CGで描かれた華やかな曼荼羅模様、その超細密な描写と作品サイズの圧倒的な大きさに、多くの人が立ち止まる。4月26日から神奈川県民ホールでスタートした「ASIAGRAPH YOKOHAMA 2006 亜州芸術科学学会」の一幕だ。ビジュアルアーティストの倉嶋正彦氏の巨大CG絵画「パテンテ曼荼羅」はその目玉作品の一つだ。そのほか、現在13歳の天才少年CGアーティストの林俊作氏が描く、日本人離れしたポップなイラストや、世界的CGアーティストの河口洋一郎氏の極彩色のCG作品、CG美少女・美少年専門のソーシャルネットワーキング「C組」参加作家による無数の3DCG美少女キャラクター作品など、日本のCGアート作品のなかでも最高水準の作品群が展示されている。
ASIAGRAPH CGアートの祭典「アジアグラフ」誕生、横浜と上海で開幕中心になっているのは、横浜を拠点に優秀なCGクリエイターのネットワークを形成している「アジアグラフィック」。昨年の愛・地球博での展示に引き続き、中国、韓国、台湾、インドなどアジアの作家からも作品が集まった。同代表の喜多見康氏は、アジアという枠でCG作家が集う理由をこう語る。「展覧会を開催することをどこからか聞いて、台湾から作品を出品したいという問い合わせがありました。CGは、同じツールを使って作品を制作しているので、アジアのCG作家のネットワークという核ができれば、言語や国の壁を越えて参加のオファーが来ます。それに、アジアの作家とは国の環境の違いに関わらず、すぐに一緒になって作品づくりのテーマや技術の話ができる。アジアには欧米とは異なる共通の意識が間違いなくあるように感じます」。
法人格を持たない「アジアグラフィック」は、喜多見氏の熱意のもと推進する個人的な活動という側面が強かった。しかし、中国、韓国、台湾をはじめ、アジアの各国は国家の重点的施策としてCGを中心とするデジタルコンテンツ産業の振興に力を注いできている。喜多見氏は、そうしたアジアと日本をつなぐパイプ役としてここ数年間活動してきた。そうした努力が認められ、今回の展覧会ではデジタルコンテンツ産業の振興に力を入れている横浜市から様々な支援を受けている。「中田市長に自分の構想を話したところ、訴えをきちんと聞いてくださり、ASIAGRAPH開催を真剣に検討してくださったようです。私たちのような法人でもない組織に対しても協力してくれる懐の深さは、他の都市にはありません。その姿勢にきちんと応えていきたいと思っています」(喜多見氏)。
一方、横浜のデジタルコンテンツシーンはもっと活性化して然るべきだという思いもある。「横浜では市が旗を振って映像やデジタルコンテンツ企業、クリエイターが集積しつつあるが、情報発信力が十分ではないので、イベントをやるにしても人を呼ぶのに苦労しています。それぞれ独自に活動していては効果が半減してしまうので、市が広報や全体的な計画の窓口になり、イベントを連携させたり、人と人をつなぐなどの事務局的な機能を担ってほしいと思っています」。横浜で一つのシーンを作り上げるには、縦割り行政を廃して文化芸術、経済、観光の振興を担う担当者が情報共有し、戦略的に組み立てていく必要があるだろう。
民間ではそれぞれが足りないリソースを補い合う連携の萌芽が生まれつつある。今回の展覧会では、参加型ITイベント「デジコンフェスタ横浜」の運営に協力している、横浜のコンテンツ事業者のネットワーク「ジョイントワークス」が、作品の搬入や展示に人を派遣して協力した。また、「ハマクリEX」などのクリエイター支援イベントを精力的に展開する「デジタルキャンプ!」も、ASIAGRAPHの中で特別セミナー「CGプロダクションショーリール」を開催協力している。さらには、アジアの大学との連携を深めている横濱学生映画祭実行委員会は、同時期に映画祭のプレ・イベントとして東アジア映像共創プロジェクトvol.1「Earth Voice from Yokohama」を開催する。オープニングレセプションでは日本、中国、韓国、台湾の映像・メディア芸術関係者がそれぞれを紹介しあい、交流するシーンも見受けられた。
