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コロナ禍で加速した若者の「生きづらさ」解消のためのメタバース拠点「MeeTaa」とは? 横浜市大・宮﨑教授に聞く

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 近年、若者の「生きづらさ」が大きな社会問題になっている。10~30代の死因では自殺が一番多く、抑うつ、適応障害などの精神的不調に悩まされる若者も多い。15~34歳の死因順位の1位が自殺となっているのは、G7の中で日本のみだ。

 そんな中、横浜市立大学を代表とした産官学の共創プロジェクトが、若者の心をケアするメタバース上の拠点構築に取り組んでいる。プロジェクトのリーダーを務める横浜市立大学の宮﨑智之医学群教授に話を聞いた。

ケアとつながりを提供するメタバース拠点「MeeTaa」の概要

 プロジェクトが構築しようとしているメタバース(※)上の拠点「MeeTaa(ミーター)」では、生きづらさを感じる若者に対し、気軽に相談できる場所や心の不調改善に役立つコンテンツを提供する。

メタバースとは……インターネット上に作られた仮想空間の総称。利用者は自身の分身である「アバター」の姿で仮想空間上に入り、同時に接続している相手とのコミュニケーションやサービスの利用を行う。

2023年3月21日に行われたキックオフイベントの様子。中央が宮﨑教授。
2023年3月21日に行われたキックオフイベントの様子。中央が宮﨑教授。

 直接顔を合わせずに診療や相談ができる「メタバース診療所」は、年内には試験運用(臨床試験)を始める予定。また生きづらさを感じる若者をメインユーザーに見据え、仲間とのコミュニケーションを通してつながりを生む仕組みや、心を上向かせるデジタルケアコンテンツとしてゲーム、コミック、音楽、アートなどを提供するメタバースを構築する予定だ。

 メタバース上にプラットフォームをつくることで、PCやスマートフォンがあればどこからでもアクセスでき、アバターを用いて利用の心理的障壁を低くする狙いがある。


 編集部  
若者の心をケアするプラットフォームを作ろうと考えたきっかけは何だったんですか?

宮﨑教授  
10数年医学部の学生を受け持ってきた中で、学力はあるはずなのに単位を落としてしまう学生がいることに気が付きました。大学受験でバーンアウトしてしまい、新しいものを勉強したいと思う意欲が低いように思います。

大学卒業後のキャリアプランについても同様です。バラエティ豊かなキャリアプランが目の前に開けているはずなのに、あまり貪欲に求めにいかない。そもそも、自分のキャリアを自分で作っていくという発想がないようなのです。

 編集部  
なぜ、学生の意欲が低くなってしまうとお考えですか?

宮﨑教授  
おそらく、自己効力感(※)を持つためのプログラムが初等教育に不足しているからではないでしょうか。

テストの点数と偏差値が高いことは評価されても、「絵が上手い」「歌が上手い」など他の才能があっても評価されない。むしろ勉強には邪魔だと言われることもある。だから彼らは、単一軸でしか自分を評価できず、自分のいろいろな良さを押し殺してしまっているんです。
自己効力感とは……目標を達成するための能力を自分が持っていると感じること。

海外では、「自分の適正は何か」「自分の強みは何か」を考えることを小さい頃から学びます。適性や強みを加点として考えるんですね。日本の教育は減点方式なので、それも自己効力感が低い原因の一つではないかと思っています。

 編集部  
自己効力感を高め、「自分はできる」と思えることが、一歩踏み出すのに大切なんですね。

宮﨑教授  
そのためにも、若い人達が自分の適性や強みを考え、自己効力感を身に付けられる場を作らなければいけません。その「場」として「MeeTaa」を作ろうと考えました。

教育カリキュラムはすぐに変わるものではありませんから、まずは心を大事にして自分を見つめるという文化を育むハブとして「MeeTaa」を作り、そこに企業や行政、大学がさまざまなコンテンツやサービスを提供する。それがバズって、文化が広がっていく。

そのムーブメントの起爆剤になりたいですね。

次々発生する課題に対処できる「心の回復力」獲得を目指す

若者が直面する心の課題は多種多様で、コロナ禍のような環境変化によって常に新しい課題が発生する。個々の課題に対して環境整備をするには時間がかかり、「今」助けを必要とする人にすぐ手を差し伸べられない。

そこで「MeeTaa」プロジェクトでは、困難を乗り越える心の回復力(レジリエンス)を獲得してもらうことをコンセプトとしている。


 編集部  
「MeeTaa」を通して、ユーザーの心にどんな変化を期待していますか?

