4月20日、横浜市立大学の新拠点「エクステンションセンター」の開所式が行われた。場所は横浜ランドマークタワーの13階。これは昨年度まで上大岡にあった、横浜市立大学の生涯学習拠点「よこはまアーバンカレッジ」が移転したもの。新たな場所としてみなとみらいの、ひいては横浜のシンボルであるランドマークタワーを選んだ理由を、理事長の宝田良一氏はこう語った。「イメージ的に、上大岡よりみなとみらいのほうが来やすいので、この場所を探していました。地域に貢献をするという意味で良い場所に開所できた。一人でも多くの市民に親しんでもらいたい。ゆくゆくは専門職大学院にも発展させたい」と同センターへの期待を寄せた。
横浜市立大学そもそも、「エクステンションセンター」とはどのような役割のある施設なのかご存知だろうか。エクステンションセンターとは、年齢や学歴などは関係なく、誰もが学ぶことができる大学付属の生涯学習機関のこと。社会人が通いやすい都心部に開設するのが一般的で、大学所属の教授はもちろん、民間の専門家も講師に迎え、公開講座や資格取得講座、キャリアアップ講座、リカレント講座などを行う。学長のブルース・ストロナク氏は、同センターの意義を英語でこう語った。「『エクステンション』という言葉は『拡張』という意味。そのミッションは、大学のもつ知恵を活かし、地域コミュニティの成長を助けること。ただ大学の外にあるというだけではなく、大学と連携をとりながら地域社会に貢献しなくてはならない」。
開所式には中田市長も駆けつけ、祝辞を述べた。「独立行政法人となり、市大の役割は明確になった。そのなかで エクステンションセンターが、早速開設されたことは喜ばしいことだ。大学は知の宝庫であるが、それが閉じたものになってはいけない。地域とつながることによって、より多くのことを学び、そしてそれをまた大学にフィードバックしていく必要がある。子育てのアドバイザー、文化、健康維持、福祉、NPOの立ち上げなど、地域には多くのニーズがある。そういうものをぜひ掻き立てていくような存在であってほしい。期待しています」。
施設は100人収容の講義室、30人収容のセミナールーム、ラウンジという構成。窓からはみなとみらいや横浜港が一望できる。駅からのアクセスも良く、ランドマークタワーという誰もが知る建物に入ることで、神奈川全域・東京都内からも受講者が集まることと思われる。
横浜市立大学がMMにエクステンションセンター開所「15年越しでランドマークタワーへの開所が実現しました。日本一高いこのビルはシンボリックな場所で、景色も最高で、日本のエクステンションセンターのなかでも一番いい立地。やっと夢が実現できそうです」。そう語るのは、横浜市立大学理事で、同センターの運営を担う南学教授。南氏は89年頃、エクステンションの活動が最も盛んと言われるUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)教育学大学院に留学し、高等教育で修士号を取得した人物。横浜市大でも様々な公開講座を企画し成功させてきた経験を持つが、今回のようにエクステンション専門の施設運営を担当するのは初めてのことだ。「上大岡のアーバンカレッジは単なる公開講座の会場という感じで、アメリカで見てきたものとはイメージが違いました。このエクステンションセンターでの講座は、『理想と講座内容と経営の質は高く』をモットーに組み立てていきます」と意気込みを語る。
よこはまアーバンカレッジそもそも横浜市大でアーバンカレッジが設立されたきっかけとなったのは、90年代初頭に開設した有料の公開講座の成功だ。当時、市大の事務局にいた南氏は講座の企画を担当、それまで大学教授による無料の公開講座ばかりだったところに、外部の専門家にも講師を依頼し受講料が1回2,000~3,000円の連続講座を実施。ジャンルは経営、アートマネジメント、サッカー、さらにはエイズまでと多岐に渡った。質の高い内容が評判を呼び、どの講座も満杯で活気に満ちたという。さらにはフォーラム横浜と連携し、世界情勢についての講座を企画運営するなど、受講料収入だけでも年間1,000万円を上回ったほどだ。「その実績で、当時の市長から常設の拠点をつくりなさいとの声がありました。当時は講座を行う拠点をもっていなかったため、その都度様々な場所を借りて行っていたんです。そこで94年に横浜駅東口ポートサイドビルにアーバンカレッジが開設されました」。
