特集

寿町を舞台に新たな「アートプロジェクト」
〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉

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■アートの舞台は、高齢化・閉塞化する寿町

 寿町は、約200×300メートル四方の狭い町だ。ここに122軒のドヤ(簡易宿泊所)、部屋数にしてなんと8,685部屋が立ち並ぶ。ヤド(宿)を反対に読んで、「ドヤ」。「人間が住むところではない」と、そこに泊る日雇い労働者たちの中には、自嘲的にそう言う人もいる。簡易宿泊所の部屋の広さは約5平方メートル(3畳)が普通。眠る以外に身動きができないような広さだ。かつて日雇い労働者たちは、この狭い部屋を拠点にして横浜港湾での荷役を中心に、日本の高度成長を体力で支えてきた。しかし、近代化に伴う作業の機械化やバブルの崩壊などの影響をうけて、仕事は激減。「日雇い労働者の町」と呼ばれた活気ある寿町の面影は、今はもうない。

 現在、寿町の人口は約6,500人。2人に1人は60歳以上という超高齢化地域で、居住者のうち生活保護の受給者は80パーセントだという。最低限の暮らしを保証されても、町の住人のなかには、長い一日をあてどなく暮らしたり、寿町という閉鎖されたコミュニティのなかで、誰ともコミュニケーションをとらず、生き甲斐を見いだせない人も多いという。孤独死をする人も毎年いる。こうした閉塞感の漂う寿町の現状を、アートで打開できないかーー。そんな想いで、公務員として横浜の仕事を長く続けてきた河本一満さんは、2年間にわたる地元の人達とのネットワークづくりを経て、2008年に〈寿オルタナティブ・ネットワーク〉を有志で結成。自主財源を用意し活動助成金を得て、アートプロジェクト〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉が動きだした。

寿オルタナティブネットワーク

KOTOBUKIクリエイティブアクション

寿町で新たなアートプロジェクトが本格始動—アートツアーも(ヨコハマ経済新聞)

石川町にお好み焼き「ころんぶす」-寿町のさなぎ達・コトラボと連携(ヨコハマ経済新聞)

寿町の横浜ホステルビレッジに全室無線LAN対応の新宿泊施設(ヨコハマ経済新聞)

寿地区が「ドヤの街」から「ヤドの街」へ 地域再生を目指す「横浜ホステルビレッジ」(ヨコハマ経済新聞)

多様な人と文化が交錯する街  空港もあった中区の知られざる素顔(ヨコハマ経済新聞)

■寿町を肌で感じながら、アクションを起すアーティストたち

 2008年のコア期間までに〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉に参加したアーティストは岩井優、浦田琴恵、遠藤一郎、大巻伸嗣、川崎昌平、栗山斉、田中功起、パラモデル、平川恒太、増本泰斗、松下徹の総勢11名(敬称省略)。アーティストたちは、寿町の空気を肌で感じながら制作をした。例えば小説家の川崎昌平さんは、夏の寿町をエアコンのないドヤに泊まりこみ、町での体験を元にフィクションの小説を執筆し、美術家の増本泰斗さんは、アニメーションをリレー方式に1人1枚ずつ(1コマずつ)描きながら制作する。230枚で完成だが現在80枚ちかく集まり、今も継続して住人とコラボレーションをしながら取り組んでいる。

 未来美術家を名乗るデザイナーの遠藤一郎さんは、町の人とコミュニケーションをする場そのものを作った。その名も「未来カフェ」。雨ともなれば、びしょ濡れになるパイプ椅子と机だけの空間だが、お天気の日は青空が頭上高く広がる。カフェの店長はアーティスト仲間が日替わりでつとめ、ふらり立ち寄る町の人に、持ち寄りの紙コップでお茶をふるまった。「顔なじみになったドヤのおっちゃんも増えた」とのこと。今後も不定期にオープンをするという。グラフィックアーティストの松下徹さんは、寿町を歩きながらグラフィックで町を彩る。かつてのドヤをリノベーションしたホステル「Hostel Zen」の屋上に続くテラスの壁には、松下さんが描いた緑色の波しぶきが寿町の空に立ち向かうように舞い、寿町総合労働福祉会館の柱にも、松下さんの手による杜若(かきつばた)が町の人の自転車に囲まれるように、すっくりと咲いていた。

