特集

「ホテルから横浜が見える」~よこはま 本への旅~
ツブヤ大学BooK学科ヨコハマ講座:3限目
「横浜の時を旅する」-作家の山崎洋子さんをお迎えして

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■春風社初の横浜本「横浜の時を旅する-ホテルニューグランドの魔法」

三浦 春風社は横浜で創業し13年目を迎えます。以前から横浜に関する本を出版したいとは考えていましたが、なかなか機会がありませんでした。今回山崎さんの「横浜の時を旅する-ホテルニューグランドの魔法」を春風社から出版することが出来て、とても嬉しく思っています。何回も読ませて頂いて、非常に横浜への愛に満ちている本だと感じます。まずプロローグで「私が横浜を直に見たのは、中学2年の春でした」と書いておられますね。

山崎 はい。私は京都府の宮津市、日本海の海辺で生まれ育ちました。修学旅行で東京・横浜を訪れたのですが、覚えているのは山下公園のことだけ。あとは全部忘れてしまいました。

三浦 「ここが本当に横浜なんだ。大人になったら必ずここへ戻ってこよう。来るんじゃなくて、戻ってくる。なぜなら、横浜こそわたしの住むべき場所なんだから……そう決めました」と書かれていますね。

 田舎の子どもだったので、日本一ハイカラな街・横浜への憧れがもの凄く強かったのです。ただ実際に住むようになると、憧憬が強すぎて、元町など敷居が高く感じました。この本で取り上げたホテルニューグランドも、行きたくて仕方がないけれど、まだ私のような者が入ってはいけないという気持ちがあったので、今回本が出版出来て夢のような気持ちです。

 私は昭和22年生まれの団塊の世代で、幼い頃はまだ戦争の余波が残り、日本全体が貧乏でした。その頃図書館で読んだアガサ・クリスティなどの翻訳本から見えてくる外国の光景は、高級ホテルや豪華客船など「こんなものが存在するのか」と驚くような、自分の身の回りには無いものばかりでした。そうした憧れの外国に通じるところが、日本では横浜なのだ、というイメージが非常に強かったのです。

春風社

ホテルニューグランド

「横浜の時を旅する-ホテルニューグランドの魔法」(春風社)

■横浜は3回焼けた

三浦 前回ゲストでいらした装丁家の矢萩多聞さんがデザインを手がけたこの本の表紙は、ニューグランドのロビーの窓ですね。

山崎 ニューグランドには私の好きなものがいっぱいありますが、「時の気配」が感じられるところが一番好きです。特に旧館ロビーは、2階に位置しているからか人気が少ないのですが、横浜家具を始めとする美しい装飾が施された静謐な空間となっています。

三浦 ホテルニューグランドが出来たのは1927年、昭和2年のことですね。知っている人は知っているかと思いますが、関東大震災からの復興を期して建てられたホテルだったと。

山崎 そうなんです。ご存じない方も多いと思いますが、まずニューグランドの目の前の山下公園は、関東大震災の瓦礫を埋めてつくられた日本初の海浜公園でした。関東大震災は大正12年のことですよね。

三浦 大正12年、1923年ですね。

山崎 昨年3月11日の東日本大震災のように、焼け跡と瓦礫で横浜が埋め尽くされました。横浜は日本一の貿易港だったので、外国人向けの大きなホテルがないと貿易が出来ず困ります。このままでは取引相手を神戸に全部取られてしまうという危機感から、まず外国人向けの立派なホテルを造って、横浜が依然として貿易港であることをアピールする必要があったのです。

 横浜はこの大震災から復興を遂げますが、太平洋戦争の空襲でもまた焼けてしまいます。それよりも前、1859年に横浜が開港してから7年後に、今は横浜公園となっている場所にあった大きな遊郭から火が出て大火事となったこともありました。だから横浜は近代で3回も中心地が壊滅状態となったのです。ドラマチックでミステリアスな場所なのだ、と思いますね。

Tamonolog(矢萩多聞ブログ)

横浜開港資料館

■ニューグランドに秘められた小説のような「時の気配」

三浦 この本を読ませて頂いて感じたのが、登場する人物のエピソードがまるで小説みたいだということです。「ええっ、そんなことがあるんだ」と思うことがいくつも取り上げられていて非常に面白いので、是非お読み頂きたいと思うのですが、少しだけお話し頂いてもいいですか。

山崎 今回ニューグランドに取材をさせて頂いている中で、古いスタッフの方々から「ベッセルさん」という名前がよく出てきました。「そういえばベッセルさんというロシアの老婦人が住んでおられましたね」と。多分30年間くらい住んでいたらしいというのですが、特に詳しいスタッフはほとんどお亡くなりになっていて、この方については分からないことが多いのです。

