横浜駅西口・ハマボウルの近くにあるビルの2階に、若年者の就労支援施設「ヤングジョブスポットよこはま」はある。ここではアテンダント(来場した人の初期対応や施設内の資源へのつなぎ役)やキャリアカウンセラーが就労に悩む若者の相談に応じたり、就職に向けたスキルアップや情報収集など、多様なプログラムを提供しており、15歳~35歳未満の人なら誰でも無料で利用できる。特筆すべきは、利用者同士が悩みを相談しあう「広場」としての機能だ。利用者で最も多い年齢層は20代後半で、就職先の労働条件や労働環境に疑問を感じたり、仕事のストレスから精神的な病気にかかってしまったりと、仕事に関する悩みを抱えた人たちが集まる。若者たちは、自分とは違う悩みを抱える人と対話することで多くのことを学んだり、自分を客観視できるようになり、次のステップへと進んでいくのだ。
ヤングジョブスポットよこはまその「ヤングジョブスポットよこはま」が、3月末で閉所することとなった。厚生労働省が「ヤングジョブスポット」の事業継続の見直しを行うことを、1月に急遽発表したのだ。突然の国からの施設廃止通達に、施設の運営者たちは困っている。利用者たちも、自分たちの「居場所」が突如なくなってしまうことに「なぜ?」と戸惑いを隠せない。
「ヤングジョブスポット」はハローワークなどと同じく厚生労働省の管轄する施設。運営主体は同省の外郭団体である独立行政法人雇用・能力開発機構。全国に14カ所あるが、「ヤングジョブスポットよこはま」はNPO法人である「楠の木学園」が委託を受けて運営を行っている珍しい施設だ。「楠の木学園」は不登校児などのためのフリースクールで、登録しているアテンダントは20代前半から70代まで、様々な職種の経験者によって構成されている。対応に柔軟性があり、年齢も人生経験も多様なアテンダントがいることが民間が運営する良さである。
楠の木学園そのため「ヤングジョブスポットよこはま」のサービスは独自性が高い。PCの講習会や就職セミナーはもちろんのこと、職場に足を運んで実際に仕事を体験したり、職業人の話を聞くフォーラムを開いたりと、毎日イベントを開催して活気に溢れている。その明るく開放的な雰囲気が若者たちの間で評判となり、東京・千葉・埼玉など他県からわざわざ通って来る人もいるという。平成15年にオープンして以来、利用者数は毎年増加しており、17年度には1万人を超えた。今では1日に50人以上、月に1,000人以上が訪れるようになり、働くことに悩む若者たちの「居場所」としてしっかりと定着している。
リクルートが横浜の若者就職難を救う?就労支援の現場から見える社会の縮図しかし1月に事情は一変した。厚生労働省は「東京・大阪の2カ所以外のヤングジョブスポットの設置・運営は平成18年度限りとし、3月31日までに撤退すること」という内容の通達を全国のヤングジョブスポットに送付したのだ。同省は施設の継続見直しの理由として、次期中期目標・中期計画の策定に伴い組織や業務の大幅な見直しが必要であること、また若年者支援施設が増えるなかで、他の施設との差別化が図れなくなってきたことを挙げている。継続する施設の条件としては、(1)事業の独立性を確保するため他の若年者支援施設(「ヤングワークプラザ」は例外とする)と同一施設内にないこと (2)平成17年度における利用者数が10,000人以上であること、としている。「ヤングジョブスポットよこはま」は(2)を達成しているが、12月に「よこはま若者サポートステーション」が同一ビル内に開設したため、(1)にひっかかってしまったのだ。
「よこはま若者サポートステーション」は、ニートやひきこもりなどの、より継続的にサポートを必要とする人の支援を目的に昨年12月に横浜市が開設した施設。本来なら厚生労働省の管轄の施設だが、横浜では現在横浜市の単独事業となっている。諸事情により国への申請が間に合わなかったためで、来年度は国に申請して委託を受けて設置するサポートステーションの形にする予定だ。市では「ヤングジョブスポットよこはま」との連携を考え、同じビルの4階に施設を設置した。両施設のスタッフが情報交換しながら若年者のサポートを進めるという狙いであり、これが功を奏し、出足も上々のようだ。しかし、これが大きな仇となってしまった。
