに習いたい」。荒田さんは、「このメイドカフェはあくまでスタート。ゆく末はいろんな方面での事業展開を考えています」と今後の展望を語った。
市内でも最大規模の商業集積を持つ横浜駅西口であるが、メイド喫茶の生まれてくる素地はあった。たとえば、ゲームセンターやマンガ・インターネット喫茶は幾つもあるし、昨年末には「ドン・キホーテ横浜西口店」がオープンし、メイド服や女子高生風の制服などコスプレ衣装を販売して、人気になっている。また、「ヨドバシカメラ・マルチメディア横浜」、「ビックカメラ」、「ビックパソコン館」、「山田照明」のような電気の大型店が幾つもある。
そして、アニメやゲームが好きなオタクが集まる「ゲーマーズ」、「まんがの森」のようなゲームやマンガの専門店がある。18禁の同人ソフト、同人マンガを取り扱う「メロンブックス」、「とらのあな」もあり、東口には「アニメイト」も店舗を構えている。このようなオタク系の店は、秋葉原、池袋、大阪の日本橋のように、街の主役として表通りに大々的に看板を掲げているわけではないが、ビルの中や裏通りでなかなかの賑わいを見せているのである。
これだけのバックグラウンドがあれば、メイド喫茶の需要はあるはずなので、横浜駅周辺部に今までなかったのが、不思議なほどである。「HoneyHoney」と「Dear Cafe」がブレイクすれば、メイド喫茶巡りを楽しむマニアも増えてくるだろう。今後、一気に店舗数が増えて、メイド系店舗のメッカになる可能性も秘めている。
横浜では、コスプレイベントでも、新しく“横浜スタイル”を確立しようという動きが出ている。去る3月5日の日曜日には、「パシフィコ横浜 アネックスホール」にて、第5回「JCF(ジャパンコスプレフェスティバル) in パシフィコ横浜」が開催された。主催者側によれば、「一昨年あたりから、横浜で開催しはじめ、毎回700人から1,500人くらいが参加されています。都内のイベントと比べても多いほうではないでしょうか」(高天原代表・小池義昭さん)と、横浜でのイベントが成功している状況を語った。
ジャパンコスプレフェスティバルJCFは活動を始めて14年目になるが、「としまえん」、「東京ビックサイト」、「大田区産業プラザ」など都内各地で、毎週のようにイベントを開いてきた。横浜でも初期の頃は「横浜市技能文化会館」で開催していたが、抽選倍率が高すぎて撤退せざるを得なかったという。しかし、アキバブームの到来とともに、縁あって「パシフィコ横浜」でイベントが開催できるようになったそうだ。
自身もかつてはコスプレーヤーだった小池さんは、昨今のコスプレイベントの参加者をこう分析する。「かつてのコスプレーヤーは内向的な人が多かったのですが、今は隠し芸や忘年会、学園祭の仮装の延長戦上で入ってくる人が多くなりました。コスプレには、衣装を用意しないといけないハードルはあるのですが、他にかかるのはイベントの参加費ぐらい。スポーツや習い事よりもずっと手軽なので、趣味として広く楽しんでもらえるものになってきつつあるのではないかと感じています」。コスプレの裾野は着実に広がりを見せているようだ。
コスプレイベントの参加者は90%以上が女性。小池さんによると、“素敵さん”を撮って歩く男性カメラ小僧、いわゆる“カメコ”は、最近はコスプレイベントにはほとんど現れないという。“カメコ”の活動はスタジオ撮影会にシフトしており、コスプレイベントは純粋に同好のコスプレ趣味を楽しむ人たちが集まる場に変わってきている。
JCFは、「としまえん」でイベントを行うことによって、特殊な趣味と従来思われていたコスプレが、家族連れの人の群れの中にあっても不思議でない空間をつくり出してきた。「パシフィコ横浜」でのコスプレイベントは、裏に広がる「臨港パーク」に衣装を着たまま出ていけるという良さがある。天気の良い日に、犬と遊んでいる家族連れがたくさんいるような環境の中で、コスプレを楽しめるようになっている。
またJCFは今年1月に、海を目前に臨むという立地の「横浜大さん橋ホール」でもイベントを開催している。今後は定期化して、「おしゃれな街、横浜らしい女性が楽しめるイベントとして、新しいコスプレのスタイルが生み出せれば」(小池氏)と意気込んでいる。
臨港パークで「ガンダムSEED ディスティニー」のコスプレ合わせを楽しんでいた20歳前後のコス名・王子さんら8人組に話を聞いた。住んでいる所は、都内であったり神奈川県内であったりとバラバラ。同級生だったというのでもなく、JCFのようなイベントで知り合って、メールの交換などで衣装をそろえて集まったのだそうだ。メイド喫茶などで働いてみたいかと聞くと、「コスプレは趣味なので、仕事にしたいとは思わない」というのがこのグループの総意のようだった。
