横浜駅はJRだけでも1日の乗降客数は約80万人を数え、東急、京急、相鉄、みなとみらい、市営地下鉄の各線を合わせたそれは、約200万人に達する日本有数の巨大ターミナルである。乗降客数で見れば、首都圏では新宿駅、池袋駅、渋谷駅に次ぐ第 4の規模を誇っている。1日平均の来街者数は西口が平日約40万人、休日約32万人。東口が平日約10万人、休日約11万人となっている。また、商業規模という点でも、横浜駅周辺部は金額ベースで年間約5,300億円(西口約3,700億円、東口約1,600億円)に達し、これは首都圏では新宿、池袋に次いで第3位の集積ということになる。
JR東日本:各駅情報(横浜駅)しかし、西口の各大型商業施設の多くは建物の老朽化が進んでおり、横浜シァル、横浜エクセルホテル東急、横浜タカシマヤ、相鉄ジョイナスなどが20~30年後というスパンでは建て替えが必要なこと。東口では徒歩圏のみなとみらい中央地区66街区に、2009年には2,000人規模の日産自動車本社機能が移転してくること。今後、日本の人口が減少していく一方で経済のグローバル化が進む中、それに対応する再開発が必要な時期に来ていること。これらの理由から、「横浜駅周辺大改造計画」の協議が始まった。
横浜市都市整備局ホームページ横浜シァル 横浜エクセルホテル東急 横浜タカシマヤ 相鉄ジョイナスこの協議にあたって、横浜市では諮問機関として「づくり委員会」を設置。今年に入って既に5回の協議を重ね、12月10日開催の5回目の協議を終え、計画づくりの下地となる、中間報告が発表された。
「横浜駅周辺大改造計画づくり委員会」は、行政機関、学識経験者、地元商店会の代表者、鉄道事業者からなるメンバーで構成されている。都市計画を専門とする委員長の小林重敬・横浜国立大学大学院教授をはじめとする学識経験者では、交通関係の岸井隆幸・日本大学教授や景観関係の上山良子・長岡造形大学名誉教授など、地元協議会では横浜駅西口振興協議会の事務局より相鉄プロパティーズの紀謙一と杉原正義両常務、横浜駅東口振興協議会の事務局より横浜新都市センターの鈴木康彦・総務部長と大峰卓見・総務部次長、東日本旅客鉄道の平野邦彦・投資計画部次長をはじめとする関係鉄道事業者ら、関係行政機関からは神奈川県の木下幸夫・県土整備部河川課長など、総勢15名の委員からなっている。
地元や鉄道の意見を聞いて、ニーズにマッチした実効性ある大改造を行おうとしている姿勢が読み取れる。
それでは、「横浜駅周辺大改造計画」の狙いは何か。「中間報告は横浜の玄関口としてふさわしい、街の将来像のたたき台です。2009年度には最終的にまとめたいですね。横浜駅は横浜を代表する駅なのですが、たとえば中華街、元町、山手、みなとみらいへの観光の拠点となっているでしょうか。おみやげ物一つにしても、東京駅に比べればとても貧弱なわけです。東京を代表する名所として東京駅が出てくることはあっても、横浜を代表する名所として横浜駅は認知されていないです。そこを解決できないかと考えています」と、横浜市都市整備局の奥山勝人・都市再生推進課横浜駅周辺等担当課長は語る。ハード面のビルの建て替えのみならず、ソフト面として“横浜の玄関口”をどうデザインしていくかにポイントが置かれているのだ。
確かに、横浜駅周辺部の商業規模は首都圏第3位と言われればそのとおりなのだが、横浜を代表する商店街は、イメージ的には元町であったり、中華街であったり、伊勢佐木町であったりして、横浜駅周辺部が横浜の顔といった要素は残念ながら現状は乏しいのではないだろうか。「人ばかり多くて、シンボル的なものがないという意見が委員会では出されていますね。また、公園が少なく待ち合わせる空間がないといった指摘もありました。渋谷といえば、ハチ公前広場のような場所が欲しいですね」と奥山氏。
渋谷のハチ公像に匹敵するシンボルができれば、そこで待ち合わせて市内の各スポットに観光に出かける流れがつくられるだろう。観光案内所も、より有効に機能するに違いない。
商店街に関しては、西口では1998年に竣工した横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ以来、大型の商業施設が建っていない状況。業者が横浜駅周辺部の商業パワーを見込んで新規出店したくても、空き家がほとんどないのが実情だ。
横浜ベイシェラトンホテル&タワーズそうした点からも、再開発は必要なのである。相鉄の駅に隣接する五番街、幸栄両地区では、再開発準備組合が結成されて検討が続いているが、細い路地が入り組んだ下町的な街の界隈性の良さも捨てがたく、再開発すべきか否かは難しい問題である。しかも、これだけの巨大ターミナルであるにもかかわらず、横浜駅周辺部は映画館をはじめとする娯楽施設は、みなとみらいに押されて全般に不振である。旧相鉄ムービルの再開発も懸案の事項だ。
