国道16号線沿いの東急東横線(横浜~桜木町駅)の廃線跡の高架下を活用した期間限定のスタジオ・アトリエ「R16 studio」(横浜市西区桜木町7)で、現代美術家・渡辺篤さんが主催する「アイムヒア プロジェクト」が、展覧会「同じ月を見た日」を2月28日から開催している。
「同じ月を見た日」は、2020年4月7日、緊急事態宣言の夜に始動。スマートフォンにつける小型の望遠鏡型のレンズを無償配布し、コロナ禍で孤立した人や、日常的に孤立をしている人たちとともに、月の観察・撮影を続けてきた。
会場には背の高さを超す大きな月が浮かぶ。月の満ち欠けを15分間に凝縮し、クレーターまでよく見える月の映像は、渡辺さん一人の撮影ではなく、50人を超える人たちが約半年間撮影した約1,000枚の月の写真の中から、月齢順に約70枚の写真を用いてインスタレーションとして制作した。引きこもりや主婦、シングルマザー、写真家など、さまざまな属性の人の参加があった。
隣の空間には、672枚の月の写真を撮影日順に並べた屏風と、球体ライトが並ぶ。球体ライトは、展覧会場外にいる人が、スマートリモコンのシステムでスイッチを入れることで輝く。遠く離れた場所にいる誰かが、家にいながらにして会場の明かりをともすことで「ここにいない誰かのことを思うこと」というコンセプトが可視化されている。中にはフランスなど海外からスイッチを押す人もいる。
渡辺さんは東京芸術大学の大学院を2009年に卒業後、自らも半年以上自室に引きこもった経験を持つ。ある日、自分以上に傷つき悩んでいた母の姿に気付き、部屋から外へと踏み出した。「重要な姿勢は『ここにいない誰かのことを思うこと』。あなたが月を見上げている時、別の場所で他の誰かが同じ月を見ている」と渡辺さんは言う。
「コロナウイルスは世界中で深刻な爪痕を残してきたが、一方では大気汚染や光害の劇的な改善ももたらし、人類に対し、光と陰を生み出した。夜空の月もまた、コロナ(太陽)による光と陰で人々にその姿を見せている存在」とも。
展示は「ここにいない他者を想起する作品群」で構成。コロナ禍の作品展示にあたり、会場はスタジオの壁面を取り去ることで、人が密になる閉鎖性をなくした。また会場と隣接する国道16号線の対岸からの鑑賞も想定し、コロナ禍における新たな作品鑑賞方法も提案している。
開館時間は17時~21時。展示会期は3月21日まで。うち2月28日~3月5日は公開制作。水曜休館。
渡辺さんは2020年9月に「福祉と融合した新たなアートプロジェクトの担い手として国内外の注目を集める横浜出身の現代美術家」として横浜文化賞の文化・芸術奨励賞を受賞。市内の創造界隈拠点のみならず、イギリス、ベルギーや韓国などでも精力的に作品を発表するなど、活動の場を世界に拡げている。