全国に先駆けて神奈川県をユビキタス社会にすることを目的に平成16年7月に設立された「u-Kanagawa推進協議会(以後u-K協)」のキックオフシンポジウムが、10月12日に産業貿易センタービル9階の「横浜シンポジア」で開催された。u-K協はユビキタス社会到来に対応したIT環境を神奈川県内に整備するための調査研究・提言を行うとともに、地域の課題解決や産業の再生・活性化に結びつくプロジェクトに取り組むことにより、「神奈川力」の増強に寄与するとともに、全国に先駆けて神奈川県をユビキタス社会にすることを目的としている。
総務省が主導するIT化への取り組みは、「わが国が5年以内に世界最先端のIT国家になる」という目標を掲げて2001年にスタートした「e-Japan戦略」から「u-Japan(ユビキタスネット・ジャパン)」へと移行しつつある。総務省はユビキタスネットワークを実現させるメリットとして「新たな産業やビジネス・マーケットの創出」「安心できる社会生活の実現」「障害者・高齢者等の社会参加の促進」「環境問題への対応」を掲げ、8月27日に日本のユビキタス社会化の実現を目指す「平成17年度 重点施策」を発表した。u-Japanの実現については、IPv6によるユビキタスネットワーク基盤技術などのネットワークインフラの開発に290億円、高齢者・障害者などにおけるデジタルデバイドの是正に160億円計上し積極的に取り組んでいく意向を示した。このような国側の動きもあり、「かながわマルチメディア産業推進協議会(KM協)」、「かながわIT産業推進協議会(IT協)」の活動を引き継いで設立されたu-K協は、全国に先駆けて神奈川県をユビキタス社会にするべく、新組織スタートのキックオフシンポジウムを開催する運びとなった。
e-Japan重点計画 - 2004 ユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談会 平成17年度 総務省 重点施策u-K協の副会長を務める神奈川県情報サービス産業協会の池田典義会長は、「企業たるもの、ある程度の仕事をするようになったら、地域へどれだけ還元できるかというCSR(企業の社会的責任)の発想が大事だ。大規模な社会インフラで地域社会を豊かにするユビキタス社会の実現に企業は積極的に取り組むべき」と語る。ユビキタス社会とは、社会インフラをともなった次世代の都市環境をつくる大規模な計画。その成否が都市の吸引力の差となるため都市間の競争、また業界団体間の競争が激しくなると考えられる。来るべきユビキタス社会に向けて他県より早くその実現に取り組み、県民、企業に啓蒙していくのがu-K協の目的だ。現在、u-K協には、22の企業・団体の役員等が理事・監事に就任しているほか、多くの企業・団体・個人が一般会員として参加している。u-K協では、産業・社会基盤のあり方を模索し、課題の抽出とその解決策について検討する調査研究や、国内外の社会・経済動向やe-Japan、u-Japanの実現に向けた国・民間の動向などに関するセミナー・シンポジウムなどの開催、地域の課題解決や活性化に向けたプロジェクトの実施・展開などを行なっていく。事務局を務める松尾延久氏は「ユビキタスネットワークに関する連続セミナーの実施を検討している。活動を通して『神奈川力』の増強に貢献していきたい」と抱負を語る。
u-Kanagawa推進協議会 神奈川県情報サービス産業協会 [CSRとは]では、ユビキタス社会とはどのようなものか、ご存知だろうか? そもそも「ユビキタス(ubiquitous)」という言葉は、ラテン語の“ubique=あらゆるところに”という形容詞を基にした、「(神のごとく)遍在する」という意味で使われている英語。ユビキタス社会とは1988年に米ゼロックスのパロアルト研究所のマーク・ワイザー氏が提唱し、コンピュータ環境の革新における第3の波と位置付けたもの。第1の波は多くのユーザーが1台の大型コンピュータにアクセスするメインフレーム。第2の波は1人のユーザーが1台のPCを利用するパーソナル・コンピュータ。第3の波では、1人のユーザーの周りを多くのコンピュータが取り囲み、ユーザーが使いたい時に自分の情報ネットワークにアクセスできるとした。ユビキタス社会ではユーザーにとって目に見える形でコンピュータの機械が存在せず、「人間の生活環境の中にコンピュータチップとネットワークが組み込まれ、ユーザーはその場所や存在を意識することなく利用できるコンピューティング環境」となる。
