今年で15周年を迎える「横浜・八景島シーパラダイス」(以下、八景島シーパラダイス)。海に面した八景島には水族館施設だけでなく、遊園地、ホテル、レストラン、ショッピング街などがあり、複合型アミューズメント施設として「シーパラ」の愛称でハマっ子の間でもすっかり定着した感がある。バブル崩壊に伴い、1990年代以降にオープンした水族館やテーマパークなどが軒並み苦境に陥っている中、八景島シーパラダイスは様々な企画を打ち出し安定した運営に成功している。
横浜・八景島シーパラダイス特に、今年は15周年ということもあり「15thアニバーサリー」と銘打ち、例年以上にイベントや特別企画が目白押しだ。例えば、この5月から始まった「イワシイリュージョン」では、1万5,000尾にも及ぶイワシの大群泳によるパフォーマンスが楽しめる。普段はドーナツ状を描くように泳いでいるイワシの群れが餌の与え方を工夫することによって巨大な生き物のように渦状に変化し、ライトに照らされたウロコが反射して様々な色に光る様は「イリュージョン」の名に違わず幻想的ですらある。
八景島シーパラダイスを運営する、株式会社横浜八景島営業部の増渕修・部長代理はこう話す。「企画は常にコストや利益を意識して立案していますが、アイデア自体は現場から吸い上げることが多いですね。イワシイリュージョンも、そうした現場からの発案です。実際に魚たちの世話をして、お客様の生の反応を知っている現場スタッフの声を大切にすることで、お客様により楽しんでいただける企画を発案できると考えています」。
また、展示にしても単に見映えの良さだけでなく、自然の生態系に近い状態に再現するように努めている。このイワシイリュージョンも、水槽ではイワシの他に第一次捕食者である大型のサメと第二次捕食者であるイカを混泳展示している。「捕食者の存在による緊張感から、単独展示に比べてイワシが1.5倍長生きすることがわかりました。より自然に近い状態を再現することが魚の長期飼育につながるんです」と増渕部長代理。
さらに、先ごろ横浜で行われた「アフリカ開発会議」の記念企画として開催中の「アフリカ水族館」も、そんな15周年特別企画のひとつ。アフリカに棲む水辺の生きものを通じて大自然のすばらしさや大切さを体感してもらうこの展示では、独自の生態系を今なお保持しているアフリカの珍しい生き物を目の当たりにすることができる。「横浜の観光スポットとして、地元に貢献していこうということで生まれた企画です」と話す。
八景島シーパラダイスは、西武グループを中心とする9社が設立した株式会社横浜八景島により93年5月に事業がスタート。人工島である八景島そのものは横浜市が管理する公園であり、その一部を同社が借り受ける形で運営されている。開業初年度は当時の水族館ブームの追い風もあり、約870万人の来場者数を記録したが、97年度には574万人と初めて500万人台に転落、その後しばらく400万人台が続くが、2004年度は「ドルフィンファンタジー」、昨年度は「ふれあいラグーン」など新機軸を打ち出すことによって、ここのところは毎年500万人超の入場者数をキープしている。増渕部長代理は「客層は横浜を中心とする関東圏から日帰りで訪れるカップルが中心。週末は親子連れのファミリーの姿が目立ちますね。また団体客も多いことから、ホテルなどリゾート施設の整備も行っています。また、平日は学生の遠足や社会見学で利用されることも多く、その際は施設のバックヤードを案内して、実際の仕事現場を見せるツアーも人気です」と話す。
人気のシロイルカと癒しのひとときを過ごせる空と海の水族館「ドルフィンファンタジー」、そして海の生き物たちとのふれ合いを体験できる新水族館「ふれあいラグーン」――八景島シーパラダイスに限らず、こうしたテーマパークの成功の鍵を握るのは、常に入場者を喜ばせる新機軸やイベントを打ち出すなど終わることのない努力に尽きる。その意味では、こうしたテーマパークは「永遠に完成することのない、常に発展させていかなければならない生き物のようなもの」なのだ。だが、その一方で終始一貫したブレないコンセプトもテーマパークの根幹を支えるものとして必要となってくる。八景島シーパラダイスの場合、水族館やアミューズメント施設だけでなく八景島の自然も含めて “ひとつの島”としてトータルに楽しんでもらいたい、というのが開業以来の変わらぬコンセプト。そのため、島自体への入場は無料となっている。