ジョイントワークス デジタルキャンプ! 横濱学生映画祭 ZAIMで中国メディアアート映像祭-共同映画制作PJもオープン初日には「アジア芸術科学フォーラム」が開催され、アジアグラフの狙いについて語られた。この動きの中心になっているのは、前述の喜多見氏、河口氏と、上海音楽学院教授の金鐘棋氏の3人だ。金氏は他にも韓国・東西大学デジタルデザイン学部教授、中国・上海工程技術大学マルチメディア学院長などを歴任しており、日・中・韓のメディア芸術をつなぐハブのような役割を果たしている。河口氏は数年前から様々な場でアジアの新しいメディア芸術の必要性を提唱している。その考えに賛同し、喜多見氏は日本のCGクリエイターのネットワークづくりを始め、金氏は3年前に中国でアジアグラフのもととなる学会を始めた。中国で開催されたメディア芸術の学会に喜多見氏が日本のCG作家の作品を持ち込んだことから、アジアグラフ構想は実際に動き始めた。
CGアートは芸術への道を拓けるか?日中韓で進む「アジアグラフィック」構想アジアグラフの狙いを一言で言うと、アジアに共通する文化・芸術の伝統と精神性を包含した独自の未来型メディア芸術を生み出すことだ。金氏は、フォーラムでその構想を語った。「19世紀から20世紀、産業革命によって大量生産・大量消費社会が到来し、人間性よりも経済性・商業性を重視する世の中になりました。コンピュータなどハードウェアは急激に進化したものの、最近は伸び悩んでいます。『パーソナル』を推進する西欧の技術は、家族的のつながりのあった社会を変え、その弊害で様々な問題が起こっています。21世紀は家族の絆『ファミリー』の概念を大切にする東洋文化でそれを再編していく時代。人を根本に据えて自然の摂理を尊重するアジアの文化から、人間の生活を豊かにする商品を生み出していく。そのソフトウェア・コンテンツの研究と発表の場がアジアグラフです」。
パネリストとして参加した河口氏は、東洋の文化共同体の可能性についてこう語った。「昔はアジアは同じ大陸だった。人種や文化のルーツをたどればアジアは一つ。もともと漢字という共通性のある表意文字があるから意志の疎通も図りやすいが、これからはPCの翻訳技術もより高性能になり、アジアのコミュニケーションはより促進されていくだろう」。また、東京大学先端科学技術研究センター教授の廣瀬通孝氏は、西洋文化との対比から21世紀の東洋文化の可能性を述べた。「西洋が一神教なのに対し、アジアは多神教の文化。いろんなものが渾然一体となり、異質なものを排除しないという傾向がある。ビジネス発想で技術を先鋭化させていくアメリカのやり方は、ある面ではいいことだが、何が起こるかわからないワクワク感のある状況ではなくなります。これからは、『可能・不可能』『儲かる・儲からない』という発想ではなく、全く別の原理で物事を考えていくことが求められています」。それができるのは、西洋文化のアンチテーゼとしての東洋文化ということだ。
アジアのデジタルコンテンツの独特の魅力語るフォーラムそのなかで、アジアグラフが目指す役割は、単なる作品発表の展覧会ではない。芸術作品を生み出すアーティスト、先端技術の研究に取り組む学者、それらを結び付けて新しい産業として成り立たせる経済人、次世代の人材を育成する教育者の4つの柱が、それぞれが国家の枠を超えて交流しいていくことで新しいアジアの文化を創っていく、そのための祭典である。そのなかで喜多見氏は、CGアートという芸術面からアプローチしていくことが自分の役割だという。6月22日に上海音楽学院で開幕する第1回アジアグラフでは展覧会のほかに、金氏のとりまとめのもとアジアのメディア芸術関係者が集まる学会も大々的に開催する予定だ。
金氏の次の狙いは、新しいメディア芸術とデジタルコンテンツを生み出す大学を、上海、プサン、それに日本の都市にネットワーク型でつくること。教授も学生も国の枠を越えて動くという新しい大学だ。3カ国でネットワーク型大学ができれば、そこを拠点にトリエンナーレ形式でアジアグラフの開催を持ちまわることができるという発想だ。第2回アジアグラフは韓国で開催される予定で、日本での開催はその次になる見込みだ。アジア諸国は国を挙げてメディア芸術とデジタルコンテンツの振興に取り組んでいる。横浜はそれに負けず、アジアにおける拠点都市としての存在感を示すことが重要になってくるだろう。