ルート検索からチケット予約・決済まで可能なサービス「my route」の横浜版が始まった。なぜ始まり、何ができるのか。本稿では成り立ちと活用方法をまとめてみよう。
横浜エリアでのmy routeサービス連携イメージ
今、横浜都心臨海部に多彩な交通手段が充実してきている。2019年4月に運行を開始した2階席に屋根がなく開放的な「オープントップバス」、2020年7月運行開始の全長18メートルの大型路線ハイブリッド連節バス路線「BAYSIDE BLUE」、桜木町駅から汽車道沿いに建設中の「ロープウェー」。
横浜市都市整備局作成リーフレットより
これらは、それぞれ単独の動きではなく、横浜市が2015(平成27)年に策定した「横浜市都心臨海部再生マスタープラン」に基づく施策「まちを楽しむ多彩な交通の充実」による。移動自体が楽しく感じられるような多彩な交通サービスの導入を進めていくことを目的とし、市が民間から都心臨海部の回遊性を高めるための多彩な交通提案を募集し、応募があった11件のうち9法人等の提案について協議を進めてきた。
都心臨海部の回遊性を高めるための多彩な交通提案が応募された(2018年2月9日横浜市記者発表資料より)
実施に当たっては官民連携の形で、整備と運営等にかかる費用は提案者である民間法人等が負担し、市は実現に際し必要な関係各所との調整を行うなどの支援をしている。
多彩な交通のひとつ、連節バス「BAYSIDE BLUE」で「動くガンダム」の展示施設「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」にアクセス (→記事リンク)
選定された9件の「多彩な交通提案」の中には、新規の交通機関を立ち上げるもののほか、これらの移動手段を使いこなすことで「歩行者の利便性や回遊性を高める新たなサービス」も含まれていた。
モビリティサービスの導入により、楽しく快適な移動体験を提供
いわゆるMaaS(マース=サービスとしてのモビリティMobility as a serviceの略)を実現するもので、神奈川トヨタ自動車と横浜トヨペットを幹事会社とする「神奈川県オールトヨタ販売店」が提案、7月22日、スマートフォン向けマルチモーダルモビリティサービス「my route(マイ ルート)」として、横浜都心臨海部で提供を開始した。
「my route」を簡単にいうと「あらゆる移動手段を含めた最適なルート検索」から「予約・決済」まで、アプリ上で一括で行うことができるようになるというもの。
新しい移動手段にも対応
ここで実際の画面を見てみよう。「my route」を利用するには、まずスマートフォンで無料アプリをインストールする。
スマートフォンのアプリ「my route」を検索してインストール
操作性は、路線検索アプリより地図アプリに近く、乗車駅と下車駅ではなく、出発地点と到着地点を指定する。
発着地のほか、移動人数も指定できる
特筆すべきは選択可能な移動手段の豊富さと、どの移動手段を使うと最適なのかをアプリが選んでくれる点にある。
my routeの検索条件オプション
例えばGoogle Mapでは「車、公共交通機関(電車バス等)、徒歩、タクシー、飛行機」のいずれの手段をユーザが検索時に選択し、それに対する結果がでる。これに対し「my route」ではルート検索条件で16のオプションをあらかじめ設定しておくと、それらすべてを組み合わせた結果のうち最善の案から順に表示される。
レンタカーやサイクルシェア、水上交通などを使ったルートも検索結果に
my routeの基本機能「全国の公共交通機関を含めたルート検索機能」と「予約決済機能」に加えて、横浜ならではの交通サービスや観光情報とも連携している。
横浜版独自の機能が多数
my routeで実現できることは検索だけにとどまらない。一部の移動手段では「予約と決済」もアプリ上で可能になっている。現状でマイルートならではのサービスで、特に便利なのは以下の2点だろう。
1.一日乗車券「みなとぶらりチケット」のデジタル化
2.「ベイバイク」の予約がアプリ上で完結し、事前登録も不要に
みなとぶらりチケットは、市営バス(横浜~元町・港の見える丘公園、三溪園)と市営地下鉄ブルーライン(横浜駅~伊勢佐木長者町駅)が一日乗り放題になる券。料金は大人500円、小児250円。3回以上の乗車でお得になるが、さらにチケットの提示で提携店からさまざまなサービスも受けられる。
中華街から赤レンガ倉庫まで乗り換え無しの「あかいくつ」バスも乗り放題
サービスの中には、中華街の「聘珍樓 横濱本店」で「レストラン10%割引」や、「翠鳳 本店」で「料理合計6,000円以上の方は、2,160円相当の紹興酒1本プレゼント」など、乗車以外のサービスだけで券面代金以上のメリットになるものもある。
ただしこのチケット、これまでは市営地下鉄の駅や一部のバスの中など、購入できる場所が限られていた。みなとみらい線で元町・中華街に着いてから「あ!そういえば」と思い出しても購入が難しかったが、my routeを使えば食事前にデジタル版「みなとぶらりチケット」を購入し、その後バスで移動するというような旅の在り方も可能になる。
「みなとぶらりチケット」デジタル版は、24時間どこでもキャッシュレスでの購入が可能
2点目は、横浜市内の81カ所(2019年3月31日時点)のポートを持つ電動アシスト付き自転車のレンタルサービス「ベイバイク」。30分162円からと短時間の利用が可能で、貸し出しポートと返却ポートが異なっても大丈夫なため、移動途中で組み込むと効率よく移動できる。