南氏はアーバンカレッジの立ち上げを行ったあと市長室に異動となり、横浜市大の運営から離れた。その後、98年にアーバンカレッジは上大岡駅直結の「ゆめおおおかオフィスタワー」に移転する。賃料は安くなったが、集客面で大きな痛手となった。「ポートサイドは最寄が横浜駅だから神奈川県下、東京からも人が集まっていた。しかし、都心部から外れる上大岡では心理的に遠くなり、人が集まらない。それに引きずられるかのように、講座の企画内容も特色がなくなってしまいました」(南氏)。そこで再び都心部の移転先を探していた折に、フォーラム横浜がランドマークタワーから移転することになったので、そのスペースの一部に入居することが決まり、この度の開所となったのだ。しかも、名前も「アーバンカレッジ」から「エクステンションセンター」となり、大学とは連携しながらも独立採算を目指していく方針だ。南氏は大学教授、横浜市参与などを経て、ようやく長年の研究と実践でノウハウを得た「エクステンションセンター」の運営に着手し始めた。
南氏は、アメリカで実際に見てきたエクステンションセンターのインパクトの大きさを語る。「UCLAでは講座の数が4,000~5,000もあるんですよ。それも一般教養的な講座は3分の1ほどで、残りは地域の多様なニーズに合わせたもの。例えばDVや子育ての問題に対するカウンセラー養成、外国人のための英会話講座などがありますね。地域の産業界とも密着していて、先端技術に関する講座もあるんですよ」。ちなみに、UCLAでは正規の学生が3万人なの対して、エクステンションの受講学生は10万人にも上るそうだ。大学の地域ニーズに応えようという意識の高さが伺える。「日本の大学の公開講座と違うところは、質を高くして採算ベースで考えることが徹底していること。講座の企画をしている人たちは皆マーケティングの博士号を持っているんですね。企業などにヒアリングをして、どんな講座が求められているのか日々研究開発しています」。
また、エクステンションセンターは大学に比べ、企画を臨機応変に動かしていける自由さがある。講座の目的に応じて多様な形態がとれることも大きな特徴だ。「アメリカでは月曜から金曜まで毎日受けて受講料が50万円という講座もあります。講座の内容にあわせて大教室と小教室を組み合わせるなど、目的に対して方法がついてきている。日本ではどんな種類の講座でも週1回で同じ場所、それはおかしい。UCLAのように、料金は高くても受講者のニーズに応える実践的な内容であれば成立すると考えています」。人気の講座は大学の正規科目へと発展するケースもあり、エクステンションセンターは地域社会のニーズを大学に汲み上げるための「アンテナショップ」的な役割も果たしているのだ。
では今後、この横浜市立大学のエクステンションセンターでどのような活動を行っていく予定なのだろうか。「やはり一番大きなターゲットは退職後の団塊世代の方々ですね。今考えているのは小中学校のアシスタントティーチャーとして社会経験を活かそうとする方々を派遣する事業。教員の方々は社会人経験の無い方が多いので、新しい視点を入れられないかと。もちろん急に団塊の世代の方を学校に派遣しても混乱しますので、子供の心理や教育制度についての講座を受けていただき、その講座を終了した方には、教育委員会との協働でゲスト講師としての認定書を発行する。もしこのような制度が実現すれば、新しい横浜型の認定制度になりますね」。2007年から団塊の世代(1947年~49年生まれ、約690万人)が60歳定年を迎え始める。そのうち横浜に住んでいる人、あるいは退職後の生活場所に横浜を選ぶ人は、他都市に比べ多いだろう。他にも、横浜らしい、港を利用したクルージング講座も考えているそうだ。
民間でも開いているような一般的教養講座ではなく、実践的で、将来を見越した「核」のあるプログラムをつくる。それが南氏の考えの基本にある。「常々不思議に思うのは、市町村などの自治体経営やNPOのマネジメントを教えている大学院が少ないということです。公共政策を扱っている概存の大学院は、主にアカデミックなマクロ論が中心で国の政策を教えています。うちでは、地域経済活性化、子育て、高齢者問題などを市民との協働で実践する市町村向けの政策マネジメント講座を運営していきたいですね。NPOに関して言えば、非営利の企業活動ですから、実はマネジメントするのが一番難しいんですよ。そうした専門家育成講座もやっていきたいですね」。高校生向けの講座も企画し、後々入学した時でも単位として認められるようにする予定だ。他大学や各種学会との連携講座も受け入れていくという。専門職大学院は早ければ来年度文科省に設置認可を申請し、再来年の開設を目指したい、という。