「ローゼンメイデン」のコスプレ合わせをするために集まった3人組に声をかけてみた。コス名・美藤和姫さん、桜綾史さん、遊月紅葉さんで、緑と赤と青の衣装はすべて手作りで1週間ほどかけてつくったものだという。3人は、そのうちの1人の共通の友人ということで、実は初対面の2人がいたりする。住んでいる場所も、県内、都内、千葉と散っている。3人にコスプレのどこにひかれるのか聞いてみると、「普段着れないような衣装が着れるのが、面白いです」とのことだ。
「アネックスホール」館内では、「ゴスロリメイド」のコスプレをしていた2人組、コス名・四つ葉さんと莎陵まひろさんを発見。どういう知り合いか聞くと、元クラスメイトなのだそうで、現在住んでいる所は横浜と埼玉とのこと。メイド喫茶で働いてみたいかと聞くと、四つ葉さんは「服がかわいいし、ぜひやってみたい」と目を輝かせた。今度、横浜駅の周辺にメイド喫茶ができたことを話すと、興味深々のようだった。
このように、コスプレイベントの参加者は、首都圏各地から集まっており、メールなどで情報交換をしながら、友達の紹介でこの日が初対面という人もいたりする。趣味を通じて交遊が増えるのも、コスプレの面白さだろう。
メイドに関しては、コスプレーヤーの中でも仕事としてやってみたいと考える積極派と、関心のない層に分かれるようだ。コスプレがメイドビジネスを生み出す母体になったのは否定できないが、「オタクならメイドが好きだ」とも言い切れないのが、実情である。しかし、「HoneyHoney」のように、メイド喫茶の中にコスプレのサービスを盛り込むのは、今日のコスプレの一般化を踏まえれば、いい狙いであると考えられる。
また、パシフィコ横浜では3月4日・5日に、「ネオロマンス ア・ラ・モード」という、人気ゲームシリーズ「ネオロマンス」のキャラクターを演じる声優出演のイベントが開催された。「ネオロマンス」シリーズは、横浜のゲームソフトメーカー、コーエーが1994年より発売している女性向けのゲームソフト。壮大な宇宙を支配する女王選びをテーマとした「アンジェリーク」、源平争乱期を舞台とした歴史ロマン「遙かなる時空の中で」、音楽科のある学園でストーリーが展開される「金色のコルダ」と3つのシリーズがあり、ゲームだけでなく、マンガ、TV及び劇場版のアニメ、ライトノベル等々にもメディア展開している、人気のシリーズである。
ネオロマンス今回は4日に発売した恋愛アドベンチャーゲームの新ソフト「ネオ アンジェリーク」の紹介も込めて、「ネオ アンジェリーク」出演の男性声優も参加し、トークショー、歌、ゲームなどを折り込んだ企画となった。両日とも昼と夜の2回、公演を行い、10人ほどの声優が、各回に出演したが、いずれも900人を収容する会場がほぼ満席になるほど、女性ファンで一杯となる盛り上がりぶりであった。コーエー広報の中村氏によれば、「ネオロマンスのイベントは、横浜でこれまで何度も開催してきており、定着してきています」とのこと。
会場ではお菓子からジュエリーまで、さまざまなキャラクターグッズが販売される一方、コスプレに着替える場所も設置されていた。これはかなりの人気で、中には青森から上京して、インターネットを通じて親しくなった東京の友人と、自分で縫って持参した衣装のキャラになりきって、イベントに参加する若い女性もいた。
以上、「電車男」のヒットから1年を経過してようやく火がつきはじめた横浜のメイド喫茶をはじめとする“萌えビジネス”とコスプレ事情をレポートした。強大な秋葉原のエンタテインメントの集積に対抗するのは難しいが、おしゃれな街・横浜のイメージを生かして、女性にやさしいシステムなりカルチャーなりをつくり出そうと模索している点では、共通点を感じた。
考えてみれば、幕末の開国によって西洋文化がいち早く日本に輸入された横浜は、日本におけるメイドや洋装の発祥の地とも言える。そうした雰囲気が、たとえば山手の「港の見える丘公園」にある喫茶店「ローズガーデン えの木てい」で味わえる。この店は、大正年間にJ.H.モーガンによって建てられた「山手111番館」という白壁と赤い瓦屋根を持つスパニッシュスタイルの洋館の1階を喫茶室にしたもので、カチューシャこそしていないが、メイド風の制服を着たウエイトレスが、香り豊かな紅茶をたおやかに給仕してくれる店である。
西洋のクラシックな雰囲気を持つ横浜は、コスプレをする場所としても、イメージを膨らましてくれる良さがある。コスプレイベントで横浜港を一望する「横浜大さん橋ホール」を会場に使う発想も非常に面白いと感じた。まだ萌芽的ではあるが、横浜流の“萌え”は確実に育ちつつあるのではないだろうか。
長浜淳之介 + ヨコハマ経済新聞編集部