「開発しようとしていたゲームのテーマに、横浜の街がピッタリだったからです」こう話すのは若き起業家、「ユードー」代表の南雲玲生(なぐも・れお)氏(30)。南雲氏は、前職の大手ゲーム会社「コナミ」勤務時代に音楽ゲーム「ビートマニア」を企画・開発し大ヒットさせた人物で、業界では知られた存在。その氏が、昨年3月に有限会社を設立。開発しようとしていたゲームとは「なびんちょ」という携帯コンテンツだ。これは、携帯電話の画面上で、横浜の名所をめぐるコースを提案し、お薦めの名所やお店、イベントなどを画像とテキストで紹介するというもの。ガイドブック代わりとなり、今年4月にはなびんちょのサイトで野毛大道芸のインフォメーションを行なっている。また、地域の飲食店やショッピングセンターなどとの提携により、「実際の横浜の街を舞台としたロールプレイングゲーム」として提供することもできる。今年の5月1日から5日のゴールデンウィークには、横浜ワールドポーターズ内で「探偵ゲーム」を行なった。いくつもの謎を解き、最後に宝物が得られるというもので、謎を解くには、店舗内などに隠されたキーワードを探すことになり、店側にとっては集客効果が期待できる。事前告知せずに行なったが1,000人もの参加者が集まり、店側からは「こうしたゲームで誘客できるのか」と好評を得たという。応用すれば顧客管理データとしても利用できるなど、今後の展開次第では大きなビジネスになる可能性も秘めている。「東京であれば渋谷、新宿、お台場……など、エリアが広がりすぎてしまうんですよ。しかし横浜なら、みなとみらい地区から馬車道、関内、山下町、中華街、元町、山手……と観光スポットは気軽に歩ける範囲。そのコンパクトさがこのゲームには合うんです」。
なびんちょ南雲氏は三代続くハマっ子。生まれも育ちも横浜だ。子どものころから好きだったという、音楽制作やコンピューターいじりが高じて、高校卒業後から約10年間、CM音楽制作やゲーム制作などの仕事に携わってきた。勤務先はほとんどが都内だったが横浜の自宅から通勤していたという。「通勤できる距離だから、というのもありますが、横浜が好きで離れられなかったんです。海が近いというのが、なんとなくいいんですよね」。その南雲氏が起業の地として選んだのは関内駅から徒歩1分、伊勢佐木町にある昭和2年築という古いビルの1室。家賃の安さと交通の便、「それに創作意欲が掻き立てられるようなビルの趣」が気に入って決めたという。クライアント企業はほとんどが都内にある。打ち合わせの度に移動することになり、往復時間などのロスは多くなるが、「といっても都内は1 時間圏内。移動時間などは逆に気分転換になります。電車内でいろいろ企画やアイデアを溜めることもありますよ」と移動時間もうまく利用しているようだ。
「コナミ時代、ビートマニアの大ヒットで、会社から評価されサラリーも増えた。欲しかったものも買えるようになった。ですが、何か満ち足りない、と感じるようになったんです」と語る南雲氏。それは新しいモノを生み出したい、という創作欲だった。2000年にコナミを退社。ソニーコンピュータエンタテインメントの開発ディレクターとして、ネットワークゲームという新分野の製品開発を手掛けているときにひらめいたのが「なびんちょ」だった。このゲームを思いついたとき、南雲氏は起業を決意した。「会社の、ではなく自分のものとして特許を取得したかったから(現在申請中)」。資本金のうち120万円ほどを車を売るなどして調達、初年度から黒字決算を果たし、2期目の今年度は3,200万円の売上を見込んでいる。「じつは、営業が苦手なんです。ずっとクリエイターという意識でやってきましたから。ですが経営者になってみると、営業こそ重要だということが分かりました。いまでは、着慣れないスーツを着て営業しています」。そんな南雲氏が頼りにしているのが、公的支援制度だ。経営のプロが起業前後にわたってアドバイスしてくれるという。「営業戦略のアイデアをいただいたり、新規顧客営業に一緒に行ってくれたり、キーとなる人物を紹介してくれたり……と、とても助かっています。じつは、こうした支援制度の存在を知ったのは会社をつくった後。もっと早く気付けばよかった」と南雲氏。今後の目標は「なびんちょ」を横浜だけでなく、日本の観光地各地、さらには海外にまで普及させること。「5年以内に上場を目指します。ただ、会社がどんなに成長しても、本社は横浜。ずっと横浜にこだわっていきたいですね」。
YUDO官民力を合わせ、ベンチャー創出に力を入れている横浜市。昨年度から3カ年計画で350社を新規に創出する計画を打ち出しているが、計画初年度にあたる2003年度だけで、すでに半数にあたる172社を達成した。その要因について、横浜市横浜プロモーション推進事業本部は、「やはり新規創業者にとって、ニーズが高いのは資金。03年度から、『創業ベンチャー促進資金』という融資制度の資格条件を緩和したことが大きかった」と考える。従来、同融資制度を受けるには「国家資格取得者」「同一企業に3年以上勤務」などの条件が必要だった。それを取り払ったところ、先の172社中109社がこの融資制度を利用したという。「創業するならダンゼン横浜!」というキャッチフレーズの下、起業・創業支援を行なっているIDEC。ここに寄せられた起業・創業に関する相談件数をみると、02年度295件だったものが、03年度には934件と3倍強になった。今年度はさらに増加する見通しだ。起業・創業への気運の高まりには、横浜市の融資制度が拡充されたことや、IDECが主催する起業講座が増設されたことなどが背景にある。そのほかIDECによると「東京に比べ家賃が安く、都内にも出やすい。さらに新横浜駅、羽田空港に近いというアクセスのよさに加え横浜というイメージのよさがある」など、横浜には企業家にとって多くの魅力がある。
横浜プロモーション推進事業本部 横浜産業振興公社(IDEC)地域貢献を目的としたシニアたちが設立したNPO法人『ヴイエムシイ』。同法人代表で、起業家支援を行なっている猪狩敦夫氏によると、「家賃補助、融資制度、経営知識をもつ専門家による助言など、横浜市の支援制度は他の地域と比べても手厚い」と横浜市の取り組みを評価する。また、350万人都市という市場サイズが、新しい事業を起こそうという人にとって適当な規模だ、と猪狩氏は指摘する。「東京という巨大市場に比べるとコンパクト。だからこそ顧客イメージが明確になりやすく、事業プランの精度も高まる。かといって小さい規模ではない。ちょうどよい大きさなんです」。『テレビ東京』出身の猪狩氏は、企業のメディア戦略にも詳しく、こう続ける。「たとえば、一般紙の首都圏版の場合。各県の紙面上のスペースと、企業数の兼ね合いから、横浜の企業のほうが東京の企業よりも取りあげられる可能性が高い。情報発信という意味でも横浜は有利な場所といえるでしょう」。ヴイエムシイは、もともとIDECのビジネス・エキスパート(経営アドバイザー)のメンバーのうち、大企業出身者で集まったシニアの組織。現在約20人が登録しており、幅広く活動している。横浜という地域は、現役時代に大企業に勤務してビジネスの第一線で活躍した後、後半生を悠々自適に暮らすというライフスタイルをとるシニア層が数多くいるところでもある。彼らが企業人としてではなく、地域の一員として身近に起業家を支援してくれる――。こうした環境も整備されつつある。ビジネス経験豊かなシニアは地域の財産。横浜の起業家にとって心強い存在といえるだろう。
VMCY