特集

Linuxの開発コミュニティーが生み出す「編集価値」
「コラボレーションの力で」ソフトウエアを開発
~パシフィコ横浜で「LinuxCon Japan 2011」~

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■Linuxとは? ~コミュニティが生み出す「編集価値」~

 6月1日から6月3日の3日間、パシフィコ横浜で、世界各国から技術者が集まるLinux(リナックス)の国際カンファレンス「LinuxCon Japan 2011」が開催される。

 TV、携帯電話、デジタルカメラ、そしてインターネットを通じて利用できる検索エンジンやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)など、普段、生活の中で接している電気製品やインターネットサービスの多くに導入されているソフトウエアが「Linux」だ。このLinuxが全世界に及ぼす経済的な価値は、2年以内に500億ドル (約5兆円) におよぶと予想されている。

 これだけ多くの実績を持つLinuxというソフトウエアは、実はボランティアの活動を通じて、生み出された。そして、そのボランティアを中心とした開発者コミュニティの活動を通じて今もなお、拡大と進化を続けている。

 Linuxは、コンピューターの歴史上、いまだかつてない多くの人々の共同作業によってつくりだされたシステム。このLinuxは、開発したプログラムがオープンに公開され、誰からも「占有」されていない。それ故に、Linuxのプラットホームを進歩させるためには、世界のいろいろな組織の方々の協力・援助が必要だという。

 Linux の普及、保護、標準化を進めるための活動をしている「The Linux Foundation」の日本のオフィスは、中区山下町にある。日本においてLinuxに関するプロモーションや情報発信、企業とのコラボレーションを支援している同団体のディレクターの福安徳晃氏に、Linuxの歴史や現在の状況について話を伺った。

■はじまりはフィンランドの学生の一通のメールから

 1991年、当時フィンランドの大学生だったLinus Torvalds(リーナス・トーバルズ)氏のある1つのメールにより、この歴史的製品が初めて世に出た。その学生はそのソフトウエアの根幹部分をオンラインに開放し、オンラインを通じて開発者に共同開発を促した。そのソフトウエアは後にLinuxと名付けられ、オンラインを通じてその思想に賛同したボランティアのエンジニア達の手で、コミュニティを通じた開発が進む事になる。

 コンピューターについての専門的な知識を持ち、その知識を利用して技術的な課題をクリアする「ハッカー」と呼ばれる技術者たちは、このLinuxの可能性に注目し、各国で多くの開発プロジェクトやコミュニティが誕生した。

 そして、2000年初頭から、このLinuxの質の高さに注目した企業が続々とそのコミュニティに自社のエンジニアを参画させ、その開発は一気に進んでいく。

 今年はLinux生誕20周年という事で、そのLinuxの歴史を伝える動画がつくられた。この動画では、リーナス氏が送ったメール、増え続ける機能そしてプログラム、Linuxが市場に旋風を巻き起こし、世界に変革をもたらしてきた歴史が説明されている。

■コミュニティが災害支援のために出来る事

LinuxCon Japan 2011

 6月1日から6月3日の3日にかけて、パシフィコ横浜にて、世界各国から技術者が集まるLinuxの国際カンファレンス「LinuxCon Japan 2011」が開催される。

 講演者ラインナップには、Linuxの創設者のリーナス氏のほか、さまざまなオープンソースプロジェクトのリーダーなどが含まれている。

 実は、3月11日の東日本大震災による影響で、外国からの著名人の来日がキャンセルとなったりして、福安氏は一時、カンファレンスの開催を躊躇したという。しかし、いろいろと考えた結果、「当カンファレンスの開催により、日本を勇気づける事が出来るかもしれない」と開催するに至ったという。

 そうして考えた末に至ったテーマが、「災害時におけるコラボレーションの力 The Power of Collaboration」で、本編の前日の31日に参加費無料の公開フォーラムを開催することになった。

Linux Foundationが災害時のIT開発と協働をテーマにフォーラム(ヨコハマ経済新聞)

■地震発生から7時間で作られた被災情報提供サービス

sinsai.info 東日本大震災 | みんなで作る復興支援プラットホーム

 Linuxカンファレンスに先だって、5月31日に開催されるこのフォーラムの冒頭で、福安氏がこの「コラボレーションの力」をテーマに話しをする。フォーラムは「技術者たちの協力的活動がどのように社会に貢献できるか、特に、危機や災害時にいかにして人々を支援できるかについて、問題意識を高めるもの」と福安氏は語る。

 3月11日に発生した未曾有の災害となった東日本大震災の支援には、ソーシャルメディア、オープンソースソフトウエアを活用した情報サービスを開発する情報ボランティアたちが、大変なスピードで支援活動を開始し、有益な情報提供に寄与したことが注目された。今回のフォーラムでは、技術者たちの取り組みが紹介される。

