「saku saku」はtvk(テレビ神奈川)で毎週月曜日から金曜日まで、朝7時30分から放送している30分番組(同日夜24時05分から再放送している)。人気アーティストの木村カエラとマペットの「増田ジゴロゥ」、それに不思議なサブキャラたちも時々顔を出し、シュールな会話を繰り広げる。音楽情報バラエティ番組というカテゴリーには属しているものの、朝から深夜番組のようなノリでまったりとした時間を提供する、他局にはない異色の番組だ。全国の東急ハンズやロフト、キディランドなどで販売しているキャラクターグッズの売れ行きも好調、4月28日には番組の見所をまとめたDVDも発売され、その人気は留まることを知らない。
この番組の面白さの秘密はMC二人のトークにある。ガンダム世代にヒットするアニメネタ、地域自虐ネタなどオトナの心を掴む話題を織り交ぜて軽妙に会話をリードする「増田ジゴロゥ」の話術、それに少女の独特の感性でツッコミを入れる木村カエラの会話のミスマッチが笑いを誘う。また、視聴者からのメールや写真などの投稿を紹介する深夜ラジオ的な手法を取り入れ、ファンとの一体感を高めていることも人気の要因の一つだ。キー局にはない独特の世界観を作り出し、"地方発のカリスマ番組"として業界から注目を浴びている。番組制作の参考に、と収録を見学に来る同業者も多いという。
tvk saku saku 公式HP「saku saku」の前身となる番組「saku saku ~morning call~」が始まったのは1997年4月のこと。当時ブレイク中だったPUFFYをMCに迎え、登校前の中高生をターゲットにした柔らかいテイストの音楽情報番組としてスタート。ユースケサンタマリア、FLIP FLAPもMCとして起用し、月曜日から金曜日まで平日45分間、生放送も週1回行うなど、局としてもタレントやスタッフ、予算などの面で力を入れた番組だった。視聴者からのFAXやハガキの紹介、実際にモーニングコールをかけるなど、タレントと視聴者が触れ合えるラジオ的な手法を取り入れることでファンを拡大していった。
その後MCは、98年4月にガール・ポップ・ユニット「Say a Little Prayer」、99年4月にSHAZNAのボーカルIZAMへと代わり、それに伴って番組のコンセプトも変化していった。当時番組ディレクターを務めていたtvk報道制作局制作部(音楽班)の武内和之さんは、番組のスタイルを変えたキッカケをこう語る。「長引く不況の中、番組制作費を抑えるためにも、タレントの力に頼るのではなく、頭を使って面白い番組をつくる心掛けが必要とされていました。IZAMくんがMCに決まったとき、もう1人タレントをMCに起用するのは予算的に難しい中、『1人では寂しいから、人形でもいいから相方が欲しい』と言われ、マペット(指人形と操り人形を合わせたキャラクターのこと)をMCに使うという提案がスタッフ間でされたのです」。早速デザイナーにマペットの制作を依頼し、生まれたのが「フトモモ」や「青木」という奇妙なキャラクター。IZAMの話し相手としてスタッフが操ったところ、斬新で面白いという評価を受けた。人気キャラとなった「フトモモ」と「青木」はその後も引き続きMCとして起用された。
2000年10月に放送時間が30分に短縮、番組名も「saku saku」に変わり、「小動物王国」というコンセプトでタレントMC不在の実験番組を開始。ここで得たキャラクターによる番組づくりのノウハウをもとに、2001年4月にサイコロをモチーフにしたマペットのキャラクター「増田ジゴロゥ」を制作、新人タレントあかぎあいの話の受け手役としてMCとして起用しリニューアル。「横浜市内にある、とあるアパートの屋根の上」を舞台設定とする現在のスタイルとなった。
