山下公園のゲートを抜け山下埠頭に入ると、何千枚もの紅白のストライプ模様の旗が海風にはためく様子が目に飛び込んでくる。フランスのヌーボー・シルク(新しいサーカス)、「ビュラン・サーカス・エトカン」のシンボル的な旗だ。そして「ビュラン・サーカス・エトカン」は、横浜トリエンナーレ2005のテーマである「アートサーカス -日常からの跳躍-」のシンボル的な作品でもある。メイン会場は山下埠頭の先端に位置する倉庫2棟、そこへつながる約700メートルにわたる道のすぐ横では、横浜の原点である“港”としての機能を担う港湾関係者たちが働いている。青空、青い海、緑色の倉庫群に映える無数の旗の下を歩いていくうちに、これから非日常のアート空間に入っていくという期待感が高まっていく。
横浜トリエンナーレ2005 山下埠頭でヌーボーシルク「ビュラン・サーカス」日本初開催開催期間は9月28日から12月18日まで。会期中無休、時間は10時から18時まで(金曜日は21時まで)。料金は当日券で一般1,800円、大学生・専門学校生1,300円、高校生700円、中学生以下は無料。会期中に何度でも入場できるフリーパスも用意されている。また、トリエンナーレの連動企画として10月28日から12月18日までBankART 1929 yokohama、BankART Studio NYKにて開催される「BankART Life-24時間のホスピタリティー」との共通チケットは2,100円。展覧会終了後は、展示作品の一部や展示に使用した諸々の物品の公開オークションを企画している。
総合ディレクターの川俣正氏は、横浜トリエンナーレ2005のビジョンとして次の3つのキーワードを挙げた。(1)展覧会は、運動態である - ワーク・イン・プログレス - (2)場にかかわる - サイトスペシフィック・インターラクション - (3)人とかかわる -コラボレイティド・ワーク-。これらの理念を通して、作品が作家から鑑賞者への一方通行のものではなく、対話を通して作品も作家も鑑賞者も変化していくような展覧会を目指している。滞在して来場者と関わっていく会場で毎日来場者の似顔絵を書く黒田晃弘氏や、ミシンでぬいぐるみ制作を続ける安部泰輔氏など、国際展では珍しく期間中も滞在する作家が多く、参加型・体験型の作品が多くなっているのが一つの特徴だ。
また、横浜や倉庫という“場”の魅力や力を生かして作品制作をする「サイトスペシフィック・インターラクション」 の代表例としては、横浜中華街の山下町公園にある東屋(あずまや)「會芳亭(かいほうてい)」を建築資材で囲ってホテルにした宿泊体験型作品「ヴィラ會芳亭」が挙げられる。公共物を取り込むように制作した構築物の中に、私的な部屋を作るインスタレーション作家の西野達郎氏は、外国から人が泊まり、また出て行く港町・横浜のイメージからホテルというアイデアが生まれたと語る。川俣氏によると、参加する86作家のうち約半分が実際に会場となる倉庫の現場風景を見て作品のアイデアを出したという。
中華街に宿泊体験型アート作品、「ヴィラ會芳亭」出現開幕を記念し、9月28日、29日の2日連続でシンポジウム「展覧会とはなにか-空間と意志-」が横浜シンポジアにて開催された。司会を川俣氏が行い、パネリストにはアラナ・ハイス氏(ニューヨーク、P.S.1 コンテンポラリー・アート・セン ター/MoMAディレクター)、ケン・ラム氏(アーティスト、中国現代美術誌Yishuジャーナル主幹)、ジョナサン・ワトキンズ氏(英国バーミンガム、アイコン・ギャラリーディレクター)、中原佑介氏(美術評論家)、コメンテーターはカトリーヌ・グルー氏(美術史)、安斎重男氏(写真家)、ダニエル・ビュラン氏(アーティスト)など。「磯崎さんからディレクターを交代し、僕のミッションは場所と時間、予算の制約のなかで展覧会を成立させることだった。トリエンナーレを無事開幕して、肩の荷が半分下りたところで、展覧会とは一体何なのか、見に来る人は何を期待して見に来るのか、そういった基本的なことを考える場をつくりたい」という川俣氏の希望で開催された。
トリエンナーレ開幕記念シンポジウム「展覧会とはなにか」川俣氏は、「作家の選定については、好きな作家を選びました。3人のキュレーター、スタッフ、アドバイザーなどと一緒に考えた、僕たちがおもしろいと思う作家です。今回は時間的な余裕がなく、わざわざトラブルメーカーとなるような作家を入れることはしませんでした」と作家のキュレーションについて語った。アーティストである川俣氏がキュレーションを行うことについては、「最近はアーティストがユニットを組み、建築家集団をつくったりキュレーター的な活動をするようになっており、もはやアーティストがキュレーションすることは普通のことになってきています。今回もそういったアーティスト集団の参加が多く、現代美術における新たな流れを見せることも考えました」と語った。
