横浜美術館で開催中の写真家・石内都さんの展覧会『石内 都 肌理(きめ)と写真』。1979年に《Apartment》で女性写真家として初めて第4回木村伊兵衛写真賞を受賞し、2014年にはアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりである石内さんの、国内8年ぶりの大規模個展だ。
本展は、個展『絶唱、横須賀ストーリー』で写真家としての実質的なデビューを果たしてから2017年で40年を迎えた石内さんの、初期から未発表作にいたる約240点を展示。住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内さんの世界を紹介する。
横浜美術館学芸員の日比野民蓉さんに、展覧会の見どころや、石内さんの作品の楽しみ方を伺った。
――本展の開催の経緯を教えてください。
横浜は日本の写真興隆期における一大拠点であったと言われています。その地にある当館は写真作品に力を入れ、重点的に収集するなど、写真という媒体自体を大事にしてきたたということが前提にあります。
その中で、石内さんを選んだ理由は大きく3つあります。
一つは当館では現代写真作家のうち、女性作家の個展を開催していなかったこと。
もう一つは、当館館長の逢坂(恵理子さん)と石内さんの強い関係性です。以前、逢坂が水戸芸術館で芸術監督を務め、1997年に開催したグループ展『水戸アニュアル'97 しなやかな共生』において、当時、写真はニューメディアであり美術界とは溝がありましたが、「石内さんの作品は美術における文脈としてきちんと位置付けられるものだ」と石内さんをグループ展に誘いました。石内さんも「あのグループ展で逢坂さんに声をかけていただいたから、美術の文脈に写真を発表していくことが自然になった」と話すように、お互いが共感し合い、親交を深めたことが、今展が生まれた最初のきっかけになったかと思います。
そして、何よりも、石内さんが長らく横浜にアトリエを構えて作品を制作していること。当館は、地域と調和し、これから何を考えていけるかを大切にしているので、横浜という場所と関係の深い石内さんは、まさに当館で個展を開催すべき作家であったといえます。
横浜美術館で石内都さんが国内8年ぶりの大規模個展 横浜写した初展示作品も(ヨコハマ経済新聞)
《金沢八景》1975-76年 ©Ishiuchi Miyako
――本展はモノクロ写真も多く展示されていますね。
最近では、メキシコの画家、フリーダ・カーロの遺品を撮影したシリーズや、広島平和記念資料館に寄贈されたワンピース、制服、眼鏡など、被爆者の遺品を被写体とした《ひろしま》など、石内さんの近作が非常に注目を集めています。そのため、「石内さんの作品=カラー写真」という印象を持つ方もたくさんおられますが、本展の最初の章は、ほぼ全て横浜で撮られたモノクロの写真で構成されています。今でこそカラー写真を撮られていますが、初期はモノクロだけで撮影されていました。本展の「横浜」の章に展示されているモノクロ作品は全て石内さん自らがプリントされたものです。
そして、本展のタイトル『肌理(きめ)と写真』は、いろいろな意味を持ち合わせていますが、モノクロ写真の粒子も肌理(きめ)というキーワードには込められています。石内さんの原点にあった、観る者に迫ってくるようなモノクロ写真の粒々の表現をじっくりご覧いただきたいです。
《Mother's》2000-2005年 ©Ishiuchi Miyako
――今回、作品名や制作年などが記される「キャプション」がなかったのですが、その意図を教えてください。
キャプションは作品を理解するうえで重要になることも多々ありますが、石内さんの「作品だけを見て欲しい」という考えを尊重し、文字を見ることではなく、イメージを見てもらう展示方法を選びました。作品名などはお配りしている作品リストでご確認いただけます。
――セクションごとに、ピンクやブルーなど、壁紙が変わる展示方法も印象的でした。
展示空間を作る際に、石内さんは「作品を身体的に捉えてほしい」と何度も話していました。ブルーやピンクの壁のほか、高さ7メートルにおよぶ展示室の壁を銀色にすることにより、作品をより体感的に捉える機会となり、展示室の空間でしかできない体験をしていただけると思います。
――最後に、この展覧会を通して、どのようなことを伝えたいですか?
石内さんの作品は、「フリーダ・カーロの遺品」「母親の遺品」「個人の身体に負った傷」など、ものすごく個人的なものを対象としながらも、その裏には、どれも通底して大きな社会的テーマが潜んでいます。個人の問題を起点にしながらも、最終的には大きな存在を訴えるような作品が並びますので、見た方がそれぞれに新しい発見をしてほしいですね。
石内さんが正式にデビューする前の1975年~1976年に撮影され、展覧会には初出品となる《金沢八景》シリーズや、関東大震災後に山下町に建てられた高級アパート「互楽荘(ごらくそう)」、戦後、本牧の接収地に建設された米軍居住施設「ベイサイド・コート」を撮影したシリーズなど、横浜を舞台にした作品も多く展示しています。現在の横浜と照らし合わせながら、ご覧いただくと、より楽しめると思います。
《Apartment》1977-78年 ©Ishiuchi Miyako
(船寄洋之+ヨコハマ経済新聞編集部)
「石内 都 肌理と写真」
日時:2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)
開場時間:10:00~18:00
(3月1日は16時、3月3日は20時30分まで開館。入館は閉館の30分前まで)
会場:横浜美術館 (横浜市西区みなとみらい3-4-1)
チケット(当日)は、一般=1,500円、大学・高校生=900円、中学生=600円、小学生以下無料