もちろん横浜市立大学医学部や市大病院との連携も考えている。医療講座と相談窓口を兼ねたものを毎月開催していく予定で、早速5月からの医療・相談講座、6月から癌の早期発見プログラムを始める。医学部以外の学生に対しては、横浜周辺企業にインターンシップ生として派遣するプログラムを検討しているそうだ。2カ月ほど企業で働き、単位として認められるものにしていければという。他にも主婦、高校生、OLなど各世代の時間・曜日やニーズにあわせたプログラムを企画していく。「私は過去20年間地域の自治体の運営に関わり、その間も含めて20年間大学問題に関わってきました。エクステンションセンターでの仕事は私の集大成になりますね」。今後のエクステンションセンターの動きは注目すべきものになるだろう。
今年3月、市大発のベンチャー「横浜市立大学CSRセンター」が設立された。出資金は70万円。主な事業内容は、独自のCSR(企業の社会的責任)マネジメントシステム規格の開発・運用、CSRのコンサルティング、CSRに関する調査・研究およびその受託、セミナー・講座の企画・開催など。社会ニーズに柔軟かつ迅速に対応でき、新たな試みに積極的かつ柔軟にチャレンジでき、小規模の事業やベンチャーに適しているという理由のもと、 LLP(「Limited Liability Partnership」、日本語表記「有限責任事業組合」)という事業形態で運営されている。構成員は、センター長が影山摩子弥氏(国際総合科学部教授)、副センター長が木村琢郎氏(国際総合科学部準教授、ヨコハマ起業戦略コース長)、齊藤毅憲氏(国際総合科学部教授)、深澤利元氏(ISOコンサルタント)の3名、研究部門責任者が藤崎晴彦氏(国際総合科学部準教授)。現在は以上の5名体制だが、徐々にメンバーを増やしていきたいとの意向。
横浜市立大学CSRセンター 横浜市大発ベンチャー「CSRセンター」、LLPで設立CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略で、日本語では「企業の社会的責任」と訳されるのが一般的だ。環境への配慮や、コンプライアンス(法令順守)や品質管理といったものから、地域コミュニティとの関わり合いなど、企業が事業活動を行なう中で、消費者、取引先、地域社会、株主、従業員等のステークホルダー(利害関係者)に責任ある行動を取るべきだという考えである。「売り手がいて、買い手がいて、WIN-WINになればビジネスは成立しますが、それだけを考えていたのではダメな時代。そこに社会性という第3の視点を入れることがCSRです。実はこれは、『売り手良し 買い手良し 世間良し』という、近江商人の経営哲学『三方良し』と同じなんですね。それを『トリプルWINモデル』という言葉で捉え直したい」と深澤氏は言う。また、CSRセンターという名称ではあるが、対象は会社に限定しない。「行政、NPO、学校法人など、すべての組織をできれば対象にしたい。しかし、『SR(社会的責任)』という言葉ではまだ浸透していないので『CSR』としました」。
欧米発の概念であるCSRは近年、日本でも重要視されるようになってきている。深澤氏はこのような動きの背景を以下のように説明した。「最近は、組織と個人の両方の倫理観、道徳観念が低下が著しく、会計、建築、医療、食品、ホテル業、消費者金融業など、様々な分野で企業の不祥事が起こっています。これは、近代化以降の成功モデル、社会システムが疲弊し始めていることを意味しており、社会システムの破綻現象の前触れでとも言えるものです。CSRは、組織に対する制度設計であるとともに、そこに属する個人の倫理観の向上にもつながり、組織の人材レベルも高められるものです。わが国では法律でCSRに取り組むべきと決まっているわけではなくCSRの導入は自由裁量ですが、大手企業グループは、経営戦略上、CSRに対応できないと生き残れないと認識しています」。時代の潮流、社会的な要請としてCSRは必要とされているのだ。
また社会的な側面からの必要性のみならず、企業の生き残りという点でもCSRの観点は必須のものになるだろうと深澤氏は言う。大企業はここ2、3年で環境対策室がCSR対策室に変わり、人員も増員されてきている。株主に対する説明責任がある営利企業でこのような措置がとられているということは、CSR対応が企業の将来的な強みになると経営戦略上、判断されたということを意味する。
それは大企業だけの話ではなく、中小零細企業でも同じだという。なぜなら大企業と取引関係を結んでいる以上、これまでの「環境ISO対応」から、より幅広い「CSR対応」が求められるように変わっていくからだ。「例えば、パーツメーカーの中小企業に不祥事が起こると、それを組み立てて製品化する大企業もアウトになってしまう。だから大企業はいずれ、サプライチェーン・マネジメントとして、商取引する中小零細企業にもCSR対応を求めてくるようになるでしょう」。
