――今年1月には「バイバイ作戦」10周年記念式典が行われました。あのように節目に情報発信することにはどのような狙いがあったのでしょうか。
端的にいうと、このバイバイ作戦はまだ終わっていないということをアピールしておきたかった。当時を体験されている方はかなり大変な思いをされたようですが、僕も後からこの街に来ましたし、地域の方も周りで応援してくださってる方も世代交代してきています。過去の取り組みを忘れないようにしようということと、この活動がまだ終わっていないということを、自分たち自身、あるいは周囲のみなさんに対しても、再度確認をしようということでした。地域と行政と警察が、もう一度ちゃんと足並みをそろえてこれからもやっていくことを再確認する機会だったと思います。
――パトロールは今も定期的に続けられているんですよね。
はい。最近は人数も増える傾向にあります。普段は曜日関係なく毎月27日にやっていますが、9月はちょうど日曜だったこともあって、小学校に声をかけて、町内会やPTAの方にも親子で参加していただきました。黄金町から日ノ出サクアス辺りまでぐるっと、4~50分歩きますね。
――続けていて変化はありますか。
変化というよりも、歩いてみて相変わらずゴミが多いなと。一頃のようにドサっと突然積み上がっているというようなことはなくなってきましたが、長年の習慣というかそういう場所だったんでしょう。
最近はアーティストや黄金町バザールのサポーターさんも参加するようになって、幅が広がりました。情報交換の目的もあって、警察の人とも、最近どうだ、とか、歩きながらいろんな話をするんですよ。そういう機会にもなっているので、月に一回街を歩くというのは、非常に意義はあるなと思っています。
黄金町で違法飲食店一斉摘発「バイバイ作戦」10周年記念式典-防犯パトロールも(ヨコハマ経済新聞)
――今年は芸術選奨も受賞されましたが、これまでの活動に関する周囲からの評価や反応にはどのようなものがありますか。
NPOがスタートしたころから比べると、かなり意見が多様化してきてる気がします。ほとんど人も来ないようなところで突然黄金町バザールが始まって、最初は周囲の雰囲気とのギャップも大きかったんですが、今は黄金町バザールが毎年開催されることが、ある意味当たり前ものとしてみられるようになってきて、そうなると今度はNPOの活動に対してもいろいろな意見が出てくるようになりました。特に最近は、このエリアに関わる人達がかなり多様化してきている感じがしますね。以前は初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会を中心に、とりあえずこの違法飲食店をなんとかしたいという人たちの意思が一番強く現れていましたが、それがある程度治安の問題が一段落したという意識とともに、それで次はどうしようかという意見が、いろんな形で出てきています。
協議会はもともと地域の集まりだったんですが、最近はだんだん、川を活用しているグループや、PTAの人たち、京急、警察、行政も含めていろんな人たちが意見や報告を持ち寄る場のようになってきています。その中で、我々NPOとしては、イベントの運営やアーティストの誘致、レジデンス施設の運営管理により特化してやっていけたらと思っています。
黄金町バザールディレクターの山野真悟さんが芸術選奨受賞(ヨコハマ経済新聞)
――レジデンスプログラムはこれまで長期的な人は自動更新でしたが、今年から一年で区切られていますね。
レジデンスプログラムをやることは私が来る前から決まっていましたが、最初はどうやってアーティストを定着させるかということが優先され、実際に定着する人たちも出てきました。しかしそれだけだと目的を持った滞在としての意識が薄れ、このエリアにアーティストがいるんだという存在感がなくなっていくと思いました。短期的に来る人や、海外から来る人は特に、なんらかの成果を上げて帰らないといけないわけですが、そういう人たちが密度の高い仕事をして、長くいる人たちを刺激するということが実際起こっているようなので、来年もそういう形にしようかなと考えています。
本来黄金町のレジデンスは主に”これからの人たち”を集めて、成長の過程でアトリエを使ってもらって、やがて卒業していってもらえればというプログラムでしたが、”これからの人たち”って、言い替えればまだ食えてない人たちということで、伸び悩んでいるケースが多いんですね。そういう人たちだけだと難しいというのがだんだん分かってきたので、最近は知名度があったり、キャリアがある人を織り交ぜるという方向へ軌道修正しています。
去年は会田誠君が半年くらいいたんですが、そんなにほかのアーティストと直接顔を合わせるわけではなくても、それなりに影響がありました。フランシス真悟君も、とにかく毎日仕事しますよね、ああいう人たちって。専業のアーティストはこういうふうにやるんだっていうのを見るだけでも、良い刺激になると思います。