参加アーティストプロフィール (kotobuki creative action)

■寿町の人たちと恊働して制作した〈永遠の開拓者たち〉

 寿町総合労働福祉会館。ここは診療所、売店、銭湯や職業紹介施設と上階には市営住宅が入る9階建ての建物だ。複雑に入り組んだユニークな形をしたこの会館は、全体的に老朽化を感じさせるものの、その中庭はどこか解放的な空気が流れる。この中庭、通称「職安前広場」に立って、労働センターの壁に目をやると、上へ上へとよじ登るようなポーズをした真っ赤な人型のモチーフが、無数に貼りついているのを見つけることができる。福祉会館の灰色の壁面で、鮮やかに蠢(うごめ)くようだ。

 この作品〈永遠の開拓者たち〉の作者は、鹿児島出身の若きアーティスト浦田琴恵さん。「桜島の大正噴火の際に土地を追われた人々の姿に、過酷な労働条件のもとで働いてきた寿の住人の姿を重ねた作品」だという。浦田さんはこの作品を制作するために、2008年9月上旬から2週間、寿町に通いつめた。「ドヤ」の一室に泊り込んだこともある。そして最初は怖いと思った寿町も、間もなく愛着を感じ、町の人との交流も増えた。実際〈永遠の開拓者たち〉の制作は寿町の人たちとの恊働作業で、昔は非常に腕のよい職人だったという彼らは、浦田さんの支持にテキパキと仕事をしてくれたという。

kotoe urata home page

寿町総合労働福祉会館(財団法人 寿町勤労者福祉協会)

■町の人の様々な反応

 「アートだ」「天国に登ってるわけだ」「人間のパワーなんだ!」ーー。浦田さんたちが、福祉会館の壁に人型のモチーフを貼り付けていると、通りがかりの寿町の人も足を止めては、感想を口にする。なかには「俺にも貼らせてくれ」と参加してくる人もいたという。浦田さんは言う。「寿町のおじさんたちの感性は、本当にするどいです。私の作品を、その人なりに理解してくれる。それはもしかしたら、彼らが社会から冷たくされたり、排除されてきたからなのかもしれません」。もちろん制作の過程では、苦労もあったようで、頭上からバケツの水が降ってくるというハプニングもあったそうだ。でも、そんな時に励ましてくれたのもまた、町の人だったという。

 そんな寿町での制作について、浦田さんはこう話す。「寿町の人たちは、私がどこの大学を出て、どんな経歴なのかとか、そんなことは微塵も気にせずに作品に接してくれました。だから作っていてとても気持ちがよかったです」。しかし一方で、相手の過去を気にしないという寿町の人について、浦田さんはこうも分析する。「寿町に住む人は、口にするのも辛いほどの経験を過去にした人が多い。だから、彼らは相手の過去について聞かないし、自らの過去についても口を噤(つぐ)んでいるのかもしれません」。確かに、多くを語らない(れない)寿町の住人に対して、無理解や偏見をもつ人が多いのも事実だろう。浦田さんは「私の作品を通して、町の人たちへの偏見や無理解が少しでもなくなれば嬉しい」と話した。

■大切なのは、町の人に楽しんでもらうこと

 同じ勤労者福祉協会の中庭で、大巻伸嗣さんは〈Memorial Rebirth〉というパフォーマンスを行なった。〈横浜トリエンナーレ2008〉にも参加したこの作品は、大量のシャボン玉を飛ばすことで、その空間を変えるというもの。約50体もあるシャボン玉マシーンから、泡のように立ち上がるシャボン玉を、目を輝かせながら追いかける子供たち。その姿を、炊き出しのために並んでいた寿町の大人たちが眺める。眺めるだけでは飽き足らず、実際に参加して作者に話かける人もいたという。シャボン玉を泡立たせることでその場所の記憶を蘇らせ、もう一度その土地を起こしたい、という大巻さんの想いのとおりに、シャボン玉でRebirth(再び命を吹き込んで蘇らせる意)したかのように輝く寿町の空間に、町の未来を垣間みた人もいたのではないだろうか。

