お弁当のフタを開けるとほのかな湯気とともに立ち上るカレーとガーリックの香り。あるいは口の中に広がる赤ワインを使った本格的なソースと肉の柔らかさ――。従来のコンビニ弁当にはない贅沢感が話題を呼んでいるのが、スリーエフの「クラシック横濱弁当」だ。
スリーエフ 横浜・名店シェフ監修の弁当-開港150周年でスリーエフが販売(ヨコハマ経済新聞)「みんな自分がこれまでに食べたコンビニ弁当の中で、いちばん美味しいものにしよう、そうでなければ自分たちが参加する意味がない、と思って作り上げました」と語るのは、「クラシック横濱弁当」の監修に携わったメンバーの1人、関内にある仏レストラン「ストラスブール」の岡部勝義さん。この仕事に当たって、コンビニ各店を回りメンバー全員で30~40食の弁当を試食したという。
フレンチレストランStrasbourg(ストラスブール)「まず敵を知ろうということで片っ端から食べて、どんな味があるのか、どんなタイプの料理方法があるのかをリサーチしました。ふだんはあまり気にしなかったんですが、そういう目でコンビニを眺めてみると味の傾向やお弁当を買う客層、店のレイアウトなんかが見えてくるんですね。お弁当を買うお客様の8割はお店のレンジで温める。つまりレンジで温めるという火の通し方があって、初めて出来立ての感じで食べられる弁当がいいなと。そこで僕はまず、煮込み弁当のアイデアを思いついたんです」。今回、「クラシック横濱弁当」の監修に携わったメンバーは吉田町の老舗日本料理店「濱新」の三代目・山菅浩一郎さん、仏料理の「横浜元町霧笛楼」の藤本貴史さん、みなとみらいのイタリア料理店「リストランテ・アッティモ」の宮崎真治さん、それに前出ストラスブールの岡部さんの4人。メンバーは全員、横浜を代表する名店の第一線で働く30歳代の注目株。
吉田町 濱新 横浜元町霧笛楼 RISTORANTE ATTIMO(リストランテ・アッティモ)プロジェクトリーダーの山菅さんが言う。「初めにスリーエフさんから話を頂いたのが昨年の10月下旬。テーマは、横浜というブランドを前面に出した“クラシックな洋食弁当”ということでした。それから弁当工場を見学したのが11月上旬。それまで各自いろいろなアイデアを温めていたんですが、工場のシステムに関しては全員素人だったので、実際の現場を目の当たりにすると実現できないアイデアばかりで結局、調理方法も考慮して一から練り直すことになりました。それから社内プレゼン用のサンプルを10食作るまで2週間もなかったんです」。
一方、スリーエフ・マーケティング室の藤田裕允課長によれば、以前から「横浜ブランド」を活かした企画を温めていたそうだ。「これまでもサンマーメンを作ったり、地産地消ということで三浦大根を使ったり、いろいろなことを試みてきたんですが、一過性のものに終わってしまってなかなかお客様に伝わらない。やはりプロの方にお手伝いいただいて、他社の物真似ではない横浜らしい弁当を作っていきたいと考えました」。
かくして2日に一度、仕事が終わった後にそれぞれが試作品を持ち寄り、濱新の厨房で深夜のミーティングを行った。4人とも日常の業務が終了するのは、早くても10時半から11時。翌日は全員朝9時にはお昼の仕込みのため店に出なければならないが、互いに試食して意見交換しているとどうしても深夜までかかってしまう。「最初は4人が別々に3種類作っていけばいいのかな、と思っていました」と語るのはアッティモの宮崎さん。「でも、今回の企画は僕らプロの料理人のアイデアと技術で横浜ならではのクラシック弁当を作り出すということなので、それなら一つのお弁当を4人で作ろうという話にもなったんですが、一つの弁当の主菜、副菜、ご飯を4人で合作するのはなかなか難しいだろうと。最終的に2種類の弁当を作ることになり、山菅さんと岡部さんが煮込み弁当、藤本さんと自分が萬國チャップを担当することになりました」。