――長期レジデンスに参加している小説家の阿川大樹さんが黄金町のまちづくりを描いた小説も発表され、舞台化もされました。こういったレジデンスの形は、想定されていましたか。
想定していませんでした。確かに一人ぐらいいても面白いかなと思いました。
――小説には山野さんがモデルとみられる人物も登場しますが、どこまでが本当なのでしょうか。
私の場合は性格はあんまり似てないなと思いました。モデルと全く一緒っていう人もいますよ。誰かと誰かを混ぜて作ったみたいな人もいますし。
――登場シーンでは襲われていましたね。
半分本当というか、あれに近い話はありました。
黄金町の再生描く小説「横浜黄金町パフィー通り」-作家・阿川大樹さん(ヨコハマ経済新聞)
小説「横浜黄金町パフィー通り」を舞台化 地元アーティストと演劇人が連携(ヨコハマ経済新聞)
BankARTで舞台「横浜黄金町パフィー通り」 アートの町・普通の町への変遷描く(ヨコハマ経済新聞)
――今年の見どころを教えてください。
昨年はヨコハマトリエンナーレの年でもあったので、キュレーターを招いて、かなりコンセプトを重視した展覧会を作るという趣向でしたが、今年はまちプロジェクトもあって、もうちょっと折衷的な作り方をしています。アーティストをまず集めてみて、その結果どういう見え方をするかというのを、後付け的にスタッフと一緒に考えました。素材や見せ方、メディアのバランスは、結果的に多様になりましたね。
また、昨年のキュレーターの原万希子さんは理解を超えるものということに対する関心があったので、一見捉えどころのない謎めいた作品もあったと思いますが、それに比べると今年は、アーティストの説明なしでもなんとなく分かる、ある意味”黄金町入門"のような、分かりやすい展覧会になっているんじゃないかと思っています。規模としてもコンパクトで、おそらく2時間もあれば、映像作品を全部見ても3時間くらいで、全て見て回れるくらいです。
毎回来ている人にとっては、面白い作品だけ見に来るというよりは、街の雰囲気を見に来るというか、以前との違いとか、思いっきり狭い路地を見つけるとか、街歩きの手段になっていると思います。
2008年の一回目の黄金町バザールでは、田中千智さんが地域の人たちのポートレートを描いて展示していたんです。その後彼女は有名になり、今回横浜市民ギャラリーで個展をやることになりました。それに合わせてもう一回地域のお店にお願いして、その作品を展示しています。もう閉店されているところもあるので数は減っていますが、2008年からずっと展示していたところも何軒かあるんですよ。
「黄金町バザール2014」開催-アジアの文化拠点としての横浜を発信(ヨコハマ経済新聞)
「黄金町バザール2015」開幕へ 摘発時そのままの「ちょんの間」限定公開も(ヨコハマ経済新聞)
横浜市民ギャラリーで画家・田中千智さん大規模個展 黄金町バザールと連携(ヨコハマ経済新聞)
――「まちプロジェクト」のリノベーションコンペ「まちにくわえる」は、どのような経緯で、このタイミングで開催されたのでしょうか。
NPOができた当初は、横浜市がものすごい勢いでいわゆる違法飲食店を借り上げていったんですが、この一年程は止まっていて、増えていません。当初目標は100軒ぐらいだったんですけど、現在は約70軒で、まだ市が借りられていない物件がだいたい100軒程残っているので、多数派にはなっていません。借り上げ後に所有者が代替わりしたので返却し、更地やコインパーキングになった場所もあります。
今回コンペの対象となった物件は、これまで改修する機会がなかったり、ちょっと使い勝手が悪かったりしたところですね。水道が出ないとか、元がすごく安い造りで、湿気が多くてカビがすごかったりとか。建物の造りがあまり良くないと、使いにくいところがどうしてもあるんですよ。普通の建物に比べると、やはり相当レベルが低いものが多く、それをどうやって使うかを工夫し、手を入れて使えるようにするわけです。これも展示が終わったら貸し出しをしていくので、稼働率はこれまでより上がると思います。
マンションが増えて、街の歴史にあまり関係のない、新しい住民も来ていると思います。街の造りが変だなとは思われるでしょうけど、聞いてみたら、あ、なるほど、という感じでしょうね。ただ先ほど言ったように、市が借りていない物件が約100軒あるというのは、違法飲食店街の復活の可能性はゼロじゃないというか、全くなくなったわけじゃないですね。借りやすい、持ち主が見つけやすいものは借り尽くしてしまったので、NPOが管理する施設がこれ以上増える見込みはもう薄いというところまできてしまっているんです。
どうやったら現在ある物件を減らさずに維持できるか、というのが次の課題でしょう。
齊藤真菜+ヨコハマ経済新聞編集部