男性をターゲットにしたスイーツビジネスが注目されるようになったのは今年に入ってから。きっかけとなったのは、「コンビニスイーツの売上げの7割は男性」、「有名スイーツを集めたネット販売サイトの利用者の4割は男性」という、意外な調査結果。これを受け、スイーツ業界も「スイーツは女性のもの」という考えを改め、いかに男性客を取り込むかを考え始めた。このような動きは雑誌では『AERA』 『Safari』 『R25』、テレビ番組では『ワールドビジネスサテライト』 『王様のブランチ』など、今年に入って多くのメディアで取り上げられている。
この流れの先がけとなったのは、江崎グリコが1999年に始めた画期的なサービス「オフィスグリコ」だろう。「オフィスグリコ」とは、オフィスにお菓子の入った箱を設置し、定期的に代金を回収して商品を補充する「置き薬」方式の販売方法。商品は一律100円で、利用者は箱の上に設置されたカエル型の貯金箱にお金を入れ、ボックスから欲しい商品を取り出すという仕組み。もともと女性社員をメインのターゲットに据えて企画されたサービスだったが、蓋を開けてみると男性社員の利用が7割を占めるという意外な結果となった。男性の潜在的なスイーツのニーズを発掘した「オフィスグリコ」は、東京・名古屋・大阪・兵庫・福岡の都心部で急速に普及した。
江崎グリコ男性をターゲットにした「Men’s」と名前のつくスイーツは、「甘味を控えたもの」「ちょっとカッコイイもの」「シブイ感じのもの」「ビターなオトナの味のもの」が主流だ。しかし実際は、意外と「こってりとした甘さ」のものを好むのだという。グリコ乳業は主力商品の「Bigプッチンプリン」の消費者調査を行ったところ、コンビニエンスストアでの購入者の7割近くが20~30代の大人の男性で、「プリンは女性や子供のおやつ」というそれまでの常識が一変した。そこで同商品のヘビーユーザーを集めて聞き取り調査をしたところ、「Bigプッチンプリンを買う事に恥ずかしさを感じる」という意見が多くあがったという。プリンのこってりした甘さは好きなのだが、大人の男性がプリンを買うなんて・・・という抵抗感を本人達も持っていたのだ。
そこでグリコ乳業は今まで恥ずかしくてプリンを堂々と購入出来なかった男性に向けて、「本当に大人の男性が食べたがっていたプリン」をコンセプトに、「量と味にこだわるMen’sプリン」の商品設計を始めた。同社の嗜好調査により、女性が「キレのある甘さ」を求めているのに対し、男性は「生クリーム系、なめらか系(濃厚なコクと甘さ)」の嗜好度が高いことが判明。そして新商品「とろ~りクリームonプリン~量と味にこだわるMen'sプリン~」が完成した。大きくて、クリームが乗っているプリンは、スイーツ好きの男性のニーズをキャッチし、発売以来好調な売上げを上げている。グリコ乳業 商品企画開発部 マーケティンググループの有馬さんは、「プリンは、仕事帰りにコンビニで購入し、家で一人でゆっくりテレビを見ながら食べる、というシーンが多いもの。男性は、誰の目も気にせず、気取らない“普段着のプリン”が食べたいはずなんです」と、スイーツ男が求めているものを分析する。
グリコ乳業コンビニではどのようなスイーツが男性に人気なのだろうか。横浜のオフィス街に位置し、男性客の利用が多いコンビニエンスストアの従業員に話を聞いた。「スイーツのなかで1番売れるのはシュークリームで、1日に20個近く売れます。エクレアも多く、買う人の7割が男性という感じですね。次に人気なのが杏仁豆腐などの豆腐系デザートと豆乳製品。ここ数年の豆乳ブームで健康に良いもの、カロリーカット、ダイエット効果があるものなどが最近の売れ筋で、健康志向が男性にも定着しているようです。味はオーソドックスなものが男性には受けますね。アイスならチョコやバニラといった定番商品で、ビター系はあまり売れない。おもしろいことに、オフィス街だからか、ケーキやプリンといった通常ならよく売れる商品が売れない反面、どこでも手軽に食べられる形状のものがよく売れているんですよ。オフィスに戻る前に外で食べているのだと思います。机の上に置いても違和感のデザインや、一つ一つ包装してあることなど、デザイン面での配慮が大切なのではないでしょうか」。