これまでは事前のユーザ登録が必要で、初めての利用者にとっては「あ!使いたい」と思ってから利用可能になるまでに少々時間が必要だった。my routeを使うと事前登録は不要で、ルート案内に出てきた「ベイバイク」をクリックするだけで、そのまま予約に進むことができる。
24時間利用可能なベイバイク
これらは、my routeならではの機能なため、ぜひ試したい。そのほか、MOVアプリとの連携によりタクシーの予約もでき、JAPAN TAXIはmy routeで決済可能となっている。
ここまでユーザーサイドからみた「my route」サービスをひも解いてきたが、制作側の視点で見ると、いくつか興味深い点がある。
株式会社アットヨコハマでmy routeアプリのカスタマイズを手掛けたメンバー。
後列左から、近藤篤志さん、大段能人さん、仁科勝久さん、前列左から、佐々木尉佳さん、文藏秀之さん。
横浜エリアでの「my route」サービスの運営主体は「株式会社アットヨコハマ」で、同社は神奈川トヨタ自動車を中核としたKTグループ、横浜トヨペットを中核としたWeinsグループを主な株主として設立されており、一言でいうと「トヨタ系」が手掛けたサービス。ところが株式会社日産カーレンタルソリューションの「日産レンタカー」や「e-シェアモビ」と連携しており、いわば「トヨタ」と「日産」が手をとった形となっている。
レンタカーはトヨタも日産も予約可能。
「『乗らない』と断られる覚悟で日産に声を掛けたら、『乗ります』と言われて驚きました」と開発チーム
また、アットヨコハマのチームは、MaaSアプリを「自動車販売店が主導するメリット」があると話す。ひとつは「ある交通事業者が実行したら同業他社が参加しづらいが、交通事業者でない立場でやることで、多くの交通事業者に声を掛けることができた」こと。鉄道は県内だけで完結しないJR以外の全事業者に声を掛けた。技術的な面で協力にいたらなかった事業者も趣旨には賛同をしてくれた。
「開発・運営に費用が掛かることなので『こんなことをしたかったけど、本当にやるのか』とよく驚かれました」
そしてもうひとつは「サービスとしてのモビリティ(MaaS)」の選択肢に「自家用車」を残したいという、自動車販売店だからこその胸のうちがある。「MaaS」は「クルマ」ではなく「移動」が主眼だ。そのため「情報通信技術を活用して自家用車以外の移動をシームレスにつなぐ」というようにMaaSの定義からマイカーが外されることもある。
だが、my routeではマイカー利用案の提示に加え、移動先での駐車上の予約サービス「akippa」との連動もしており、車での移動をした場合は近隣の駐車上予約ページにすぐ進むことができる。移動の選択肢として「(マイカーを含めた)クルマ」を利用した場合の利便性を高めている。
「トヨタがMaaSアプリを手掛けるのは、自家用車を消さないためなんだろうな」
自動車販売業界が右肩あがりではなくなってきた時代に、モビリティサービスに誰が踏み出すか、いつ踏み出すか。「トヨタがやらなくては」というタイミングと、横浜市が多彩な交通提案を募集した時期がぴったり重なって実現したMaaSアプリ「my route」。
移動をサービスのひとつとして捉えるMaaS、移動の「目的地」が決まれば「アプリの出番」だが、my routeでは「移動手段」の検索だけでなく「移動の目的」を決める参考になる、街の情報も提供している。
「どこか」に行きたい時に便利な「スポット」や「イベント」の検索
今後は、商店街などと協力して、イベントや観光情報など「移動したくなる」情報の提供にも更に力を入れていく予定。ゆくゆくは「my routeから生まれたニーズをあぶり出し、独自のフリーパスを作りたい」という夢もあるという。
自動車販売店を本業とするトヨタの販売店が運用している移動サービスアプリ、担当者は 2019年 9 月から約 10 カ月かけ横浜エリアでのカスタマイズ開発の日々を振り返って「車は作ってリコールしたらえらいこと。ソフトウェアはみんなで指摘しあってより良くしていける。それがいいところですね」と話す。
まずは無料サービスとしてのスタートを切った。収益構造がどうできるかは、今後の課題となる。この先に向けての考えを聞くと「まずmy routeを使って、街をよく知ってもらえる。そして『横浜っていい街だね、引っ越そうか、車買おうか』・・・それから『そういえばmy routeってトヨタだったよね』ってそんな未来に繋がっていったらいいですね」と笑った。
「横浜をいろいろなモビリティに乗れる街として楽しんでもらいたい」
まだまだこれから発展していく余地のあるmy routeアプリ。一見「路線検索サービス」に代わるもののように見えるが、どちらかというと「ガイドブックが便利に進化した」として捉えるのも考え方としてはいいように思った。街の情報から行き先を決めて、ルートの案内と予約までがその場でできる。今のところ、現在位置からリアルタイムでのリルートはしないので、地図アプリなど他のアプリも併用した方がよい面もあるが、移動計画をたてながら即座に「予約ができる」便利さはぜひ使いこなしたい。
「街を楽しむ」ことが「移動を楽しむ」こと。そして「移動を楽しむ」と街がもっと楽しくなる。MaaSは移動サービスを通じた「街づくり」でもあるかもしれない。