特集

持続可能な社会に向けてのパラダイムシフト
ユニバーサルな場を提供する社会企業家たち

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■車いすの目線になってはじめて気づいた社会のしくみ

よりよい社会づくりに取り込む社会起業家(ソシアル・アントレプレナー)として、コミュニティ・ビジネスを実践するたろさん。86年、たろさんはバイクで横断中のカナダで事故にあい入院した。退院後、車いすで出かけた街は動きにくい。能力があっても障がい者というだけで就職しにくいという環境が待っていた。健常者と障がい者が接する機会が少ないため生じている様々な誤解。この現状を変えたいと福祉活動に参加したのをキッカケに、行政や企業、市民活動団体で志を持って自ら動く人々とのとのつながりを深めてきた。ひとりより大勢で集まり団体となった方が、その効果は広がると考え99年『NPO法人animi』を立ちあげた。

■“生命を吹き込む”非営利団体『NPO法人 animi』

“animi”とはエスペラント語で“生命を吹き込む”という意味。活動を通し社会参加に対する新たな可能性を見い出し、互いに活き活きと生活できる環境を作ることに、言葉との共通性を感じ名づけられた。障がいの当事者から発信するバリアフリー・ノーマライゼーション推進を目的とし、福祉コンサルタント事業、ユニバーサル商品の企画開発。バリアフリー住宅・店舗の提案や障がい者も参加できる旅行やレクリエーションの企画運営も行っている。

NPO法人animi

そもそも『NPO法人』とはなんだろう? NPOは、“Non-Profit Organization”。NPO法人とは「政府から法人格を認められた民間非営利団体」ということ。「非営利」というと「無償」と誤解されることがあるが、NPO法人は収益活動も行える。「非営利」とは利益をあげないという意味でなく、「余剰利益を構成員で分配せず、本来の活動目的を達成するための費用にあてる」ということを示している。

内閣府/国民生活局NPOホームページ
車いすの社会起業家「たろさん」こと服部一弘さん 車椅子の目線@MM21線新高島駅構内にて 『NPO法人 animi』前にて 『NPO法人 animi』のメンバーと供に

■みなとみらいのネットカフェ『情報コミュニティサロン animi』

『animi』の拠点、インターネットカフェ『情報コミュニティサロン animi』は、MM21・新高島駅のオフィス街のほど近く。たろさんの自信作「キーマカレー」などの食事を楽しみながら、ノートパソコンで福祉に関する情報を得ることもできる。コンサートやトークライブ、パソコン、料理、工作の教室などの独自企画を通じて、障がい者と健常者が自然と混じ合えるたまり場的な空間だ。まだまだ高額なシニアカーの貸し出しや、電動車いすなどの試乗も行っており、体感することによって、自分に合った一台を見つけるのに役立つ。健常者も日頃乗る機会のないシニアカーや電動車いすに触れ、障がい者の目線を体感することで、世界も広がり相互理解も深まるだろう。

店内で目をひくのが、大型の3輪バイク「トライク」とサイドカーだ。たろさんは、障がい者となった後もバイクに乗っている。2002年のワールドカップサッカーの直前には、このトライクで韓国と日本のサッカー場を巡り、日韓交流活動をしながら、各地のサッカー場のバリアフリーチェックをした。展示されているサイドカーは車いすを搭載可能。車いすを利用している障がい者でも運転できるスクータータイプのもの。たろさんは、障がい者となった後に、自動2輪の免許を返還していたが、2002年6月にサイドカーを開発した市内在住の技術者の支援を受けてこの車両を試験場に持ち込み、再び自動二輪の試験を受けた。 道路交通法の規制緩和もあり、日本で初めて下肢障がい者であるたろさんに自動二輪の免許が交付された。たろさんは、今後、障がい者がバイク免許を取ることの手伝いもしていきたいという。「家にひきこもりがちな障がい者も外に出て、一緒に交流すれば互いに理解しあえ、共に変わっていくでしょう。そこで障がい者と健常者が“まぜごはん”の様に触れ合える場として『情報コミュニティサロン animi』というカフェをつくりました」とたろさんは語る。

『animi』ではインターネットの情報システム『障害福祉情報システム よこはまナビゲート』の運営もしている。障がい当事者を中心とするスタッフの取材や、投稿による情報を掲載するシステムで、自身の障がいや疾患に関する医療情報や利用できる制度などの様々な情報が掲載されている。パソコンは情報ツールとして欠かせない。外出もままならない障がいや難病などを持つものにとって、パソコンはまさに魔法の箱。情報が効率よく集められていると、障がい者の体への負担も少なく必要な情報を手に入れることができる。今後は「口コミ情報や、オススメ情報がよりおおくの方々から寄せられるように、読み物としてのコンテンツをより充実させていきたい」という。