よこはま若者サポートステーション「よこはま若者サポートステーション」の運営団体であるNPO法人ユースポート横濱は、「ヤングジョブスポットよこはま」で働くスタッフが中心になって結成したものだ。設立の経緯について、理事長の岩永牧人さんはこう語る。「ヤングジョブスポットよこはまに来る人の多くは、他人との対話を通して自分を見つめ直すことで、就労への前向きな行動がとれるようになる人たちです。しかし、最近では自分が軽度発達障害ではないかと疑い自身で悩んでいる人や仕事が原因で精神疾患などの重い病気になってしまう人が来場するケースも以前より多く見られるようになりました。そうした人は「働きたい」という気持ちになって自ら歩もうとした場合、ある程度の長期的継続的なサポートが必要なことが多く、個別にしっかりと対応しなければいけない。しかし、広場型であるヤングジョブスポットの施設とスタッフではそうしたニーズに対応しきれないため、さまざま角度からのアプローチが行えるよう新たなNPOを立ち上げました」。よこはま若者サポートステーションでは個別的継続的サポートを実践しており、1日に対応できる人数は20人が限度だという。
ユースポート横濱何年も家にひきこもっている人、他人とうまくコミュニケーションがとれなくなってしまっている人などもサービスの対象だ(家庭訪問は行っていないので、あくまで自分の足で施設まで来れる人のみ)。彼らは、まずは挨拶や人と話すことができるようになることが目標となる。それからアルバイトなど社会生活ができるように少しずつトレーニングしていく。ある程度回復したら、2階の「ヤングジョブスポットよこはま」に移り、他人とのコミュニケーションのリハビリや就労に向けた準備を行う。横浜市こども青少年局部次長の川名さんは、「青年期の就労支援だけでなく、小・中・高校生を対象にした職業体験事業なども実施し、学齢期の段階から職業について考える機会を提供していくつもりです。これは他県の『地域若者サポートステーション』にはない、横浜独自の取り組みです」と特徴について話す。問題を抱える子を持つ親にとって、こうした相談窓口ができたことは大きい。家庭に出向いてのサポートが必要なケースは、市の青少年相談センターが対応するという。
横浜では平成16年度から連絡会議を設け、横浜市、神奈川県、雇用・能力開発機構の担当者、それに各施設長らが定期的に情報交換をして施設間の連携に努めている。今回も、「ヤングジョブスポットよこはま」と相互補完の関係にある施設であるため同一ビル内に設置することを選んだのだ。このように横浜は若年者支援の取り組みが進んでいただけに、「ヤングジョブスポットよこはま」の突然の閉所について川名さんは、「非常に残念。しかし、厚生労働省の決定では、雇用・能力開発機構も逆らえないことはよくわかる。もっとよく現場を見て判断してほしかった」と複雑な心境を語った。しかも、「ヤングジョブスポット東京」は同じビル内に「ヤングハローワーク」が存在するのに、例外規定のため廃止にならなかった。これではなぜ横浜だけ2つの施設が同一ビル内にあることが問題となるのか、ますます理解に苦しむ。
横浜市 こども青少年局若年者支援施設はここ数年で急激に増えており、そこにどのような違いがあるのかは一見わかりにくい。ここでそれらを整理しておこう。まず最初の取り組みは、ハローワークの附属機関として厚生労働省が全国5カ所に設置した、学生や若者を対象に就職先の斡旋を行う「ヤングハローワーク」だ。横浜では平成13年度に「よこはまヤングワークプラザ」が開設している。続いて平成14年度には厚生労働省が具体的な求職活動を躊躇する若者を支援するための居場所として「ヤングジョブスポット」を全国14カ所に設置。横浜には15年度に「ヤングジョブスポットよこはま」が開設した。
よこはまヤングワークプラザ平成16年度からは都道府県が設置する若年者のためのワンストップサービスセンター「ジョブカフェ」の設置が始まった。横浜では、神奈川県が「かながわ若者就職支援センター」を設置している。この「ジョブカフェ」では就職先の斡旋は行っておらず、求人情報の提供、仕事の探し方、履歴書の書き方、面接での対処の仕方の指導など、就職に向けた具体的なサポートを行っており、現在46都道府県95カ所で整備されている。さらに、平成18年度からは厚生労働省がニート・ひきこもりの自立支援施設「地域若者サポートステーション」を全国25カ所に整備している。横浜には「よこはま若者サポートステーション」が開設している。これらの代表的な若年者支援施設4つが横浜駅西口に集中しているという状況だ。
ジョブカフェ・サポートセンター かながわ若者就職支援センター 地域若者サポートステーション 横浜市が若者の就業支援施設開設-保護者の相談業務も各施設のサービス内容をつぶさに見れば、それぞれ異なる機能を果たし、相互補完の関係にあることがわかる。実際、厚生労働省が昨年8月に発表した「継続事業に関する事業評価書」を見ると、他の類似事業との重複はあるとするものの、このように書かれている。「ヤングジョブスポットは、公共職業安定所の利用を躊躇するような自ら具体的な就職に向けた行動をするには至らない若者に対し、働くことについて考えてもらう機会を提供する『居場所』として整備されたものである。ヤングジョブスポット設立以降、若年者全般を対象に、地域の実情に応じた幅広い就職支援メニューを提供しているジョブカフェなど、ヤングジョブスポットとは対象や機能が異なる若者就労支援機関が設立されてきているが、ヤングジョブスポットは、これまでもそうした機関と連携し相互補完により事業を実施してきたところである」。たった4カ月でその評価は変わってしまったということなのだろうか。
