6月1日、横浜市経済観光局が横浜産業振興公社の一角に、経営者の再挑戦支援の相談窓口を開設した。窓口では市の担当者が話を聞き、最適な「再チャレンジアドバイザー」を紹介して個別の相談に応じる。登録しているアドバイザーは、再挑戦支援の経験と熱意を持つ弁護士や公認会計士、経営コンサルタントなど現在約10名。市が支援するのは5日間のみで、そのあとはアドバイザーのボランティアで経営者を支援していくという仕組みだ。アドバイザーのほかに、経営経験の豊富な企業経営者「メンターシニアマネージャー」も設置。これは自分の企業が安定している60歳以上の経営者で、現在約6名が応募している。アドバイザーから推薦を受けて再挑戦に取り組む起業家と面談し、双方が納得すればともに再挑戦に取り組むパートナーとなる。マッチングが成功すれば、メンターの企業からアドバイスを受けたり、その信用力を借りて販路開拓なども期待できる。
さらに、横浜市の「再挑戦支援事業」では、ケースによってはファンドへの紹介も行うという。通常、過去に倒産の経験があると、ファンドは投資どころか、話すら聞いてくれないものだが、この事業を担当している横浜市経済観光局金融課の渡辺敏喜氏は、このファンドへの紹介の道をつくることにこだわりがあった。「これはチャンスを与える制度だから、ファンドまで紹介する道をつくることが筋を通すことだと思いました。経営者の過去の失敗にこだわらず、審査を受け付けてくれるファンドを探し回り、なんとか1つ2つ見つけました。優れた再挑戦の事業であれば、アドバイザーやメンターのお墨付きをもらったうえで紹介していくつもりです」。自治体がこのような再挑戦支援相談窓口を設置するのは全国でも初めてのことだ。
横浜市経済観光局 記者発表 横浜市、経営者の再チャレンジ支援事業を開始窓口を開設する前日の5月31日には、「再チャレンジシンポジウム」も開催。再挑戦での成功者やその支援者を集め、成功のポイントを探った。そのシンポジウムの冒頭で、横浜市経済観光局 創業支援担当の大久保正美氏は事業の狙いについてこう語った。「横浜市では2003年より、『創業するならダンゼン横浜!』をキャッチフレーズに創業支援に力を入れてきました。2005年度までの3年間で350社の新規創出を目標に取り組んできましたが、その倍に当たる726社創出という成果を得ました」。起業・創業支援では当初の目標を大きく越える結果となった。しかし、新しく誕生した企業のすべてが成功するわけではない。中小企業白書の統計データによると、新規創業した企業の3割が1年で消滅、3年後には約5割の企業が消滅している。そこで新たに力を入れていくのは、事業に失敗したとしても、再びチャレンジできるような仕組みづくりだ。「一度失敗しても、その経験を糧にして再挑戦できる。そんな都市を目指すべく、全国に先駆けて相談窓口を設置します」(大久保氏)と意気込みを語った。
横浜産業振興公社 横浜起業家サポートデスクなぜいま「再挑戦支援」が求められるのか。それはアメリカと比較するとわかりやすい。現在の日本では、事業に失敗した人に「落伍者」の烙印を押して、立ち直りのチャンスを与えにくい傾向がある。しかし、アメリカでは失敗をネガティブに捉えず、失敗しても立ち直りやすい環境がある。その最大の原因は、起業の際に借金に頼るか、投資に頼るかの違いにあると考えられる。アメリカでは投資したベンチャーキャピタルによるハンズオン支援が充実しているほか、失敗した場合には投資した人もその責任を負うため、経営者だけが責められることはない。一方、日本では投資システムが未成熟なため、投資よりも融資により起業するケースが多い。借金、保証人、担保の連鎖の中で事業を展開するため、倒産した場合再挑戦がしづらくなってしまうのだ。前述の中小企業白書によると、アメリカで倒産した企業経営者が再度経営者を行っている割合は47パーセントで、日本の13パーセントに比べ約3倍以上の割合となっている。昨今の起業ブームの受け皿として、日本でも「再挑戦支援」は欠かせないものなのだ。昨年度、横浜市はこうした問題点と再挑戦へのポイントをとりまとめた「再チャレンジハンドブック」(A4判30ページ)を発行し、希望者には無料で配布している(問合せ先 TEL 045-662-6631 相談認定係)。
経営が立ち行かなくなったとき、何とか企業を存続させようと経営ではなく資金繰りに奔走するようになり、泥沼にはまるケースが多い。会社を倒産させてしまった経営者は社会的信用を失い、保証人にも迷惑をかけ、金銭的にも精神的にも過酷な状態に追い込まれてしまう。そして、資金繰りに身内や友人を巻き込んでしまうと、相談できる相手もいなくなってしまう。「だからこそ相談窓口を開設し、彼らの話しを聞いて、最適なアドバイザーにつなぐことが必要なのです。再挑戦できるということが頭の中にあれば、無理をして『債務超過』の状態で倒産させるより、借金ゼロで廃業するという選択肢をとることができると思います」と前述の渡辺氏は語る。