日仏伊の異なる料理ジャンルのコラボレーションに当初は不安を感じないわけではなかったが、試行錯誤するうちに異種コラボが面白くなってきたという。霧笛楼の藤本さんは次のように話す。「互いに技法の相性や兼ね合いがありますから。便宜上ペアを組んで仕事を進めましたが、暮れの忙しい中、ほとんどいつも4人で集まって試食しましたね。僕に関して言えば、霧笛楼は完全なフレンチではないので、山菅さんと組むと和食に近づいてしまうし、岡部さんと組むと完全なフレンチ料理の方向に進んでしまう。そこでイタリアンの宮崎さんと組みました。実際、やってみて面白かったですね。使う食材も発想も違いましたし、自分たちの店のスタイルにこだわる必要がなかったので、イタリアンやフレンチの枠にとらわれず結果的によかったと思います」。
「仏國式鶏煮込み弁当」は、フランスの三ツ星レストランなら必ずメニューにある伝統的な煮込み料理。鶏肉の柔らかさや深みのあるソースはもちろんのこと、さつまいもの甘みが絶妙な麦飯から旬の食材を使った副菜まで、プロのこだわりを感じさせる洋食弁当に仕上がっている。ところがこの弁当、実は年末ギリギリになって突然のメニュー変更で作られたものだという。「実は社内プレゼンでの煮込み弁当はビーフシチューでした。デミグラスソースではなく、本物のビーフシチューの味を多くの人に知っていただきたかったから。コストのことも考えましたけど、きっと無理だろうという考え方を最初からするのはやめようとみんなで決めて。まずは理想形を知ってもらい、それからどうするか相談すればいいということになったんです」(前出・岡部さん)。
社内プレゼンでは会社の上層部から現場の工場関係者、社内の担当者まで、関係者一同がそろって試食。藤田課長によれば、社内プレゼンでの工場担当者の第一声は「無理です」だったという。「通常は試食をして、まず味の確認をします。今回はもちろん、味に問題はない(笑)。上層部には『美味しい』『いいじゃないか』と大好評でした。でも、社内でコストを試算すると3,000円で販売しなければならないことが判明しました。何を、どのレベルで、原価をどう削れば試算は下がるのか。あるいは、これをどう調理するのか。材料はどうするのか。12月中旬には完成させないと間に合わないのに解決しなければならないことは山ほどあって、現場は青ざめました」。
「試食会の後が大変だった。みんな泣きそうだった」と語るのは山菅さん。社内プレゼンの後、4人が作ったレシピに基づいて工場で試作品を作り、今度はその味のチェックをするためにみんなで集まることになった。12月のクリスマス、宴会シーズンに向かって忙しくなる時期、納得のいくものが出来上がらずに何度も作り直しを要求するうち、時間だけが過ぎていった。最終的にどうしても岡部さんが納得できなかったのが牛肉だった。
「お肉を美味しいと感じるのは柔らかさ。だから5時間は煮込むものなんです。もちろん僕も工場のラインはわかっていますから、1時間長く煮込むとか肉の種類を変えるとか、いろいろと試してみた。工場の方には本当にギリギリまでやっていただいたんですが、お肉の食感にどうしても納得できなかった。それで覚悟を決めて、ビーフシチューを断念することを伝えました」。
ちょうど、岡部さん自身が描いた牛と豚のイラストをあしらったポスターのサンプルが出来上がった時期だった。「このポスターなかなかいいね、なんて話しながらみんなで試食していた時に岡部君が突然“凄いことを言っていいですか?”と言い出した。何かと思ったら“コレ、鶏肉にしていいですかね”と言うんですよ。12月上旬ですよ。もうポスターも出来上がっているのに大丈夫なのかって」と、濱新の山菅さんは当時を振り返る。
「どうしても納得できなかったんです。自分でこれが弁当として販売された時にどうなのかを考えてみた。結局、客観的に買うか買わないか。この値段で満足するのかしないのかだけだと思うんですよ。自分の中では駄目だった。それで同じ煮込み料理でもブルゴーニュ地方の有名な鶏肉を使ったコック・オ・ヴァンならいいんじゃないかと。自分が鶏のイラストを描くから変更させてください、とみなさんにお願いしたんです」と岡部さん。