ケーキ専門店では男性客の動向はどのようになっているのだろうか。横浜シァルの地下1階に7月22日にオープンしたばかりの「CAKE MANIA」に話を聞いた。横浜ワールドポーターズの「dessert cafe CAKE MANIA」、東京一番街おやつの時間 洋菓子コーナーの「ケーキマニア Tokyo Apple Pie」に続く3号店に当たり、同店ではテイクアウト専門となっている。売れ筋商品である、いちごのショートケーキ、クリームブリュレなど、常時20~30種類のケーキを揃え、1日に250~350個が売れるという。店長を務めるファミール製菓の村井重雄さんに話を聞いた。「カフェ併設の店舗に比べると、テイクアウト専門店では男性客が増えます。世代的には10代後半~30代半ばですね。しかし、そうは言ってもまだ1割~2割ほどで、男性がどのようなニーズを持っているかはまだ見えていないのが現状です。男性客は遠目に商品を眺めて、決めてからパッと前に出て買っていく人が多いですね。スタッフが女性ばかりだから気後れするのだと思い、男性客には男の私が積極的に声をかけるように心がけています」。
CAKE MANIA ファミール製菓女性客をメインに展開しているデザートブッフェではどうだろうか。パン パシフィック ホテル横浜の2階「ソマーハウス」では、木曜日・金曜日の限定のナイトタイム デザートブッフェ「スイートジャーニー」を開催し人気を博している。「ソマーハウス」は大観覧車を間近に臨むラウンジで、普段は会議から商談、待ち合わせなど広く利用されている。軽い食事や飲み物、季節のオリジナルカクテルなどを用意しており、ペストリーシェフ達がつくり上げるケーキの数々が人気だ。夜景が美しいことから、夜の時間にデザートブッフェをやってはどうか、と5年前に始まった。フランスの権威ある洋菓子コンクール「コンクール・ガストロノミック・アルパジョン・ピエスアーティスティック」での優勝経験をもつペストリーシェフの武藤氏がつくり上げるスイーツを、お酒とともに楽しめる、大人のためのデザートブッフェだ。予約制で、19時30分~22時30分のあいだ時間無制限で、スイーツを好きなだけ食べられる。常時約12~15種類のケーキやデザートが用意され、新鮮なカットフルーツ、パンとサラダバー、スープ に、コーヒーまたは16種類から選べる紅茶を楽しめる。ワンドリンクとして赤ワインまたは白ワイン 、カクテルもセットになって1人3,500円。 常に最高の状態を提供したいというシェフ思いから、シュークリームは、クリーム詰めたての状態が10分以内に各テーブルに配られる。通常、デザートブッフェのケーキは似たような味のものが多くなりがちだが、こちらでは普段各500円前後で販売している通常商品をそのまま使っていることや、季節のフルーツを使って飽きがこないための工夫を凝らしているのが特徴だ。
パン パシフィック ホテル 横浜 パン パシフィック ホテル 横浜・ソマーハウス男性客の動向について、同ホテルマーケティング広報担当の大山淳子さんに話を聞いた。「男性はカップルで訪れるケースがほとんどです。男性向けスイーツの用意はまだないが、ホテル全体では『男性向けのアロママッサージ』という新しい試みを始めています」。アロママッサージは、イギリスでは医療として認められているリラクゼーション一つだが、いまだ日本ではスイーツ同様「男性が1人で店に出向くには抵抗がある」ものの一つ。「お部屋で1人、人の目をきにすることなく、ゆっくりとマッサージでくつろいでいただく。それならば、是非やってみたいという人が多いようで、男性のお客様からの問い合わせが数多くいただいています」。これからソマーハウスを利用したいという男性に対しては「ホテルのラウンジですから、男性も敷居が低いかもしれません。また、ナイトブッフェということで夜景も楽しめますし、アルコールもご用意できるので、カップルでのご利用にも最適なのではないでしょうか。お食事にはチーズやサンドイッチなどの軽食もあり、充分に楽しめるので是非気軽に来店していただきたいですね」と語った。