宮﨑教授  
ウェルビーイングを構成する5つの要素「PERMA(Positive Emotions、Engagement、Relationships、Meaning、Accomplishments)」を調査したデータでは、日本人は20代に入ったところで指標が急激に落ち込み、そのまま定年まで低いまま推移し、定年を迎えた途端に回復するんですよ。

それをフラット、もしくは右肩上がりにするのが、1番分かりやすい目指すべきビジョンです。

 編集部  
人生のキャリアの大半を、ウェルビーイング指標が低い状態で過ごしているんですね。

宮﨑教授  
内閣府による「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成30年度)」では、「自分自身に満足している」と回答した日本の若者の割合が約45%だったのに対し、アメリカの若者は80%以上でした。

「自分には長所がある」と回答した割合は、日本の若者が約60%、アメリカの若者は90%以上でした。これらの数値もアメリカ並みに上げていきたいですね。

産官学民の連携で、2028年の社会実装を目指す

 「MeeTaa」の開発を行う「若者の生きづらさを解消し高いウェルビーイングを実現するメタケアシティ共創拠点」プロジェクトは、国立研究開発法人科学技術振興機構が公募する令和4年度「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」共創分野本格型に採択されている。同プログラムは、大学等が中心となって未来のありたい社会像を策定し、その実現に向けた研究開発を推進する産学連携プログラムで、令和2年度より公募を始めた。

 プロジェクトは、横浜市立大学、神奈川大学、神奈川県立保健福祉大学、金沢工業大学、滋賀医科大学、中央大学、横浜国立大学、講談社、村田製作所、ベネッセコーポレーション、住友ファーマなどの企業や、神奈川県と横浜市が連携する研究グループで推進する。

 現在は、心の不調を早期発見するための指標開発や心の回復を促すコンテンツの研究を行っている。効果測定システムの構築やPoC(概念実証)を経て、2028年頃の社会実装を目指す。


 編集部  
産官学の共創プロジェクトにおいて、それぞれの役割はどのようになる想定ですか?

宮﨑教授  
文化を根付かせるには、さまざまな仕組みや仕掛けが必要です。行政や企業が単体でプロジェクトを実施しても、それは単発で終わってしまいます。企業同士ではコンフリクト(衝突、対立)が発生することもあります。

そこで、大学が触媒として間に入ることで、各ステークホルダーが上手く連携してプロダクト開発やプロモーションを行っていけるのではないかと考えています。

横浜市からは「行政だけではなく、大学や企業が(プロジェクトに)入ることで市民も動きやすい」という声をいただいています。産官学に市民の声を加えて、「産官学民」が一体となって大きなムーブメントにしていきたいですね。

 編集部  
大学の研究で土台を作り、その上に各企業のコンテンツやプロダクトを乗せていくイメージですね。

宮﨑教授  
そうですね。プロダクトを持っているのは主に企業さんなので、我々はそのユースケースを作ったり、必要に応じて企業間の連携をサポートしたり、実装のフィールドを提供するというスタンスです。

 編集部  
今進んでいる研究や取り組みにはどのようなものがありますか?

宮﨑教授  
直接顔を合わせずに診療や相談ができる「メタバース診療所」は、夏頃には実際の患者さんに来てもらって、正しく診察ができるかの検証を目的とした試験を行えるよう申請中です。

メタバース上に学校を作る計画も、年内には試験運用を始める予定です。メタバース上であれば全国どこからでも、家から出なくても通えます。教員や心理士も場所を問わず、短時間だけでも働くことができるので、例えば配偶者の転勤で地方に引っ越したため離職したケースなど、眠っている労働力も活用できると考えています。

 編集部  
心の不調改善に役立つコンテンツの方はいかがですか?

宮﨑教授  
いくつか効果検証へ向けて申請中のものがあります。検証によってその中から有効なものが見つかってくるでしょう。

心の不調を早期に検出するための「心を見える化するプロジェクト」も今年の秋頃に開始を予定しています。1万人以上の若者を対象に心理アンケートを縦断的に行い、心の不調を早期に検出できる質問項目を絞り込むものです。

このプロジェクトはNHK「シチズンラボ」とも連動しています。

メッセージ ~「あなたはあなたでいい」と言える未来へ~

宮﨑教授100%に近い若者が今の自分に満足し、自分には長所があると思ってくれる未来を、2、30年後に実現するのが一番大きなビジョンです。そのためには、単一軸での評価ではなく、それぞれが自分の考えに基づいてきちっと人生を全うしていくという文化を根付かせなくてはなりません。

横浜という都市は、文化的にかなり成熟して、多様な価値観を受け入れる下地があります。横浜で受け入れられなければ、他の都市に持って行っても受け入れられないでしょう。ですから、まず横浜からこの文化を広めていければと考えています。

自分と違う価値観を認め合う共生社会を実現し、大人が若い人達に対して「あなたはあなたでいいからね」とちゃんと言える、そして若い人達も「自分は自分でいいんだ」と恥ずかしがらずに言える、それが普通になる未来をご期待ください。

Minds1020Lab(マインズ テントゥエンティ ラボ)
https://minds1020lab.yokohama

<プロフィール>
宮﨑 智之(みやざき ともゆき)
公立大学法人横浜市立大学 研究・産学連携推進センター 拠点事業推進部門 部門長・教授 学長補佐。「JST共創の場形成支援プログラム」プロジェクトリーダー。
2004年横浜市立大学医学部を卒業。横浜市立大学附属病院や藤沢市民病院での勤務を経て、2012年に医学博士号を取得。横浜市立大学医学部で研究を開始。世界に先駆けてAMPA受容体認識PET薬剤の開発に成功し、精神・神経疾患のメカニズム解明等に資する研究を展開する。


文・聞き手:ヨコハマ経済新聞編集部 内島美佳

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