一方、「萬国チャップ乃御弁当」は山菅さんが文献を調べて見つけた記事をもとにイメージを膨らませた。レシピはないので、完全に4人の創作料理になった。「チャップはもともとは豚の骨付き肉のこと。レンジでチンして蓋を開けると食欲をそそるように、豚肉にカレー粉をちょっとまぶして香りを出しました。トマトソースを使っていますが、イタリア料理とは全く関係なく、自分たちなりに“横浜クラシック”ということをイメージして作りました。そうしたら山菅さんが『トマトソースにたまり醤油を入れたらいいんじゃないか』とアイデアを出して、みんなで試食したら美味しかったので、最終的にたまり醤油でアレンジしたソースになりました」と、アッティモの宮崎さんは話す。
「ご飯も工夫しています。ガーリックと小松菜とベーコンが入っているんですけど、コンビニ弁当のご飯を試食して僕らが思ったのは当たりはずれがない、均一でムラがないということ。でも、ムラに旨味がある場合もあるんです。食べた時に白いご飯の部分とガーリックがあって、ベーコンがあって、小松菜があってといった具合に、どこを食べても均一ではなく、それぞれが口の中でそれぞれに感じる。そういうものにしたかった」(前出・山菅さん)。
「僕ら4人が目指す方向は同じだった。それは、これまでに食べたコンビニ弁当より絶対に美味しくしようということ。普段、コンビニで食べているものとは絶対に違うもの、コンビニには置いてないものを作ろうと。ですからソースにもこだわったし、ご飯にも香りをつける工夫をしました。ベーコンとガーリックの配分も最後まで調整したしましたしね。世代的も近いし、方向性も同じだったし、意見が割れることはなかったですね」(前出・藤本さん)。
ところで、今回の「クラシック横濱弁当」はスリーエフと「横浜ガストロノミ協議会」によるものだ。山菅さんら4人の料理人たちは、同協議会のメンバーなのである。横浜ガストロノミ協議会とは、横浜の食文化に貢献しようという食の職人のグループ。今回のクラシック弁当は、地元企業と地元の食文化を担うグループによるコラボの成功例と言えるだろう。
もともとは2005年に開催された第1回横浜フランス月間を機に、和洋中などジャンルの垣根を越えて料理人やソムリエ、バーテンダー、パン、パティシエなど食に関わる職人たちが、横浜市と一緒に横浜の食文化の活性化を図ろうと「純フランス委員会」を立ち上げたのがきっかけだった。「でも、会を存続させるためにズルズル続けるのは嫌だ、というのが最初に立ち上げたメンバーの考えだった。1ヵ月過ぎたら乾杯で解散しようという男のロマン。ですから毎年、フランス月間が終わると解散していたんです。ところが3年目を迎えて、開港150周年も近づいている。しかも2009年は、フランスのグルメの都リヨンと横浜市が姉妹都市になって50周年でもあるんです。それで昨年3月、『横浜ガストロノミ協議会』と名前を変えて2009年までとりあえず続けようという話になっています」と話すのは、霧笛楼の今平茂総料理長。
昨年はフランス月間に100社前後、新潟県中越沖地震チャリティーイベントに30社が参加した。「よく聞かれるんですが、何社が加盟しているかどうかわからないんです(笑)。プロジェクトごとにお知らせして参加を募り、有志で活動しているだけですから。僕らは最初から会を続けることが目的ではなく、食を通した横浜の地域の活性化、そのために無理なくできることをやろうということだけですね。ですから2009年以降は続けるかどうか未定です。今回のクラシック弁当のように若い30歳代の人たちが『いいですよ、俺らがやりますから』というくらいの心意気というか、まあ、そういうふうにつながっていけたらいいなと思っているんですけどね」。
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