障がい福祉情報システム よこはまナビゲート

■挑戦的な姿勢と行動力で意義ある商品やサービスを提供

『animi』の運営は各種事業やカフェの売り上げ、ギャラリースペースの委託料と行政からの業務委託や助成金などで成り立っている。スタッフ10名と共に活動を継続していくためには、「助成金への依存度を下げて社会から求められる事業を産み出していく必要がある。いま、インターネットで動画を配信を支援する事業や、企業に人材を送りだす新規事業を検討している。障がい者だけではなく、障がい者も健常者も当たり前にいる派遣会社をつくりたい」と語る。『animi』理事長以外にも、市民セクターよこはま理事長、ユニバーサルイベント協会理事、TARO'Sプロジェクト代表など数々の肩書きを持つたろさん。障がい者と健常者の相互理解を深め、さまざまな形の差別や偏見がない社会を実現させるために、常に新しい目標を定め社会の常識を変えていくための働きかけを続けるたろさんの活動は、横浜の福祉の活性化にとって大きな起爆剤となるであろう。この新しい潮流が横浜から日本、そして世界へと広がっていくことを期待したい。

市民セクターよこはま NPO法人ユニバーサルイベント協会 TARO'Sプロジェクト
『NPO法人 animi』外観 トークライブのひとこま 大型の3輪バイク「トライク」 障がい者も乗れるサイドカー 『情報コミュニティサロン animi』内観 バリアフリーなコントローラ付きのノートPC

■13坪のアートセンター『ART LAB OVA』

『ART LAB OVA(アートラボ・オーバ)』の活動拠点は、桜木町駅から徒歩3分のビルの5階、2m×4mの大きな窓からMM21地区が一望できる13坪のスペース。壁面はギャラリースペースとして利用者の絵が展示してある。『ART LAB OVA』は、アートの制作経験の有無やしょうがいの有無、年齢、国籍に関係なく、誰でもアートを通じた交流ができる場をつくっているアートプロジェクトであり、非営利のグループ。OVAのアートスペースでは、アトリエの活動を軸に、パーティやビデオ上映会、ディスカッション、展覧会などをおこなっている。OVAの紹介文には「アートラボ・オーバは、年がいくつとか、日本語が話せるとかはなせないとか、なにかをつくっているとかいないとか、そんなことには関係なく、ただヘンンテコなこと、かわいいこと、かっこいいこと、たのしいことを「アート」としてみんなであつまっているところです。みんなでいっしょに楽しくやろう! 」とある。

ART LAB OVA

■既存の芸術の枠の外にある『芸術』との出会い

『ART LAB OVA』を運営するアーティストの蔭山ヅルさんは、幼い頃から絵が好きで、描き続けてきたという。美大を卒業後、自分の描きたいものを見つめ直すために、アフリカやヨーロッパなどをまわった。そこで、アウトサイダーアートなど既存の芸術の枠の外にある『芸術』にふれ衝撃を受けた。93年、社会福祉法人が運営するグループホーム内のアトリエを支援するプロのアーティストによるボランティアグループを発足。95年にはより多くの人たちと自由な制作を支援するために独立。1996年に桜木町に一軒家を借りてOVAの活動をスタートした。98年から99年には、サンフランシスコのアートセンターに滞在し、現地のしょうがい者達と共同作業をする中で、アートスペースについての考察を試みた。

『ART LAB OVA』の蔭山ヅルさん(写真左) 『ART LAB OVA』内観 子供達の作品"これもアート" アトリエにある道具

■多様な参加の仕組みと情報発信

OVAの活動はさまざまな形で開かれている。多様な参加の仕組みを用意して、人や団体との架け橋となる活動をおこなっている。現在の活動の主軸は、アートセンターでのアトリエ。「共有の時間貸しの制作の場」として自由で創造的な制作環境を提供している。

毎月月末の土曜日に開催しているクラブナイト「OVAL NIGHT」は、OVAのスタッフや周辺のクリエーター達が参加するコミュニケーションの場だ。夜7時にスタートし、アーティストであるOVAスタッフ秘蔵のハイセンスな映像や音源をノンストップでかけ、おいしい料理と飲み物を頂きながら、OVAスタッフとフラットに話ができる。また、「cafe&library」と題したトークサロンも随時開催している。ドリンク代500円で、アートセンターなどのOVAの活動や利用作家のことなどについて話を聞き、アウトサイダーアート、障害者芸術、エイブルアートなどに関する資料やOVAの活動の記録の閲覧ができる。その他にも誰でも参加できる交流パーティーや多重録音で作曲するサウンドスタジオやスクールなどがおこなわれている。OVAを知るために、アート・ワークショップにボランティアとして参加する方法もある。アートの経験の有無は重視せず、福祉施設などで企画するワークショップを一緒に楽しめる方を募集している。OVAの現場での体験は、自分自身のことや人のことをより深く知るための機会として、他では得難いものだろう。