東口では、数年のうちに日産自動車だけではなく、富士ゼロックスのR&Dセンターなども建設されて、業務系のオフィス集積地に変貌するのが確実だ。セガの劇場やホテルを備えたエンターテイメントとオフィスの複合施設も建設される。一方では、横浜ベイクォーターをゲートウェイとするヨコハマポートサイド地区の最寄り駅ともなるので、住宅地としても発展が見込まれる。新顧客を見込んだ商業のさらなる集積が必要なことは、言うまでもない。
ヨコハマ経済新聞特集記事「オシャレな大人が集う『裏横浜』と『奥横浜』。カフェ&ダイニングが続々オープン」大改造の口火を切った形として、11月30日には、高島2丁目の万里橋南詰に、三井不動産と新日鉄都市開発が建設した、地上36階・地下 2階建ての商業(1、2階)・業務(2~6階)・住宅(7~36階)が複合した再開発ビル「ファーストプレイス横浜」が竣工した。商業施設としては食品スーパーの「文化堂」(本社・東京都品川区)を核店舗に、コンビニ「ローソン」、関内で人気の立ち飲み「コトブキヤ酒店」の高級バージョンの2号店「コトブキヤ酒店厨」や関内の「鹿児島産黒豚しゃぶしゃぶ本舗まん」の4号店などの飲食店が入居。保育園、医療施設なども設置されている。
ヨコハマ経済新聞関連記事「横浜駅東口に再開発高層ビルが完成-MM21へのアクセス向上」横浜駅周辺部の大改造のポイントとして、駅自体をどうするのかも議論しなければならないと指摘するのは、「横浜駅周辺大改造計画づくり委員会」委員長の小林重敬・横浜国立大学大学院教授だ。「東京駅も今大きく変わろうとしていますし、大阪駅も駅裏の再開発が進むとともに駅自体も再開発されようとしています。日本の都市で2番目に人口の多い横浜の玄関をどうするかは、非常に重要な問題ですが、手遅れ感がないわけでもないです」と小林教授は、日本全体が人口減少に向かうとともに、国際化も進む今後を見据え、激しさを増す都市間競争の中で危機感を隠さない。
駅を魅力的にしているのは、今や「駅ビル」や「駅ナカ」の開発である。そうした観点からは「駅前」こそ発展していても、駅が単なる電車の乗降機能にとどまっている横浜駅は明らかに遅れをとっており、川崎駅や品川駅の周辺部の再開発が進み、渋谷駅周辺部の再開発も着手された現状では、安穏としていられないということなのである。だからこそ鉄道各社の代表者も、委員に加わって討議している。
横浜駅から品川駅、渋谷駅までは電車に乗れば20分~30分で行ける近さである。川崎駅に至っては10分程度だ。2012年度には、2008年 6月開業予定の都営地下鉄副都心線と直通運転を行い、西武池袋線、東武東上線とも直通して、新宿、池袋、さらには練馬区、板橋区、埼玉県西部とのアクセスが向上する。それによって、横浜らしい情緒が味わえる、みなとみらいや元町、中華街、山下公園、山手地区などはおそらく観光客増の恩恵を受けるだろうが、横浜駅周辺地区は現状のまま変化しなければ素通りされてしまう可能性もなきにしもあらずだ。
ヨコハマ経済新聞特集記事「ハマの交通機関がますます便利に?『顧客満足度』向上競争の舞台裏」西口からザ・ダイヤモンド地下街に行くのにいったん地上に出る必要があったり、東口からポルタ地下街へはエスカレーターか階段を下りなければならない、段差のある駅構内の構造も問題だ。高齢化社会に向けて、段差を無くしたバリアフリー設計に取り組むべき時に来ている。ただし、不便だった駅の東西の連絡については、きた通路、みなみ通路、南北連絡通路が今年までに既に開通し、利便性は向上した。
横浜駅西口地下街「ザ・ダイヤモンド」小林教授は、現在のところ非常に問題があると指摘する。「最近の繁盛している商店街の傾向は、街歩きが楽しいオープンエアのストリートを核にして人が集まってきています。地下街と百貨店ばかりが発展している横浜駅周辺の商店街は、時代遅れになりつつあると言わざるを得ません」。
確かに、丸ビル、六本木ヒルズ、東京ミッドタウンのような話題性の高い東京の新しい再開発ビルの商業スペースでは、路面店のような感覚でショッピングや食事ができるように、アメニティを重視した設計がなされている。その背景には、東京で発展が目覚しい街はストリートの整備が功を奏して、路面の店舗が活況を呈している事実がある。銀座の並木通り、渋谷と原宿・表参道を結ぶキャットストリート、丸の内の仲通り、中目黒の目黒川沿いの遊歩道など枚挙に暇がない。