 アートユニット《パラモデル》は、「種(たね)」を起点にしてプラレール(青いプラスチックのレールを用いた、タカラトミーの子供向け鉄道模型玩具)をつなぎ、参加者と大きな地上絵を描くというワークショップを行なった。参加対象となったのは寿福祉センター保育所に通う4~5歳の子供たち。子供たちは中庭のアスファルト上にレールを自由につないで、とても楽しんだ様子だ。そんな子供達の姿を中二階の手すりに体を預けるようにして、じっと眺める寿の大人たちの姿が印象的。彼らも眺めることで、子供たちと一緒にプラレールを繋げているのかもしれない。ディレクターとして現場のプロジェクトを支えるアートプロデューサーの橋本誠さんはこう話す。「大切なのは、アーティストがマイペースに活動することと同時に、町の人にも楽しんでもらうことです。どちらの意味でも大成功だったと思います」。

Shinji Ohmaki.net

■〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉は、芸術にとっても重要なチャレンジ

 2008年の活動初年度を終えた〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉。アートツアーに参加した東京藝術大学の熊倉純子准教授は、今回のプロジェクトの意義についてこう語る。「〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉の活動は、地域社会のみならず、芸術にとっても非常に重要なチャレンジだと感じました。20世紀は、19世紀に誕生した文化施設が全盛を迎えた時代で、劇場やコンサートホールや美術館が市民の暮らしと芸術の主な接点でした。21世紀は、文化施設には縁遠いような人々の暮らしと芸術がどう関わっていけるのかが大きな課題。世界の各地で、芸術による社会包摂(ほうせつ)的な運動が注目を浴びる昨今ですが、横浜でも若い表現者たちの活動が寿町に暮らす人々にとって、新たなエネルギーとなってくれるのではないかと期待しています」。

 現在、プロジェクトはディレクター橋本誠さんの呼びかけにより、写真家で冒険家の石川直樹さんなど、参加アーティストの広がりを見せている。石川さんは寿町のさまざまな「ドヤ」に滞在しながら、体験記を月刊誌に1年間連載する予定だ。また、寿町周辺地区でのアーティストの活動を目的とした滞在支援システムづくりにも力を入れるという。現在、オルタナティブスタジオを整備し、アーティストの田中功起さんがアトリエとして活用しているが、さらにスタジオや「ドヤ」体験型のアーティストレジデンスが整備されることになる。

熊倉純子(東京藝術大学)

NAOKI ISHIKAWA WEB SITE

■プロジェクトは10年計画

 総合プロデューサーの河本一満さんは、今後の活動についてこう語る。「住人たちとじっくりコミュニケーションをしながら、活動を進めていきたいです。私たちの活動は、外から大勢のお客さんが来て頂ければ成功という話ではなく、あくまで寿の町と住人にとって良い結果が生まれなければ、成功とは言えませんから」。寿町に住む人のなかには、外部から訪れる人を嫌がったり怖がる人もいるという。そういう人を追いやらないためにも、一気に上から変えるようなやり方ではなく、町の人とのつながりを模索しながら、そのプロセスを緩やかにプロジェクトに反映していくことが大切ということだ。「今は、アートツアーという形をとっていますが、いずれは参加者が個人で寿町の地図を片手にアート作品を体験できればいい。でも、それは10年くらい先の話。今は、寿町の住人に受け入れてもらうことですね」と将来のビジョンを話す河本さんの言葉からは、寿町にじっくりと身を投じる意気込みが伝わってきた。

 狭い「ドヤ」の一室で、一日を過ごす人も多いという寿町。そのような人が、アーティストたちの生み出すアクションによって、町との繋がりや、人との繋がりと感じ、「自分も町の主人公」と感じることができたら素晴らしい。そこから生まれる町の人の活力こそが、寿町を変えていくのだろう。寿町の今と並走するようにゆっくりと舵をとる〈KOTOBUKIクリエイティブアクション〉。今後も長い目で注目していきたい。

 大谷薫子 + ヨコハマ経済新聞編集部

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