各パネリストは自身の関わる国際展についてスライドを用いて簡単な説明を行い、どのような考えのもと国際展をやってきたのかを話した。中原佑介氏は、自身が関わった「東京ビエンナーレ」について語った。1970年に開催された「東京ビエンナーレ」は、日本における国際展を語る際に必ず出てくる展覧会。それまでは複数の人からなる実行委員会の合議制でアーティストを選んでいたが、「東京ビエンナーレ」ではコンセプトやテーマを明確に打ち出すために初めて一人のディレクターに全てを任せた国際展だった。当初は2年おきに開催するつもりだったのだが、予算は大幅にはみ出したことから1度きりの開催で終わってしまった国際展となった。
「東京ビエンナーレ」に参加していたダニエル・ビュラン氏は、「無名のアーティストが数多く参加し、現在は皆アート界において重要な存在になっている、当事としては最良の展覧会だった」と語った。横浜トリエンナーレ2005の写真記録を担当している安斎重男氏は、「東京ビエンナーレ」ではサポーターとして参加し写真を撮影していた。「当時は気軽な気持ちでシャッターを押していたが、その写真がアーカイブとして後に重要な資料となったことに驚いた。今回は記録は非常に重要なものだと川俣さんから頼まれてやっています」と語った。
川俣氏が横浜トリエンナーレに関わるなかで感じたことは、国際展のノウハウの継承が非常に弱いことだと言う。行政組織では部署の移動により、前回のトリエンナーレに参加した人は組織委員会のなかに数人しかいなかった。これは国際展が抱える大きな問題で、国際展がいかに地域社会と密接に結びついていくのかという問題にもつながってくる。海外の国際展では恒常的なオフィスが維持され、そこでノウハウの蓄積と人材の育成が行われ、町全体が記録媒体となって次の展覧会へとつなげていくことができている都市もあるという。
川俣氏は横浜トリエンナーレ2005のノウハウを次回につなげるために、アーカイブ化を強く意識していると言う。「予算のなかで終わってしまい、次につながっていかないことは行政の悪いパターン。市民が主体的に関わっていくような仕組みを作っていくことが必要です。だからトリエンナーレ学校やアーカイブ室を作ってきました。これからは変化していく作品の動向も含め、すべての情報を入れたドキュメント集のパート2をつくるつもりです」。
前回の横浜トリエンナーレでは沢山のボランティアスタッフが関わり展覧会を支えたにもかかわらず、その具体的な記録は全く残っていないという。横浜トリエンナーレ2005には、アーティストの作品制作や展覧会の運営に協力したいというサポーターが800人以上も参加している。サポーターは、作家や作品の一番近くで働き、展覧会を見つめてきた人たち。その声や動きが形として残っていくことは、横浜に国際展のノウハウを継承していくために重要なことである。その反省を踏まえ、トリエンナーレ市民広報チーム「はまことり」ではサポーターが自らの体験や感じたことを日記につけてウェブ上に公開しいてく「サポーターズ・ブログ」プロジェクトを進行している。
サポーターズ・ブログには個人の体験を感じたままに書く「ダイアリー」と、それをパブリックな形で表現して他人に正確に伝える「レポート」という二つのカテゴリーをつくるという。アーティストや作品に触れて味わった生の感覚と、具体的な様々なノウハウの双方が蓄積されていくことは、アートへの市民参加を促進していくという意味で大きな価値があるだろう。ブログは携帯電話やメールからでも簡単に更新できる。ウェブサイトは近日公開する予定だ。
YCAN 第1回サポーターズブログ・ガイダンスまた、近々トリエンナーレ会場などで公衆無線LANが開通する予定だ。これは横浜市経済局が「横浜市IT産業戦略」の中で示されている「無線LANエリア形成」を実現するため、民間企業とともに活動を開始した「Wi-Y proj.(Wireless LAN Yokohama project)」の一環。公衆無線LANサービスを提供しているトリプレットゲートが公衆無線LANのアンテナを会場に設置し、トリエンナーレ来場者には1日だけ利用できるIDを無料で発行するほか、トリエンナーレ参加者には期間中無料で利用できるIDを発行する。設置する場所は横浜トリエンナーレメイン会場、トリエンナーレ・ステーション、BankART 1929 Yokohama、BankART Studio NYK、北仲BLICKの5拠点。無線LANやブログなどの先進的な情報ツールを使い、横浜トリエンナーレという国際展を地域の持続的な発展へとつなげていけるかは、市民の意識にかかっている。その場で感じたこと、考えたことを積極的に情報発信し共有していくサポーターが増えていくことを期待したい。
横浜市経済局 IT産業の振興 トリプレットゲート Wireless LAN Yokohama project「トリエンナーレ」というタイトルは、定期的な開催を継続していくことが前提となっている名前である。そのノウハウを継承し、地域社会と密接に結びついていくための仕組みづくりが課題といえる。その仕組みづくりのためにも、地域に住む多くの人が会場に足を運び、運動態である展覧会に参加していくことが求められているのではないだろうか。
第1回特集記事 ヨコハマ発、現代アートの祭典 動き始めた「横浜トリエンナーレ2005」 第2回特集記事 「アートサーカス(日常からの跳躍)」がテーマ。新体制で臨む「横浜トリエンナーレ2005」