折りしも、5月30日には安倍官房長官が議長を務める政府の「再チャレンジ推進会議」が、再挑戦支援に関する中間報告「再チャレンジ可能な仕組みの構築」をとりまとめた。その目標は、「勝ち組、負け組」が階級として固定されない社会の実現。具体的施策の中には、事業に失敗した人が再び創業する際の資金調達支援や、個人保証に過度に依存しない融資手法の多様化を金融機関へ要請すること、再チャレンジについての相談窓口を全国に設置することなども盛り込まれている。横浜市の再挑戦支援の取組は、そうした時代のニーズにいち早く対応したものだと言えるだろう。
首相官邸 再チャレンジ推進会議5月31日に開催した「再チャレンジシンポジウム」では、ファンケル創業者の池森賢二氏が基調講演を行った。テーマは「倒産からの復活」で、波乱に満ちた自身の半生とともに、再挑戦する際のポイントを語った。池森氏は37歳で脱サラし、仲間と17人と会社を興した。しかし事業がうまくいかず、社長がノイローゼ、副社長が失踪したため池森氏が社長となったが資金繰りが苦しく、その8ヵ月後には2度目の不渡りを出して倒産してしまった。後に残ったのは、個人保証した2,400万円の借金。池森氏は兄のクリーニング店で外交員として必死に働き、2年半でその借金を完済した。その後、たった一人、資本金24万円で無添加化粧品のファンケルを創業した。クリーニング業で女性客とよく接するうち、化粧品に含まれる添加物で女性が悩んでいることを知ったのがきっかけとなった。そして過去の経験から、手形は一切出さない無借金経営で事業を拡大し、東商一部に上場、今や年商900億円の規模を誇るまでになった。
ファンケル「思いつきで事業を始めると必ず失敗します。事業を起こす前にしっかりとした経営の知識をもつことです。それは言うならば、倒産をしないための知識です。事業がうまくいかない場合にも、閉鎖の仕方というものがあります。資金繰りが苦しいなかでいろんなところに金を借りて、打ちのめされて会社を潰すのは、そのあとのことを考えていない。それは経営者として甘いと思います。私自身がそうでしたが、倒産したあと自分が立ち直れなくなってしまうし、金を貸してくれた人にも迷惑をかけるからです」(池森氏)。どうしてもダメなときには事業を潔くあきらめて、不渡りを出して倒産ではなく、会社の資産を売却することで借入金の負債を帳消しにする「廃業」の道を選ぶこと。そうすれば、そのあとはマイナスではなく、ゼロからのスタートを切れるのだ。
シンポジウムではその後、パネルディスカッション「再挑戦の条件 失敗から何を学ぶか」が行われた。コーディネーターは中小企業基盤整備機構関東支部 新連携支援プロジェクトマネージャーの柳沢剛氏。「歴史ある企業、一流企業であっても順風満帆な経営はなかなかない、難しい時代。ベンチャービジネスならなおさらで、アメリカであっても成功確率は低い。失敗から学び、再挑戦できる社会をつくるために、国の産業政策、自治体の創業支援は重要になっています」と述べ、再挑戦の経験のある各パネラーに話を振った。
中小企業基盤整備機構経営者の資質について、大山公認会計士事務所代表で、池森氏の再挑戦を支援した大山哲氏はこう語った。「企業経営するには資金繰り、キャッシュフローなど財務会計の知識は絶対に必要で、それを知らない人は経営者の資格がない。担当者のように細かいことを知っている必要はないが、大きいところで判断できることが重要です。会計士に質問するにも、すでに自分の考えや意見があり、それを確認するために質問するくらいで望んでほしい」。ドリームゲート チーフ・プロデューサーの吉田雅紀氏も、同様のことを述べた。「社長は財務、マネジメント、マーケティング、営業など、オールマイティーに知識を持っているべき。社長は、それに専念したら誰よりうまくできるけど、すべて同時にやることはできないから社員にお願いしている、というくらいの人でなくてはならないでしょう」。
大山公認会計士事務所 ドリームゲートまた、失敗からどのように学ぶべきかについても意見が交わされた。「失敗は痛みがセットになってこそ、本当の学び、宝物になる。だから他人の失敗談からはなかなか学べない。たくさんの小さな失敗をなるべく早く経験すること。そして失敗した場合、その原因は全部自分のなかにあると思うこと。自分の外に失敗の原因を求める人は同じ失敗を重ねる人です」(吉田氏)。「池森さんが『経営は科学だ。なぜなら仮説検証できるから』とおっしゃるように、小さい失敗よりもっと小さい実験をして、仮設検証することです。それには何事にも自分なりの基準値をもって、それより成果が出ないことには深くつっこまないこと。それを見極める能力と、逃げ足の速さも経営者には重要です」(大山氏)。
一度失敗した人の再起が難しい世の中では、事業に挑戦する意欲のある若い人も、起業に対して二の足を踏んでしまう。再挑戦支援への取組は、失敗を経験した経営者のみならず、これから起業を目指す人にとっても重要だ。こうした問題の改善に向け、自治体として最初の一歩を踏み出した横浜市の取組に期待していきたい。
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