厚生労働省 継続事業に関する事業評価書 フリーター等若年者のキャリア形成支援機能の強化(PDF)利用者たちは「ヤングジョブスポットよこはま」の閉所をどう思っているのだろうか。保土ヶ谷区在住の広瀬さんは、「できることならこのまま国の補助のもとで続けてほしい」と語る。広瀬さんは一昨年の10月に初めて「ヤングジョブスポットよこはま」を利用した。大学は卒業したがなかなか就職が決まらず、ハローワークから紹介を受けて利用したのがきっかけだ。PCが使えることと居心地の良さから週に何度も通った。すぐに知り合いができ、自分が抱えている悩みについていろんな人と話し合った。多種多様な経験を持つ人がいて、対話を通して社会を知り、自分のやりたいことも少しずつ見えてきたという。就職した今でも仕事が行き詰ったときには施設を訪れ、人と対話することで気分転換をしている。「他の施設では適職診断をして、『これがあなたに合う仕事』と言われ、上から決め付けられているような感じがする。ここでも適職診断はするけど、その結果を押し付けられるようなことはなく、スタッフは同じ目線で相談に乗ってくれる。マジメな人ほど悩みから抜け出せず、自分自身にプレッシャーを与えてしまうんですが、ここでは変なプレッシャーがなく、リラックスできるんです」。
過去にアテンダントとして活動していた東京都在住の堀内さんは、3年前に初めて施設を利用した。仕事が合わず、転職を繰り返していたとき、いろいろな施設を利用してみたが、役所体質のスタッフに距離感を感じた。そんなとき、スタッフが書くブログを見て興味を持った。「ヤングジョブスポットよこはま」は全体的に明るくて、気楽に行けるところが気に入ったという。「社会人になると、友人は仕事で忙しくて悩みを相談するのも難しい。ここでスタッフと話して、自分が孤独ではないことを知りました。グチが言える仲間がいることが精神的な支えとなり、次の行動へとつながっていきました」。やがて、アテンダントとしてサポートする側にも回った。来場者の話に耳を傾け、自分の経験を伝えて、いい方向に向かうように伴走していく仕事だ。ここは若者たちにとってセーフティネットのような役割を果たしていると言う。これからの活動については、「この施設がなんとか残れるよう、できることからはじめたい。また、普通に働いている人にはまだまだ知名度が低いので、マスコミに取材して知ってもらえるようにPRしていきたい」。
「ヤングジョブスポットよこはま」のスタッフを引っ張ってきた岩永さんは、「場所が小さくなってもいいから横浜で活動を続けたい」と言う。最大の課題は場所の確保と運営資金の獲得だ。「施設が社会貢献していることをアピールしてサポーター企業を獲得していきたい。また、企業のPRの場をつくり、生の情報を出していったり、ブログをつくって利用者や賛同者の声を掲載していく」。ブログには早速利用者からの声がアップされている。
ブログ NPO法人ユースポート横濱の部屋現在、「ヤングジョブスポットよこはま」には1日に約50人が訪れる。それがなくなってしまったとき、利用者たちのニーズは他の施設で吸収できるのだろうか。「50人のうち数人は自分の方向性が見えている人で、ジョブカフェやヤングハローワークに行き、比較的スムーズに就職活動ができるでしょう。また数人は社会生活が困難なほど問題を抱えている人で、新しくできた若者サポートステーションでじっくり対応できる。しかし、その中間にいる『自分探し』をしている大多数の人たちはどこへ行くのか、しっかりと見守っていく必要がある」(川名さん)。
景気の回復や団塊世代の定年退職に伴う雇用増など、若者を取り巻く労働環境は今後改善されていくかのように見える。だが、その一方で働けども働けども生活保護水準以下の収入しか得られないという「ワーキングプア」や、度重なる人減らしによる労働過重の問題など、働く人たちの環境は過酷さを増すばかり。これでは仮に職を得たとしても、若者たちにとって将来の展望など見出せようもないし、そんな彼らを取り巻く閉塞感は一朝一夕で打破されるはずもないことも事実。そんなご時世だからこそ、「ヤングジョブスポットよこはま」の存在は貴重だと思うのだが…。何とか継続へ向けて、再考を望みたいものだ。