現在「saku saku」の看板キャラクターとして人気を誇る「増田ジゴロゥ」が生まれた経緯を、武内さんはこう語る。「新しいキャラクターとしていくつかあがってきたラフ・デザインの中で"ジゴロゥ・デッサン"は異彩を放っていましたね。特に"目線"(笑)。その後、デザイナーと話し合いながら現在の姿になったわけですが、今考えれば、子供でも描けるシンプルな要素で作られた、愛らしいデザインだと思います。『フトモモ』や『青木』は一般公募で名前を決めるつもりが、『黒幕』としてキャラクターを操るディレクターが現場のノリで勝手に名前をつけてしまった(笑)。だから今度は先に名前をつけてしまおうと、デザイナーと相談して、まず『ジゴロゥ』という名前を決めました。苗字の『増田』は、実はマペットを制作してくださった方の名前なんです。本当にすごいものを作ってくれた、というリスペクトの意味をこめて名前をいただきました」。
番組には他にも「ペパー」「浪人生」「米子・オブ・ジョイトイ」などユニークなサブキャラが登場し、場を和ませる。サブキャラたちはMC二人がより話しやすくする雰囲気作りのために発想されたものだという。のっぺりとした青い空が広がる屋根の上という独特の舞台設定も、予算がなくて大掛かりなセットを作れないという制限のなかから生まれた。「背景はグリーンバックにしてMCを撮影し、ミニチュアの屋根のセットにクロマキー合成して画面を作っています。制限のなかで、いかに自由に見えるかをいつも考えていますね」と武内さんは語る。
ミューコム (tvk番組制作会社)あかぎあいが2年間にわたりMCを務めた後、2003年4月に雑誌「SEVENTEEN」の専属モデルであった木村カエラが新MCに就任。新体制の番組で3年目を迎えるスタッフたちの余裕に反し、木村カエラは当時18歳、テレビは初めての出演。その温度差を縮めるのは容易ではなく、1年目はなかなか個性を発揮できなかった。「あまり自己主張しないから何を考えているのか掴めない、そのうえタメ口(笑)と、最初は今どきの女子高生がそのままスタジオに来たという感じでしたね。『番組進行の意識よりも、緊張せずに普段通りの会話をしていこう』と言って、収録に慣れてもらうことからのスタート。どれだけ個性を引き出せるかを考えていました」(武内さん)。やがて番組スタッフと打ち解け信頼関係が生まれるようになると、番組でも個性を表し始め、「増田ジゴロゥ」との掛け合いが人気を博すようになる。
SEVENTEEN「実は歌を歌いたい」と本人から相談を受けたのは2年目のことだったと武内さんは語る。「最初は驚きましたが、やっと自分のやりたいことを言ってくれて嬉しかったですね。当時は自分に音楽プロデューサーとしての意識は全くなかったので、知り合いの音楽関係者にデモテープを渡すなど、"相談&営業"という感じでしたね。その際、『歌手として成功する可能性はある』との評価を受け、さらに意欲的になりました。しかし、モデルから歌手へ転身して成功した事例がほとんどないため、レコード会社はドン引き(笑)。そんな中、注目してくださったコロムビアさんや小売店さん(新星堂)等のサポートのもと、歌手としての活動をスタートすることができました」。
ソニーミュージックアーティスツ 木村カエラ コロムビアミュージックエンタテインメント 木村カエラ 新星堂 木村カエラ武内さんのプロデュースのもと、2004年5月にインディーズ盤CDを制作、「saku saku」にちなみ390枚限定、定価390円として神奈川県の新星堂4店にて販売。すると2,000人以上のファンが殺到、3分で完売し高い人気を見せた。翌月にシングル『Level 42』でメジャーデビューを果たし、オリコン初登場14位を記録。神奈川の朝の顔から一躍、全国区の注目アーティストとなった。セカンドシングル『happiness!!!』は初登場11位、ファーストアルバム『KAELA』は初登場8位を記録。「地方に番組の営業に行く際にも、彼女の歌手としての活動は大きな話題であり、重要な営業資料になっています」と武内さんは語る。