近年ブームを迎えている「お取り寄せスイーツ」での男性客の動向はどうだろうか。横浜に本社を置くインターネット商店の人気店「横浜夢本舗」に話を聞いた。同店はオンラインショッピングサイト「ビッダーズ」で2004年ベストショップ大賞に選出、楽天市場でも常に人気ランキング上位にくい込み、数々のメディアに取り上げられ、芸能人・著名人のファンも多い。もともとはレストラン、ホテルなど法人向けのPB商品を専門としていたが、本格的な味を家庭でも簡単に楽しんでもらうため、5年前に現在のようなオンラインショップをスタートさせた。味や素材に一切の妥協のない商品をファクトリーダイレクトで提供し、「ザッハトルテ」や「チーズケーキ」などスイーツの王道とも言えるケーキメニューで人気を博してきた。1日平均でホールケーキが100台ほど売れるという。
横浜夢本舗 横浜夢本舗(ビッダーズ) 横浜夢本舗(楽天市場)今では、顧客の4割が男性。購買時の名義として、家主の名前が使用されているとも考えられるが、店長の黒岩秀典さんは、「スタート当時から、男性向けスイーツには需要があると思っていました。最近は自分のためだけに買う、つまりご家庭での『ひとりスイーツ』を楽しむ男性客も多いんです」と語る。年齢層は25歳~40歳が中心だが、年代によって購買理由も違う。25歳~30代までは「彼女のために・母親へのプレゼントに」。30代以上は「自分のために」買っていく事が多い。看板商品であるホールケーキの単価的な問題もあってか、20代男性が「ひとりスイーツ」目的で購入されることは少ない。お取り寄せスイーツで「ひとりスイーツ」を楽しむ男性は30代から40代がメインということになる。
同社は、掲示板やメールを利用して、「消費者とコラボレーションして作るムース」を開発、顧客に対してモニタリングを行った商品を販売するなど「顧客との蜜な関係」を築き上げている。そんな中、男性客とのメールのやりとりの中で感じた事を黒岩さんはこう語る。「男性も『美味しかった・味が濃すぎた』など、率直な意見を寄せてくれます。最近ではアフィリエイターや、blog(ウェブログ)で自ら情報発信する、評論家タイプの男性消費者も増えていますし、こだわりを持ってスイーツを選ぶ男性が増加しているのではないでしょうか」。また、男性客が好む味については「これまで男性向けというと、ピリっと辛い、とか、ちょっと変わったもの、ビターな物…といったイメージがありましたが、実際は真逆です。男性は『定番商品で本当に美味しいもの』を求めている。食に対しても、貪欲になっているなと感じます。30代以降の「大人の男性」が嗜好品・贅沢品としてのスイーツに『本物の味』を求めるようになってきたのかもしれないですね」と語った。
横浜スイーツルーム by 横浜夢本舗同店が男性に人気があることに対し黒岩さんは「やはり、お取り寄せスイーツである事が理由でしょう。ケーキ屋に並ぶのは恥ずかしいけれど、ネットや電話で注文するのなら抵抗はない。また、カフェに入ってケーキを食べる事にも抵抗がある人にとっては、自宅でゆっくり好きなスイーツを食べられる環境を作れるわけですから、安心ですよね。また、サラリーマン男性からのニーズもあります。残業続きで終業時刻にはどの店舗も閉店し、路面店ではスイーツを買うことが出来ない。そんな時、お取り寄せならば、休日自宅まで届けてくれ、冷凍状態を切り分けて食べられるので利便性も保存性も高いと、愛用してもらっています」。