そこで導入に必要となるのはCSR規格だが、現状では旧経団連が啓蒙的な指針を出しているが、より具体的な内容を明らかにして実務側にとって取組みやすいガイドラインを示す必要がある。大企業も社会的責任事項の何から優先的に取り組んでいいか迷う状況である。かといって民間企業にCSRマネジメントを頼むと莫大な金額がかかり、中小企業はとても手が出せない。「CSRを大企業だけのものではなく、地場の中小企業も使えるものにするために、地域に貢献する大学として取り組むのがCSRセンターです。横浜独自の規格とガイドラインを策定し、横浜の企業が全体で良くなり、横浜という総体の価値が高まることが目標です。さらに、これを横浜の新たなビジネスモデル・産業モデルとして全国に、世界に発信していければ、その経済効果・インパクトは非常に大きい」(深澤氏)。
「いわゆる協同組合形式で動きやすく、また民主的な運営が可能なんですよ」。LLPという事業形態を選択した理由を、センター長の影山氏はこう説明した。「LLPなら登録税も安く済み、審査が短いので立ち上げやすい。また、CSRのように範囲が多岐にわたり、多様な分野の専門家が必要となる事業には、適した組織形態です。株式会社のような上下関係がなく、組織内の風通しは非常に良い」。LLPなら、企業に勤めている人でも職務規定に違反せずに参加することができる。モジュール型の組織をデザインするにはうってつけの仕組みなのだ。
今後の展開について、副センター長の一人である齋藤氏はこう語る。「具体的な企業案件を扱うのはまだ先。いまはCSR規格の策定がほぼ終わったところで、次は具体的な導入のためのガイドラインの策定が課題。しかしこれも一度作って終わりというものではなく、時代の流れに合わせて、どんどんバージョンアップしていきます」。横浜市大では、CSRセンター設立と同時に、薬物動態解析とイメージングによる臨床試験受託サービス等を提供するベンチャー企業「ベイ・バイオ・イメージング」も設立された。この新しい動きが横浜の経済をさらに活性化していくことを期待したい。
ベイ・バイオ・イメージング「大学と地域のコラボレーションはあまり知られていなかったんですよね」。こう指摘するのは、職員として広報を担当している高安氏。公立大学法人になって以来、横浜市大は今まで以上に広報に力を入れてきているが、その中心的な役割を果たしている人物だ。「例えば、国際総合科学部の村橋克彦教授は、横浜市金沢区をフィールドに、市民との協働で様々なプロジェクトを立ち上げ、30年近くも研究を行っている。他大学の学生も参加する先進性のある取り組みですが、市大生でもその活動を知っている人は少なく、十分に広報されてきたとは言えない。今年はエクステンションセンターの開設、CSRセンターなどの大学発ベンチャー、ヨコハマ起業戦略コースの本格稼動など、新たな動きがある。これを機に、『教育重視、学生中心、地域貢献』という横浜市立大学の目指す3つの柱をアピールしていきたいと思っています」(高安氏)。
その広報活動の一環として、今年1月からスタートしたのが、「学生広報ワークショップ」だ。これは大学広報のなかに学生も入り、職員とともに実際の企画・制作を行っていくというもの。現在、隔週ペースで学生とミーティングを行っているという。「学生は毎日何かを感じているし、口コミで情報も早い。彼らの意見を大学の広報に取り入れることが狙いです。そのためにはスポット的な参加ではなく、ワークショップ形式で継続的に、主体的に参加してもらう。高校生も大学生が考えていることに興味があるはずで、入試広報にも活かされていくでしょう」。すでに学生グループが主体となって「横市日和」というサイトも開設し、市大に進学を希望している高校生に対し、キャンパスライフの紹介などを行っている。
横市日和また、学生独自で地域社会を活性化しようという動きもある。学生広報ワークショップのメンバーの一人であり、横浜市立大学の大学院で、まちづくりについて研究している柴田祥氏は、今年の3月に、横浜市立大学広告研究会「学通」というサークルを立ち上げた。柴田氏は、金沢文庫芸術祭という地域イベントで出会った同世代の若者との交流を機に、まちづくりに興味を覚えるようになり、このサークルを立ち上げるにいたったという。学通のコンセプトは、「匠なアイディア」と「Your Smile Makes Me HAPPY!」。学通メンバーの一人で、学通の中で「6996Attitude」というフリーペーパーの製作を担当している後藤紘太郎氏は、「自分たちを大きくしてくれたこの横浜という土地に対し、広告を通した地域のコミュニケーションを促進することによって恩返しをしたい」と活動への想いを語る。学生ならではの若い感性も活かしながら、横浜市大がどのように変貌していくのか、注目していきたい。
柴田祥の金沢八景芸術祭 学通ブログ永井蓉子 + 山本興正 + ヨコハマ経済新聞編集部