ユビキタス社会には「ユビキタス・コンピューティング」と「ユビキタス・ネットワーク」の2つの側面がある。「ユビキタス・コンピューティング」とは、「身の回りに存在するコンピュータを利用する環境」のことで、ネットワークに蓄積された、あるいはICカードやメモリーカードなどに入力された個人情報と、電子機器のみならずあらゆるものに埋め込まれた「U(ユビキタス)チップ」(RFIDタグ)が連携することによって様々なサービスが受けられるというもの。一方、「ユビキタス・ネットワーク」とは、「情報端末のみならず、マイクロプロセッサを搭載した様々な電子機器をネットワーク上で常時接続可能な状態に維持する」ことで、自動車から、テレビや冷蔵庫などの家電製品、エレベーターや信号機などの交通インフラ、体温計や電子手帳などの軽量家電まで、あらゆる機器の機能をネットワーク上で管理できるようにするというもの。この2つの側面、ユーザーの個人情報とUチップの連携、あらゆる電子機器をネットワーク上で管理すること、その両面が達成されることでマーク・ワイザー氏が提唱した意味でのユビキタス社会が実現する。
「ユビキタス・コンピューティング」が実現すると、例えば買い物をするとき、バーコードよりはるかに多い情報量を持つUチップが埋め込まれた商品にリーダーをかざすことで、その詳細な商品情報や関連情報を見ることが可能となる。またUチップは電波を飛ばしているため箱の中にあるものを全部一度に読み取ることができ、商品管理の飛躍的な効率化が図られる。さらには個人情報と連携することでより詳細なマーケティング情報が得られることや、ゴミの不適切な分類を検知するなど、あらゆるモノがトラッキングできるようになる。「ユビキタス・ネットワーク」が形成されると、住宅内の電動カーテン、ブラインド、シャッター、照明器具、エアコン、冷暖房機器、テレビ、ラジオ、ステレオなど、およそすべての電気製品を宅内でリモコン操作したり外出先から遠隔操作したりできるようになるという。さらにはセンサーやプログラムによって自律的に動作させることも可能となる。ユーザーが外出や帰宅したことをセンサーが感知したり、規定の時間にプログラムを設定することで、それぞれの電気製品がユーザーの行動に合わせて自動的に連携して働き、より快適で安心な生活を送ることができるという。電気ポットや冷蔵庫が見守る安否確認機能や多機能トイレで体調をチェックするといった康管理機能は、高齢化社会に向けて高いニーズがあると考えられる。
シンポジウムは同会の会長である学校法人岩崎学園の岩崎幸雄理事長の挨拶から始まり、「IT化の進展がもたらした個人情報の漏洩や著作権の侵害、ウィルスの氾濫、デジタルデバイドなどの新たな社会課題の解決へ向けた取り組みと共に、ユビキタスに関する最新情報や社会動向を紹介するセミナーや、地域、産業の活性化につながるプロジェクトを実施していきたい」と述べ、新組織スタートへの意欲を表した。続いて名誉会長である神奈川県松沢成文知事が「県内には国際的な移動通信技術の研究開発拠点である横須賀リサーチパークがある。インターネット普及率も全国2位であり、将来のユビキタスネットワークを支えていくための人、技術、サービスなどが集積しつつあり、その潜在的な可能性は他県に比べ高い。u-k協議会がユビキタス社会の早期実現を目指して幅広い活動をおこなっていくことを期待している」と挨拶を述べた。