『OVAL NAIGHT』のひとこま

■ヘンてこ+かわいい+おいしい+お役立ち◎OVAのおすすめ日記

OVAではインターネットを使った情報発信の実験にも取り組んでいる。オフィシャルホームページの他にBLOGを使った、ホームページ「ヘンてこ+かわいい+おいしい+お役立ち◎ART LAB OVAのおすすめ日記」も運営している。ここでは、OVAの日々の活動の様子の発信の他に、魅力あるアートグッズや書籍などを紹介。BBS(掲示板)やBLOGのトラックバック機能をつかった双方向のコミュニケーションもおこなわれている。紹介されたグッズなどを楽天のサイトで買い物をした方の購入金額の一部が還元される楽天市場のアフィリエートシステムを活用し、OVAの運営資金の一部としている。4月の開設から5ヶ月たらずで、このサイトの1日あたりの訪問者は1,000人を越すという。

ヘンてこ+かわいい+おいしい+お役立ち
◎ART LAB OVAのおすすめ日記

■作品に触れる機会を通じ「考える」きっかけを提供

OVAでは、アートスペースの運営の他に、福祉施設・学校などへの出張ワークショップや展覧会の企画制作などを行っている。しょうがいのある人たちの作品に触れる機会をつくり、作品とその作品をつく?た人たちのことを多くの人たちに知ってもらうことで、「ひとにやさしいまち」について考えるきっかけを多くの人に提供することができる。今年3月には横浜市社会福祉協議会が主催した「よこはま福祉保険研究発表会」の関連企画として「よこはま福祉保健アート展覧大会 ~いろんなアート いろんな生活~」を企画した。このアート展では40人ほどの作家から数百点の作品を集め展示したほか、地域のお茶の先生の協力によるお茶会、作家達によるライブペインティングや似顔絵書き屋さんなどもおこなわれた。

よこはま福祉保健アート展覧大会
「いろんなアート いろんな生活」のチラシ
よこはま福祉保健アート展覧大会『いろんなアート、いろんな生活』ポスター

■地元の商店街との協働による「おでかけアート展」の企画運営

2001年より横浜市が設置した「関内駅周辺福祉のまちづくり重点推進地区協議会」から依頼を受け「福祉のアート展」をサポートしている。昨年より「おでかけアート展~しょうがいのある人と商店街が一緒につくるまち~ 」を商店街を中心に地元のしょうがい者団体などで実行委員会を組織して運営している。OVAではアート展全体の企画やしょうがいがある人の作品をイメージキャラクターにしたポスターや特典付きマップの作成などを担当。約300の作品をイセザキモール~マリナード地下街~馬車道商店街の全長2kmの104店舗の店頭や店内に15日間の展示をおこなった。第1回目は横浜市の福祉局「福祉のまちづくり課」が事務局を担当、市や区の社会福祉協議会の職員の手伝いもあり運営していたが、2回目より伊勢佐木町商店街の事務局内に事務局が移り、民間主体で運営されるようになったという。この展覧会は、商店街のお店の中に作品を飾り「まちにおでかけしてもらう」ことを目的の一つとしている。出品者からは「あまり街にはでないけど、この展覧会のおかげで関内へ出かけるようになった」「何十年ぶりのイセザキモールは楽しかった」「多くの人に作品を見てもらえてよかった」などの声が寄せられた。

今年の展覧会は10月28日から11月14日までの18日間。期間中には「おでかけアートワゴン」を商店街に出展し、施設でつくったものなどを販売するという企画もある。ちょうど展覧会の期間中には野毛大道芸(10/30~31)や馬車道まつり(10/31~11/3)などもおこなわれ、地域には多くの来場者が予想される。日常の生活の中では健常者と呼ばれる私たちも、しょうがいのある人たちと出会える機会は少ない。2回目を迎えるこのおでかけアート展は、たくさんの人にきかっかけを提供する場になり、ここからまた波紋が広がっていくことになるだろう。同展では作品出展者、参加店、ボランティアスタッフを募集している。感心ある方は事務局(TEL 045-261-7535)まで。

「おでかけアート展覧会」の日記 関内駅周辺福祉のまちづくり重点推進地区協議会

■人と人との間の異文化交流から見えてくること

「アートとは作品をつくることだけではなく、人と人との異文化交流そのものではないか。他人との関わりが異文化交流だとすれば、他人の「欠点」や「しょうがい」だと思われてきたことなども、全く見え方が違ってくる。そのような新しい視点の中にこそ、新たなコミュニティーを創造する力が隠されているのではないかと思う。」「OVAの活動全体が、さまざまな人とのコミュニケーションによって産み出される自分自身のアートワークでもある」とヅルさんは語る。

ART LAB OVA の空間 (関心空間)

猛スピードで変わっていく社会と、その動きに対応出来ずに立ち遅れていく政策や社会制度に文句を言うだけならば簡単だ。社会の「ひずみ」や人々の「価値観」に対して、他人に責任転嫁せず、自ら働きかける人たちが確実に増えてきている。多種多様な「個人の文化」にふれ合い、理解し合い、認め合う。そのためのきっかけや経験を提供する彼らと、彼らを取り巻く環境の今後の展開に期待したい。

『おでかけアート展覧会』ポスター アトリエにある作品1金魚鉢 アトリエにある作品2ねずみ
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