スイーツ男が増加、という現象について黒岩さんは「毎年、クリスマス、バレンタイン、母の日が商戦期なんですが、今年は予想外のことが起きました。毎年、手を変え品を変え作戦を練っても全く売れなかった『父の日』の売り上げが例年の何倍にものぼったんです。これは、当社に限ったものではなく、オンライン市場全体の動きだったようです。お父さんにスイーツをプレゼントしたついでに私も食べたい!…といった理由づけもあるのかもしれませんが、今まででは父親にケーキをプレゼントするというのは考えられなかったでしょう。父親世代にも、スイーツ好きを公言する人は増えているのかもしれませんね」。
今年は温暖化防止対策の一環として推進されたクールビズの影響で、父の日のプレゼント用ネクタイの売り上げが減少。変わりにシャツなどの売れ行きが伸びたが、ネクタイに比べ低価格の「お取り寄せスイーツ」がプレゼントに選ばれたのかもしれない。黒岩さんは今後の展開について「『スイーツ男』は確かにブームになっているといえますね。単なるブームで終わらせないために、今後は女性のみならず、男性向けに、もっと精力的にPRしていきたい」と語った。
スイーツ好きの男性の特徴を見ると、2種類に分けられるのではないだろうか。一方は、周囲の目を気にして、どこでも手軽に食べられるものを好むライトユーザー。ライトユーザーはスイーツ専門店で食べたり買ったりすることを躊躇するため、買いやすいコンビニなどを主に利用する。買うのはアイス、プリン、チョコ、シュークリームなどのこってりとした甘さの定番商品や、健康に良いもの、カロリーカット、ダイエット効果があるもので、手軽に食べられることを重視する。また、豆乳や杏仁豆腐などブームに乗った商品を選ぶ。
一方、スイーツ好きであることを公言し、周囲の目を気にしないハードユーザー(スイーツ男)はどのような特徴をもっているのだろうか。スイーツ好きの男性が集まるネット上のコミュニティでアンケートをとってみるとその実像が浮かび上がってきた。スイーツ男は味と満足感を重視し、スイーツ専門店やデパ地下に積極的に出向き、お取り寄せも活用して貪欲に新しい味、本物の味を求める。「ひとりスイーツ」で、1度に2つ、3つ食べることもあるし、女性の友達と一緒になってスイーツを楽しんだりもする。「甘さひかえめ」「動物油脂不使用」などの表示は、味が落ちるからと避けることもある。なかには究極の味を求め、自らスイーツ作りにとりかかる人もいる。
スイーツ男は最近になって増えたのか聞いてみると、特別に増えたわけではないという答えが多かった。今回のブームではライトユーザーの層が広がったといえるだろう。グリコ乳業の有馬さんは男性スイーツ市場の展望をこう語る。「男性向けスイーツの市場は、潜在的にもともと大きなものであったと考えております。今回のブームでスイーツ好きであることをカミングアウトする男性が増え、気軽にスイーツを買えるコンビニエンスストアなどの存在によって市場が顕在化しました。同じ人でも時間や場面によって、また商品カテゴリーによって求める味は変わります。弊社の考えでは、一日のスタートや、ランチのお供に食べるスイーツは『キレのある、さっぱりした甘さ』が好まれ、一日のご褒美に食べるスイーツは『こってり甘い物』が好まれると考えています。今後も男性向けの商品の展開は考えていますが、男性だけでなく、ターゲットや食シーンなどに、ピンポイントに絞った商品開発を展開していきたいと考えています」。
これまでは女性向けと考えられていた市場であっただけに、スイーツを楽しみたい男性のニーズはあまりすくいあげられてこなかった。それぞれの業種で男性を取り込むための工夫がなされれば、今後、市場はますます拡大していくのではないだろうか。ライトユーザーとしてスイーツに目覚め始めた潜在的な市場を取り込もうと、ますます加熱する男性向けスイーツビジネスの動向に注目していきたい。
弓月ひろみ + ヨコハマ経済新聞編集部