続いて、東京大学先端科学技術研究センターの大西隆教授が「逆都市化時代の地域振興」というテーマで、野村総合研究所の玉田樹理事が「ユビキタスネットワークとは何か」というテーマで基調講演を行った。その後はパネルディスカッションが行なわれ、浜銀総合研究所の八木正幸理事のコーディネートで、基調講演の二人と東日本電信電話取締役神奈川支店長の岡田昭彦氏、日立製作所情報通信グループ公共システム事業部副事業部長の山中大三郎氏、三菱地所ビル事業本部ソフト事業推進部副長の大草透氏の5氏がそれぞれの立場からユビキタス社会に向けた提言を述べた。岡田昭彦氏は「ITが発達すればするほど企業は東京に集中してしまった。その流れを変えるにはテレワークの有効利用が不可欠である」と早期のユビキタス社会に対応したインフラ整備が企業誘致につながると述べた。また、山中大三郎氏は「ユビキタスは現在、点でしかない。セキュリティの問題はあるが、線となり面となればすばらしいシステムになる」と計り知れないユビキタス社会の可能性を示唆した。
u-k協は、ユビキタス社会到来に対応したIT環境を整備するための調査研究・提言を行うことや、地域の課題解決や産業の再生・活性化に結びつくプロジェクトに取り組むことで、ユビキタス社会の実現に寄与することを活動の目的に据えており、次の3つのプロジェクトを実施していく。
1つ目は、京急線沿線「追浜」の商店街と大学生が一体となった「商店街」「駅」に根ざした地域活性化プランの検討・推進をテーマとするプロジェクト。関東学院大学工学部社会環境システム学科の昌子(しょうじ)研究室は、追浜のまちづくりを研究テーマに追浜の商店街等の協力を得て、空き店舗活用で「追浜コミュニティ亭(研究会)・ワイナリー」をオープンするなどの成果をあげている。同研究室のこれまでの研究成果をベースに、学生の発想を重視しながら、追浜駅の駅前スペースや駅中の有効活用などのビジネスとしての可能性を秘めた場所に着目して、地域に隣接する企業や来訪者を巻き込んだ、地域活性化の新たな展開を検討・推進するというもの。
関東学院大学工学部社会環境システム学科 昌子研究室2つ目は、「SOHO」というIT化の進展の中で生まれた新しいワークスタイルの定着、「SOHO」事業者の経済的自立基盤の確立や社会的評価の向上をテーマとするプロジェクト。SOHOは、起業精神に富む人が独立して創業する一つの形態として、また、障がいを持つ人や高齢者など、移動や労働時間に制約がある者への就労の形として進展が期待されている。神奈川県は、横浜市・川崎市以外の5 つの地域(湘南地域、横須賀・三浦地域、相模原・津久井地域、県央地域、湘南西部・県西地域) でSOHOネットワークや事業者データベースの構築を行ってきた。このプロジェクトでは、県内各地のSOHO事業者グループの全県ネットワークを構築し、連携して個々の事業者のスキルアップや安定的受注に向けた体制の整備などの事業基盤の確立を目指す。
かながわSOHO3つ目は、中間法人FISC推進機構から提案があった「Future Image Studio City (FISC)構想」実現化検討プロジェクト。FISC構想とは、映像コンテンツ企業の(株)アンフィニ・エンターテインメント・テクノロジや人材育成機関であるデジタルハリウッド(株)などの民間事業者からの提案。同検討プロジェクトは、京浜臨海部におけるコンテンツ産業の集積促進をテーマにし、コンテンツを創る人にとって使いやすい製作環境を都心から近い場所に賛同企業とともに提供しようという、FISC構想の実現の可能性を公開ワークショップや企業等との意見交換を通じて検証し、ブラッシュアップの提言をするというもの。FISC構想は「創造人の集結・交流」と「創造人へのサービス企業群」により、京浜臨海部川崎地域を中心として特殊映像スタジオ、デジタル編集、デジタルシネマ配信、人材育成、イベントなどの事業展開を想定している。
中間法人FISC推進機構「いつでも、どこでも、誰でも」というユビキタス社会は相互に連携した大規模な社会インフラの上に成り立つシステムである。これまでのように問題が生じた時に業界内で問題解決を図るのではなく、技術の開発の段階から産・官・学・民が協働して、様々な問題解決を図っていく必要がある。また同時に協働と連携をベースにした組織やコミュニケーションのあり方や、21世紀型の新しい社会のしくみのデザイン、新しい社会価値を生み出していくためのシステムが求められている。業界や各セクター間の仲立ちをして神奈川県のユビキタス社会の推進に寄与し、新しいライフスタイルやワークスタイルを創出していくu-K協の活動に期待していきたい。