木村カエラは歌手デビューをきっかけに、東京キー局のテレビ番組出演、CM出演と活動の幅を広げている。昨年からは自身のブログ「Kaela★Blog」も開始、様々なメディアに露出するにつれファンも幅広い年齢層へと拡大している。「"saku saku育ち"の木村カエラから、こんな仕事をしたよと凱旋報告を受けることもあります。やはり嬉しいですね。スタッフと彼女は家族や友達のような付き合いですから。 そういう風になれたのも、彼女の性格のおかげです。"こっちが腹を割って話をしてるんだから、そっちも腹を割ろうよ"って・・・彼女はそういう人ですから(笑)」。
Kaela★Blog 「saku saku」MC、木村カエラのブログスタート最近では深夜の再放送でも着実に視聴者を増やしている。tvkの電波が受信可能な東京・千葉・埼玉エリアから人気が広がり、現在は木曜日放送分のみ、北海道テレビ(HTB)、名古屋テレビ(NBN)、TVQ九州放送(TVQ)、サンテレビ(SUN)でも放送。今年6月からは「とちぎTV」でも放送開始が予定されている。
中高生をターゲットにした当初の狙いとは異なり、今では20代~30代前半が、主な視聴者となっている。tvk編成局編成部長の関佳史さんは、「これは嬉しい誤算と言える部分。社会人は習慣として継続的に視聴してくれるので、ファンが定着したのではないでしょうか」と語る。今では「saku saku」のファンを総称する「サクサカー」という言葉も誕生。4年ほど前、視聴者からのメールで"サクサクが好きな人"を総称する言葉をつくれないだろうか、という質問から自然発生的に生まれた造語で、今ではファンの間ですっかり定着している。今なお、サクサカーは増加中で、携帯電話3キャリアで運営するtvk公式サイトは、開始4ヶ月で東京キー局を除くローカル局でトップクラスの会員数を獲得した。この会員数の増加には、サクサカーが大きく貢献しているといえるだろう。
tvk携帯公式サイト 告知ページ(QRコード対応)また、マペット「増田ジゴロゥ」も一躍人気者となり、数多くのオリジナルグッズが販売されている。グッズ展開については、2001年に行われた「saku saku アコースティックライブ」でのTシャツ150枚の限定販売が最初。当初Tシャツ制作に関わった担当者は「150枚でも多いと思ったぐらいで、半信半疑だった」と言うが、結果は即完売、反響の大きさに驚いた。その後、2001年12月8日に東急ハンズ渋谷店、横浜店でTシャツを販売し、こちらも1時間半で完売。続いて増田ジゴロゥトレーナー、マグカップ、当時MCだった「あかぎあい」の生写真等が販売された。2002年9月からは、キャラクターグッズの企画・開発を手がけるバンプレストと提携し、本格的なグッズ販売に乗り出す。「増田ジゴロゥぬいぐるみ」「キーホルダー」は東急ハンズを始め、KIDDY LAND、銀座博品館など、合計4店舗におかれ、発売初日は3000人の大行列ができ、話題をよんだ。現在では東急ハンズで、ぬいぐるみやキーホルダーなどの定番商品に加え、シーズンごとの限定商品も設置。また、2004年7月31日、8月1日にtvk新社屋、メディアビジネスセンター1階で行われたイベント「saku saku 増田まつり~関内の中心で愛を叫ぶ~」では、イベント限定映像や限定ジゴロウ・グッズを発売。番組で使用された小道具等も展示された。このイベントには全国各地から熱烈な「サクサカー」が集結し、炎天下のなか5、6時間も入場待ちとなる人も出るなど「異例の事態」となった。
バンプレスト4月28日には、初のDVD『saku saku Ver.1.0』が発売された。発売記念特別インタビューとしてMCを務める増田ジゴロゥ&木村カエラの両者にDVDの見所を聞いた。「荒削りな木村カエラが見れます。ひとりの女性の10代~20代にかけての、成長ぶりが見れる所がポイントかと。ちなみに整形はしていません(笑)」(木村カエラ)。「…サナギがチョウに、美しいチョウになる瞬間が見れます。それはカエラちゃんが…(笑)。あと、ついに"黒幕"が姿を現してしまいました(笑)」(増田ジゴロゥ)。