 ただ、本当は飼ってはいけない犬を飼っていたとか、初めから日本に長期滞在するつもりではなく、ロシア革命で国外亡命したロシア貴族だったとか…取材を続ける中で、彼女が100歳以上も生きて大変ドラマチックな人生を送られたことが分かってきました。なんと実は上智大学から先生として迎えられ、学生運動が華やかなりし頃はニューグランドの旧館ロビーで授業をしていたこともあったそうです。

 あとは有名なのがマッカーサー。終戦後厚木基地に降り立って、そのまままっすぐニューグランドに向かったのですが、実はマッカーサーはこの時が初めてではなかった。新婚旅行で1度、戦前にホテルニューグランドに宿泊していたことがあったのです。今でもニューグランドにはマッカーサーズスイートというお部屋があります。

 また、横浜を代表する作家の大佛(おさらぎ)次郎さんは、ニューグランドの一室を仕事部屋として利用していました。有名な「鞍馬天狗」を手がけた方で、明治初期の横浜を舞台にした「霧笛」というサスペンスも、ニューグランドで泊まって執筆されたものです。

 あとはチャップリンやベーブ・ルースといった有名人も宿泊しています。しかし、戦後米軍が高級将校の宿泊施設としてニューグランドを接収したため、色々なものが持っていかれて記録が残っていない部分がある。だから横浜の歴史というのはドラマチックなばかりではなくて、非常にミステリアスなのです。

三浦 GHQの布告に絡んだ日本の命運をかけた一夜が、このニューグランドで繰り広げられたという逸話も面白いですよね。あと私がほろっとさせられたのは、太田さんの話です。

 太田さんはニューグランドのバー、「シーガーディアン?」のバーテンダーです。シーガーディアンではマティーニが有名なのですが、このマティーニをめぐって、とても幸せなマティーニを思い出と、とても悲しいマティーニを作った思い出、両方聞かせて頂いたので書きました。ニューグランド全体が船を模した造りになっているそうなのですが、あのバーに行くと本当に人が入ってきては出て行くという、人のドラマがありますよね。

大佛次郎記念館NEWS

ホテルニューグランド バー シーガーディアン?

■横浜のことをもっと知りたい、知ってもらいたい

三浦 この本をどういう風に読んでもらいたいですか。

山崎 まず横浜の人に読んでもらいたいな、と思います。横浜はイメージが勝ってしまっている街で、みんな「横浜は新しいことと古いことが混在していて素敵よね」などとおっしゃるのですが、新しいことは「みなとみらい」などすぐ挙げられるのですが、古いことはなかなか出てこない。やはり3回も中心部が焼けていて、古いものが残っていないことが大きな原因となっているようです。横浜が大好きな私からすると、こんなにスリリングな歴史があることが知られていないことが悔しくて、知ってもらいたくてこの本を書きました。

 ホテルニューグランドだけでなく、元町、中華街の成り立ち、横浜三塔や知られざるハッピースポットなどについても触れているので、是非読んでその場所を訪れて探して欲しいと思います。

みなとみらい21公式ウェブサイト

横浜元町ショッピングストリート

横浜中華街

 横浜を愛する山崎洋子さんの取材で浮かび上がる、ホテルニューグランドを中心とした横浜の秘められた歴史は、既に知っている歴史的事実や現在と深く関わっていて、横浜の奥深さをより感じさせるお話となっています。会場に参加していた小学4年生の女の子からは「山崎洋子さんが幼い頃よく読んでいた本は何ですか」「作家になろうと思ったのはいつですか」という質問が寄せられるなど、会場は盛り上がりを見せました。

 次回1月27日20時からの「ツブヤ大学BooK学科ヨコハマ講座4限目」は、伊勢佐木町の古書店「伊勢佐木書林」を2011年末に閉じた飯田明彦さんをお迎えしてUstream中継を行います。聞き手は今回と同じく、三浦衛さんです。

ツブヤ大学

伊勢佐木書林(春風社:よもやま日記)

山崎洋子(やまざき・ようこ)
1947年、京都府宮津市生まれ。神奈川県立新城高等学校を卒業、コピーライター、児童読物作家、脚本家などを経て、1986年、『花園の迷宮』で第32回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。横浜を舞台にした著作が多く、芝居の脚本・演出も手掛ける。2010年、地域放送文化賞(NHK主催)受賞。

阿久津李枝+ ヨコハマ経済新聞編集部

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