丸の内ビルディング 六本木ヒルズ 東京ミッドタウン横浜市内においても元町、中華街、日本大通り、馬車道などストリートの整備で街の活性化に弾みをつけた例が次々と生まれている。それに対して、横浜駅周辺部は西口、東口ともに、メインストリートに該当する通りが存在していない。西口の南側の南幸地区はドンキホーテやダイエーが面する通り、北側の鶴屋町地区は鶴屋橋が架かる通りに人の通行量が多いが、メインストリートと呼ぶには通り自体に趣がなく、並んでいる店舗もどこの駅前にもあるチェーン系ばかりが目立ち、個性に乏しい感がある。歩いてあまり魅力的な街ではないのだ。今後、どのようなプランを描いてストリートを整備していくのかが、大きな課題になっている。
Motomachi Shopping Street 横浜チャイナタウン一方の東口は、国道1号線と首都高速横羽線がすぐ前を走っているため、メインストリートが形成されにくい条件になっている。今後の対策としては中央郵便局周辺をいかに再開発していくかが、ポイントとなってくるだろう。なお、「ファーストプレイス横浜」に関しては、構想として東口からぺディストリアン(歩行者)デッキによってつなげるとともに、さらにデッキを延長して国道1号線と首都高速横羽線をまたぎ、セガ、日産方面へと橋渡しをする計画となっている。完成すればこのデッキがメインストリートの役割を果たす可能性もあり、プランニング次第では面白くなりそうだ。
街並みの整備と並行して、新田間川、帷子川など河川の整備も重要な課題である。たとえば大阪では道頓堀川の浄化を進めるとともに、水に親しむ遊歩道を設置。他の河川とも連携して、クルーズ船も就航させて絶大な観光効果を創出している。東京の日本橋地区でも、街の再開発の目玉として、日本橋川の親水公園化が真剣に討議されている。日本橋や江戸橋の頭上を通る首都高速の地下化によって、かつての景観を取り戻す構想もある。
横浜駅周辺部でも、横浜ベイクォーターまではシーバスが乗り入れているので、河川の親水公園化が進めば、シーバスがさらに市街地深くまで走る日も来るのではないだろうか。ただし、横浜駅周辺部は元来、水害に弱い面を持っており、治水対策を考慮しながら慎重にプランニングを進めなければならない。また、駅の西口と東口を結ぶ交通では、歩道はきた通路、みなみ通路が完成したので良くなったが、車で行くには現状、北側は京急神奈川駅近くの青木橋、南側は相鉄平沼橋近くの平沼橋を渡らなければならず、ずいぶんと大回りをしないとたどり着けない構造になっている。これをどう解決するかも、検討していかなければならないだろう。
こうして1つ1つ課題を挙げていくと、何もしなくても人が勝手に集まってくる横浜駅周辺部とはいえ、放置していれば衰退に向かう数多くの不安点を有しているのが理解されてくる。そこで委員会では特に、河川、道路、エリアマネージメントに関して分科会を設けて議論を続けていく方針だ。
丸の内をはじめ、東京・日本橋、渋谷、大阪駅周辺部など、数多くの街づくりにかかわってきた小林教授は、「横浜駅周辺部の地権者、事業者の大同団結が今こそ必要」と強調する。先行する成功例として、大手町・丸の内・有楽町の老朽化したオフィスビルを建て替えて、一括して再開発するプロジェクトは20年前から動き始め、三菱地所を中心に地権者約110社が共同して作成したタウンマネージメントのプランに基づいて、仲通りをメインストリートとして整備し、夜や休日にゴーストタウン化していた街を活気づけるために、ショップやレストランを誘致していった経緯がある。
三菱地所ホームページ背景には新宿、渋谷、池袋、台場などといった副都心の台頭で、丸の内の地盤沈下が進んでいた危機感があった。そうした一連の街づくり計画の集大成として、東京駅の丸の内口側には、街のシンボルとして丸ビルと新丸ビルがそびえ、八重洲口の方にもグラントウキョウのノースタワーとサウスタワーが今秋完成し、駅の両側正面にオフィス機能と商業機能を備えたツインタワーが建つ景観が出来上がった。1999年から2005年までは、年末年始にかけて、街をあげて東京ミレナリオという夜間イルミネーションの作品を見せるイベントを行っていた。現在は東京駅改修工事のために休止しているが、丸の内という街をアピールし、賑わいをつくりだす効果は大いにあったと言えよう。
横浜駅周辺部大改造は丸の内とは異なり、衰退しつつある街の再生、商業空白地帯の賑わい創出といった要素は薄いが、その一方で老朽化した幾つものビルの建て替えが迫ってきていること、多くの関係者の意思統一が必要なこと、国際化に向けて都市の玄関口としてふさわしい景観づくりが求められることなど、再開発スタート時の共通点も多い。やや極端に言えば、再開発計画の停滞や失敗は、横浜市自体の都市間競争の敗北に直結しかねない。その意味で、横浜の浮沈を決定づけるような非常に重要なプロジェクトなのである。
長浜淳之助 + ヨコハマ経済新聞編集部