また、番組コーナーのなかでも、増田ジゴロゥ作詞作曲の地域のうたを歌う『みんなでうたおう』コーナーは、サクサカーの間でCD化してほしいという意見も出ているほど大人気のコーナー。そこで、これまでに作った歌のなかで、一番好きな歌はどの歌か聞いた。「…そうですね、『伊勢原の歌』DEATH。サビのメロディーが好き」(木村カエラ)。「一番好きな歌は『バーニンアップ鳥取』。メタリカっぽい感じが好き。思い出深い歌は、三鷹三中出身の私が三鷹二中の校歌を自ら(笑)歌ったコトです」(増田ジゴロゥ)。
DVD 『saku saku Ver.1.0』 4月28日発売武内さんは、番組の見所についてこう語る。「マペットがMCを担当するようになってから心がけていることは、どれだけ話題を出していけるかということ。誰にでもあるような些細なことをいかにおもしろく伝えるかをスタッフ共々模索してきました。番組には、1週間で1,000通近いメールやお便りが届き、メールは一本の収録につき、10~15通は紹介しています。スタッフは全て目を通し、視聴者のリアクションを見てネタを引っ張るのかやめるのかを決めています。常に視聴者とコミュニケーションをとりながら番組制作をしていますね」。aiko、コブクロ、一青窈など「saku saku」ファンのアーティストも多く、なかには決まっていたスケジュールをわざわざ空けてゲスト出演する人もいるという。「視聴者もアーティストも同じ目線。友達感覚でお付き合いしているつもりです」。
初のDVDについては、「木村カエラ初登場のシーンから収録されていて、何もないゼロ地点からスタートした木村カエラが段々自我に目覚めて見せる表情が変わっていく様子というか、成長していく姿が収められているのが1番の見所ですね。それから、初心者のサクサカーにも、このDVDをオススメしたいです。番組開始当初から見てもらっているサクサカーも沢山いますが、"最近見始めました"という人もいるわけです。そういう人達は、番組独特の単語が解らないから、問い合わせが来るんですね。『"巨神兵が、ドーンっ!"って何ですか?』って。ですから、これを見て解消してもらおうと。サブキャラ説明や、過去に話題となったギャグや設定も網羅してあり、アーカイブ的な内容になっています」。
全国に広がっていったsaku sakuブームに関しては、「こういったブームは、考えて出来ることじゃないですよ。キャラクターだって、最初はグッズ展開していく事も考えていませんでしたから。ただ、この番組ってNG事項が本当に少ないんです。キャラクターの設定を勝手に変えちゃうディレクター(!)をはじめ、自由な現場のノリが番組を面白くしている。そこが、個性として視聴者に受け入れられたのかもしれませんね。『saku saku』は、良い意味で"子供っぽいユルさ"がそのまま出ている稀有な番組、そう思っています」。
地方発「ローカル番組」から、一躍全国区に熱を広げた「saku saku」。深夜放送のようなラフさ、カルト的要素を含み、ラジオ番組のような双方向性も持ちあわせている。頻繁に行われるコミュニケーションの中で、視聴者は「まるで一緒に番組を作っている」かのような一体感を覚える。「saku saku」の人気の秘訣は、そこから感じる「体温」や手作り感にもありそうだ。編成部長の関さんは「使い古されたネタは使わない。新鮮さが大事なんです。常に、ローカルならではの面白さを考え、どう生み出していくかが鍵」と語った。地方局が目指す、キー局に負けない番組作り。その新鮮さや「超個性」が、近年定型化しつつあるTV番組に慣れた視聴者の心を掴んでいるのかもしれない。tvkのキラーコンテンツとして進化を続ける「saku saku」、その展開から目が離せない。
弓月 ひろみ + ヨコハマ経済新聞編集部