「エレクトリカルファンタジスタ2008」を一言で言い表すならば、メディアアートや先端デザインで“少し先の未来”を体験できる展覧会ということになる。日本大通りにそびえ立つ築80年のビルを「ワンダー(驚き)」な体験ができる「アパートメント」のモデルルームにした、とも言えるこの展覧会は、「個人やグループで家電や携帯電話まで作ってしまう新しい世代のアーティストがこれからのライフスタイルを提案しつつある」という時代認識のもと、「そんなワンダーな体験を実現できる『ファンタジスタ』たちの最新のワーク」が展開されているものだ。そこで、今回は主な出展作品について若干の解説を加えながら紹介をしていきたい。
メディアアートというと、先端テクノロジーをとかく連想しがちであるが、電気を使わないメディアアートだってある。新進のインタラクションデザイナー岡田憲一が創りだす映像の世界はまさにハイテクであるが、電気を使わない。自然光をバックに光ファイバーがドットを伝達して、アニメーションを映し出す、電気を使わないディスプレイ「ピクセルファクトリー」。
テクノロジーとしてのメディアアートではない、繊細な映像美と錯覚によって感動を巻き起こす作品も新しい世代の「ファンタジスタ」の手から生まれている。その繊細なCGによって年間200本ものコマーシャル映像を手がける、新進クリエイティブ集団のWOWがその創造性をノンコマーシャルで投じた「Polar Candle」は、円錐形の鏡にのみ浮かび上がる動画のだまし絵。19世紀末、フランスのリュミエール兄弟が歴史上初めて上映した動画を目にした当時の人々の驚きと同じ新鮮さがここにはある。
SHIMURABROS.の「THE IMAGE PLAYS THE REALITY」も、そんな映像が生まれた当時のワンダーを現代に蘇らせた作品だ。リュミエール兄弟が上映した映画の汽車がカメラに向かって走り出すシーンで、当時のフランス人たちは本当に汽車が向かって来ると思い込み、スクリーンの前から逃げ出したという逸話が残っている。それほど当時の人々にとっては、「動く画」というのは衝撃的で驚きだったわけである。SHIMURABROS.は通電ガラスによって本当に迫り出す映像装置を発明、その装置の中にレントゲン写真で切り取った汽車の写真を投影、本当に汽車の中に頭を高速で突っ込んでしまったような世界を現出させてしまった。
「ファンタジスタ」たちはロボットの常識も打ち破ってしまう。エンタテイメントロボットは人型や動物型だけでない。テクノロジスト集団「チーム★ラボ」が作りだすロボット「いつも見てくれているよ♪」は、なんと無数の目玉。そのロボットのある部屋に入ると無数の目玉があなたを凝視するのだ。凝視するだけではない、この「ロボット」に近づくと、ディスプレイ上に幽霊や人魂が現れ、目玉がまるで仲間のようにこれらの霊を追う。そう、この目玉は幽霊型ロボットなのだ。
「エレクトリカルファンタジスタ」では、携帯電話で魚が釣れる。ユニークなインタラクティブ広告で世界的に知られているバスキュールが送り出した「ぎょろる」は、サイバースペースに生まれた地下湖。携帯電話のQRコードを取得して得た専用の釣竿で魚を釣るのだ。魚がヒットすると振動が伝わるリアルなこの作品、巨大ビジョン広告などがインタラクティブになる少し先の未来を現実にしたもの。
テクノロジーが身近になったことによって、大メーカーでは実現し得なかった個性的なプロダクトの姿を「ファンタジスタ」たちは送り出そうとしている。風にそよぐ光の稲穂が創りだす草原の佇まい。Xbox360のデザイナーとしても知られるムラタチアキが、大阪のものづくり企業との連携で作り出しているアートな家電シリーズ「メタフィス」の新作である「susuki」である。「suzuki」は便利に照らすための照明ではない。かすかな風でそよぐ穂とほのかに燈るLEDの実がつくるはかない光景を部屋で愛でる照明なのだ。8月1日より発売が開始される。
全く新たなところから魅力的な仕事を見せる「ファンタジスタ」も生まれている。「機械と人間とのいい関係を作り出したい」と語る松山淳一は、奈良県にアトリエを構え独学でインタラクティブなデザインを磨き続けている。鉛筆で回路を結ぶと明りが燈る照明「write-bulb」、使われなくなった思い出の鍵を収めるその鍵でしか点らないスタンド「I'm home」、花を活けることによって音空間が変わるボリューム「hana no ne」、握ることによって点灯する照明「machi akari」——そんな未知の関係を作り出す「スイッチ」によって彩られた部屋が、今回の松山の作品だ。どの作品も大学や研究所、大企業では生まれ得なかった、松山の持つやさしい気持ちが込められた作品たちだ。
「エレクトリカルファンタジスタ2008」では、テクノロジーを魅力的なものへと変えるファンタジスタとものづくり企業とのコラボレーションによるプロダクトも出展されている。そして、それはこの展覧会を主催するクリエイティブクラスターが提唱していることでもある。横浜に本社を持つ独自の音響空間でプロを魅了するメーカー田口製作所が開発した振動によって高音質な音を机などあらゆる接地面で鳴らすことができるユニットを用いて、プロダクトデザイナー倉本仁はミニマムなお盆型のスピーカーユニット「vibon」を開発した。
外部の音によって表情がめまぐるしく変わるUSBのおもちゃ「TENGU」は、ロンドンのインタラクティブデザイナーであるクリスピンジョーンズがユニークなPC周辺機器を送り出すソリッドアライアンスとの共同開発で作り出した周辺機器化したメディアアートによるプロダクト。
以上、主な出展作品についてざっと紹介してきたが、作品だけでなく展示空間にも注目していただきたい。新進の建築家・長岡勉(point)が構成した展示空間は、まさにこれらの作品とともに寛ぎ、楽しめるこれからのライフスタイルを実感できる場になっている。静かにアートと対面しなければならない堅苦しい場所ではない、作品を囲みながら突っ込みを入れたり、遊んだり、ゆっくりできる、本来のクリエイティブが置かれたい幸せな空間の中で楽しめるようになっている。
先端テクノロジーを競い合うことがメディアアートであったり先端デザインであったりするのでは、と思われることが多い昨今であるが、実はテクノロジーが我々にとって当たり前になることは、テクノロジーを使って様々な人々がワンダーな「もの」や「こと」を生み出している状況でもある。「エレクトリカルファンタジスタ2008」で、そうした状況をぜひ体感していただきたい。
岡田智博(クリエイティブクラスター理事長) + ヨコハマ経済新聞編集部