八景島シーパラダイスの大きな魅力は、何といっても海獣ショーだろう。登場する海獣の種類が多いことが特徴で、シロイルカをはじめとする鯨類、アシカなどのヒレ脚類、そしてケープペンギンなどの合計8種類の海獣によるショーを見ることができる。また、海面でのシロイルカとトレーナーによるパフォーマンスは国内ではここ八景島シーパラダイスでしか見ることができない。
「海獣ショーでは動物たちの意外な能力に注目して欲しいですね。ご覧になった方々は、『こんなこともできるんだ』とよく驚かれています」。そう語るのはドルフィントレーナーの福田智己さん。トレーナーになって今年で9年目の彼女は、今ではすっかりショーに欠かせない存在だ。そんな華やかなドルフィントレーナーに憧れる人も多いが、その具体的な仕事の内容についてはあまり知られていないのが実情だろう。この4月、福田さんを長期取材したドルフィントレーナーに関する書籍が出版された。タイトルは『恋人はイルカ』(マイクロマガジン社刊)。
マイクロマガジン社同書の著者で水族館プロデューサーの中村元さんは、次のように話す。「ドルフィントレーナーというのは憧れの仕事だとは思うのですが、その実態が知られていないために現実的な職業の選択肢のひとつとして考えてこられなかった。福田さんを取材することで、どうすればドルフィントレーナーになれるのか、どのような勤務内容なのか、といったようなことが明らかになったかと思います。本書を通して、読者の方々にドルフィントレーナーの仕事が身近に感じられたら幸いです」。
地球流民の海岸(中村元のHP)とはいえ、実際にドルフィントレーナーになるには、狭き門を覚悟しなければならない。現在、八景島シーパラダイスで働くトレーナーは14人。基本的には欠員が出ない限り募集はしないという。彼らの多くは水産系の高校や専門学校を経て現在に至っているが、そもそも水族館自体が減少傾向にあるため採用人員が非常に少ないのが実情だ。
そして、福田さんもそんな狭き門を経験した。「本当は高校を出てすぐにトレーナーとして働きたかったのですが、やっぱり募集を見つけられなくて……。それでも、どうしてもトレーナーになりたくて専門学校に入ったんです。専門学校を出たからといって必ず採用募集があるとは限らなかったので、先が見えず不安な時期もありましたね。でも、水族館での実習などを通じて自分の中でトレーナーになりたい気持ちがますます高まっていきました。私の性格上、たとえすぐに仕事が見つからなくても、トレーナーになれるまで挑戦し続けていたと思います」。
現在は後輩のトレーナーを教育する立場にある福田さんだが、「イルカのトレーニングよりも人の教育の方が難しいかも(笑)。それに私自身も、トレーナーとしてまだまだですから。他の水族館のトレーナーの方々の演技を見ても、そう思いますし」と話す。そんな福田さんを中村さんはこう評する。「ドルフィントレーナーの仕事には、ショーでの演技とイルカの調教という2つの面があります。調教は経験がものを言うのですが、演技はトレーナーのセンスやショーマンシップによるところが大きい。こと演技に関して言えば、福田さんはピカイチだと思いますよ。ショーマンシップもさることながら、イルカとの一体感溢れる演技が素晴らしい」。
一方、水族館プロデューサーとして中村さんの目には、八景島シーパラダイスの成功はどのように映るのだろうか。「もともと水族館というのは博物館の延長線上にあり、学術的な側面が強いものなんです。しかし、そうした中、八景島シーパラダイスは水族館の持つ学術的な側面も大切にしながらも、他の水族館に先がけてアミューズメントやレジャーの要素を打ち出したのが斬新だった。そして、入場者を飽きさせない企画を絶えず提示し続けていることが成功の要因でしょうね」。
福永フォルカ + ヨコハマ経済新聞編集部