 震災地における被災情報を地図上にひもづけて表示する「sinsai.info(シンサイ・インフォ)」は、東日本大震災が起こってすぐプロジェクトが始動した。WEBサイトは、OpenStreetMap JapanとOpenStreetMap Foundation Japanというコミュニティにより、地震発生から数時間後という非常に短時間のうちに立ち上げられたという。OSMファウンデーションジャパン代表理事の三浦広志氏が「みんなで作る震災復興プラットホームSinsai.infoとNextステージ」と題した講演で活動内容を紹介する。

180 また、「sinsai.info」のベースとなったクライシス・マッピングシステム「ushahidi(ウシャヒディ)」のリーダーであるパトリック・メイヤー氏も来日する。「ushahidi」はスワヒリ語で「証言・目撃者」という意味がある。いまや各地の民主化運動に使われている汎用的な地図情報プラットホームとなったこのシステムでは、ハイチ地震(2010年1月)の際、2カ月で約3,000の情報がライブマップ上に提供されたという。今回は、ハイチのほか、エジプトからリビア、日本での事例から「WEB上の地図が世界を変え、社会を変革していく」ことの可能性について語る。

sinsai.info 東日本大震災 | みんなで作る復興支援プラットホーム

Ushahidi

■なぜ災害時におけるコラボレーションをテーマに選んだのか?

 「東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい」。IT開発者のこうした声をもとに誕生したプロジェクトが「Hack For Japan」だ。

 「震災復興のためのアイデア立案→開発→リリース・PR」という流れを、ボランティアたちが行っている「Hack For Japan」は、震災直後の3月19日から21日に、インターネットを駆使して全国規模で開催されたサービスやアプリケーションのアイデアを集めて、短期間で開発する「アイデアソン」「ハッカソン」としてスタート。開発者の力を結集して復興に少しでも実際に役立つサービスを利用してもらいたいという思いを形にするべく立ち上げられた。

 福安氏は「Linuxは今年で20周年。企業活動ではなく、ボランティアによるコミュニティを通じた活動を通じて、質の高い製品を生み出し、持続的に進化させていける事を世に提示した。上記のような活動は、そういったコミュニティ活動の成功例を文化として継承したものだと考えている。今回の講演を通じて、災害時におけるコラボレーションについて、何かしらヒントが得られるとよいと思う」と話す。

 このカンファレンスは、オンライン上のLinux開発コミュニティに、いきなり参加するには抵抗のある技術者が、まずはコミュニティの関係者とつながりを作る、というところを開催の一つの目的としている。「災害時におけるコラボレーションの力 The Power of Collaboration」に関しては、たとえ技術者でなくとも興味深いテーマだ。

Hack For Japan

LinuxCon Japan 2011 Open Forum ~ 災害時におけるコラボレーションの力 The Power of Collaboration ~

LinuxCon Japan 2011

■コミュニティの成果物がビジネスに貢献し、コミュニティに還元される

コミュニティの成果物がビジネスに貢献し、コミュニティに還元される

 ボランティアによるコミュニティが質の高い製品・サービスを生み出す仕組みとはどういったものなのだろうか?

 「現在のLinuxコミュニティのうち80%は、実は企業に所属するエンジニアで構成されています。なぜかというと、コミュニティはコミュニティのやりたい事を実現するために動くため、企業がああしろこうしろとコントロールする事は不可能なのです。なので、企業は企業のやりたい事を実現するために、自ら開発者をコミュニティに参画させます」。

 「こうやって、企業とコミュニティがコラボレーションする事で、コミュニティの活動の結果が質の高い製品として表れ、その製品が企業のビジネスに貢献する。その貢献を企業がコミュニティに還元する。そういう流れが自然と拡大してきています」と福安氏は語る。

 Linuxでは、20年に渡って「企業によるコミュニティへの還元」と「コミュニティの成果によるビジネスへの貢献」のサイクルが回り続けている。誰もが自由に利用でき、その開発にコミットする優秀なプログラマーたちがいることに加えて、営利企業と連携する戦略があるために、このLinuxコミュニティは継続的に価値を生み出すことができているのだろう。

 「『Linuxは還元と貢献の仕組みから成り立っている』というところを、企業の方に理解してもらうことは、実はまだまだ大変なのです」と福安氏は笑う。

 本来、ボランティアやコミュニティは企業活動の外に置かれる事が多い。しかし、Linuxコミュニティのように、コミュニティと企業が、互いを尊重しつつコラボレーションする事で、より大きな成果を生み出せる事が証明されている。

I'll be celebrating 20 years of Linux with
The Linux Foundation!

 コンピューターのプログラムの世界だけでなく、さまざまな分野において、才能を持つ個人やグループが、金銭だけでない目的を持って取り組む活動により生み出される「価値」を、社会に役立てていくための仕組みや仕掛けを考える上で、Linuxのエコシステムの事例を掘り下げてみてみることは役に立つ。

 企業の活動とボランタリーな活動。この双方のダイナミックな活動から編みだされる新しい「価値」は、社会にとって今後ますます重要な役割を果たしていくだろう。

 6月1日から6月3日、横浜で開催される国際カンファレンス「LinuxCon Japan 2011」での出会いと気づきから始まる、新しい動きに期待したい。

Linux Foundation

井形信 + ヨコハマ経済新聞編集部

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