特集

ポッドキャストはビジネスをどう変える?
「ポートサイド・ステーション」の可能性

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■ネットラジオの新しい楽しみ方 「ポッドキャスティング」とは?

「ポッドキャスティング(Podcasting)」とは、ネットラジオの番組をパソコンにダウンロードし、それをiPodなどのポータブルMP3プレーヤーに転送して、好きなときに好きな場所で聴く楽しみ方のこと。専用ソフトをインストールして好きなネットラジオ局を登録しておくと、その更新情報がRSSで配信され、自動的にパソコンに音声ファイルをダウンロードしてくれる。専用ソフトは無料、番組コンテンツも無料のものが多く、ポータブルMP3プレーヤーさえ持っていれば、簡単に好きな番組を手に入れて聴くことができる。

ポッドキャスティングによってネットラジオは爆発的に普及すると語るのは、市民参加型のネットラジオ局「ポートサイド・ステーション」の代表を務める和田昌樹さん。「ラジオはあくまでリアルタイムに放送するもので、電波なので可聴領域も限られており、時間・空間ともに制約がある。番組をネット上でリアルタイムで流すストリーミング放送は既存のラジオの流れを汲んでいるが、ネット配信なのでパソコンさえあれば世界のどこでも聴くことができる。ポッドキャスティングではそれがさらに進化し、番組をダウンロードしてポータブルMP3プレーヤーで持ち運ぶことで時間・空間ともに制約がない。それにポッドキャスティングは登録さえしておけば自動で番組をダウンロードしてくれるので面倒くさくない。これは画期的ですね」。

Apple Store Podcasting

■横浜のコミュニティ放送局 「ポートサイド・ステーション」

新しいメディアとしてネットラジオが注目を集めているが、日本ではまだ個人の趣味で番組づくりをしている人が多い。そんななか、事業としていち早くネットラジオ局の開局に取り組んでいるのが「ポートサイド・ステーション」だ。代表の和田さんは、雑誌や書籍の編集で長年携わってきた出版社を早期退職し、子供の頃からの夢であったラジオ局の開設準備を今春から始めた。「団塊の世代以前の人にとって、最初に触れたマスメディアはラジオ。幼児体験としてラジオ文化に親しみ、新しいものはみんなラジオから教わった。だからいつかはラジオをやってみたいという思いがずっとあったんです」。

ポートサイド・ステーション

6月25日に『開局準備記念番組』の放送を開始し、現在は開局準備中として6つの番組『PortSide Bar』、『ポートサイド・サロン』、『ヨコハマ経済新聞編集余話』、『横浜街作りの父 R.H.ブラントンの足跡』、『横浜カーフリーデー・サポーターズ』、『横浜街作りコーナー』を定期的に更新している。本格的な機材が必要な番組は、関内にあるレコーディングスタジオ「マウンテンスタジオ」で収録する。また、技術の進歩によって安価な機材で高音質の録音が可能になり、バーやギャラリーなどでの公開録音も行っている。「ポートサイド・ステーション」の番組は以下の3つのジャンルに分けられる。 (1)NPOや市民団体がつくる番組で、活動のPRや協賛を集めることを目的とするもの。すでに7団体が番組づくりに参加している (2)ミュージシャンや音楽関係者が登場して楽曲をPRするもの。著作権の問題から、現在は横浜の独立系のミュージシャンが参加している (3)ゲストスピーカーの話を公開録音などでトークショー形式で聞くもの。番組にはすでに広告が入っているものもある。

マウンテンスタジオ

「NPO系の番組では、録音などの基礎的な技術は教えますが、内容面でも予算面でも自立して番組づくりをやってほしいと思っています。スタジオを無料で貸し出していますが、その対価はリスナーを集めてきてくれることですね。番組づくりにかかるコストは、協賛や広告をとって賄ってもらうことが理想です。音楽番組は楽曲の著作権の獲得はコストが高く手続きも煩雑なので、現状ではアーティスト自身が楽曲の権利を全て持っているインディーズミュージシャンに頼らざるを得ません。こういった著作権の問題はアメリカのようにもっと改善していかなくてはいけないでしょう」。トークショー形式のものでは有名人が登場したものにアクセスが集中しているという。横浜トリエンナーレ2005ディレクターの川俣正さんに、トリエンナーレの展望についてロングインタビューをした『ポートサイド・サロン』の『Salon 市民参加をうながす横浜トリエンナーレ2005』は多くの人にダウンロードされた。「テレビ番組はどれだけ目立つかを競い合うショーのようになっています。丁寧に人の話を聞くメディアが求められているのかもしれませんね」。

ポートサイド・サロン
ポートサイド・ステーションの和田さん ポートサイド・ステーション マウンテンスタジオの機材 機材を操作する和田さん マウンテンスタジオ

■市民がつくる番組 『横浜カーフリーデー・サポーターズ』

市民が作る番組『横浜カーフリーデー・サポーターズ』のディレクターであり、出演してナビゲーターも務めているアマゾン鈴木さんに話を聞いた。アマゾン鈴木さんはデザイン事務所「オフィス アマゾン」代表で、環境NGO「滅煙倶楽部」(めつえんくらぶ)主宰者でもあり、横浜カーフリーデー実行委員会では広報業務を主に担当している。カーフリーデーとは、車に休日を設けて、環境や人に優しい街づくりを目指して地域の人々とのふれあいを見つめなおす日のこと。毎年9月22日にヨーロッパを中心に各都市で行われており、横浜では昨年度から市民主体で実現に向けた活動を始めている。「カーフリーデーという活動があることは、世の中の人にまだまだ知られていない。9月23日に横浜でカーフリーデーを実施することをPRする手段として番組を始めました」。

横浜カーフリーデー・サポーターズ 横浜カーフリーデー2005 欧州発、クルマ社会を見直す日 ヨコハマで始まるカーフリーデー アマゾン通信BLOG

横浜カーフリーデーの実行委員会の会議の席で、出席者の一人から「番組を作ってくれれば無料でネットラジオ局に置いてくれる、という話があるんだけど・・・」と提案があったのがきっかけだった。委員の面々は年配者が多く、ネットラジオと言ってもピンとくる人は少なかったが、アマゾン鈴木さんは「どうやって作るのかわからないが、面白そうなツールではある。こちら側に予算の負担がないのであればやってみてもいいかな」と思ったという。アマゾン鈴木さんは番組ディレクターとして「Eco Lifeと、まちづくりの応援番組」というコンセプトのもと横浜カーフリーデーの広報番組を企画。ゲストの話をナビゲーターが聞くという構成でゲストをリストアップし、ナビゲーターにはNPO法人「横浜にLRTを走らせる会」の理事で、フリーのアナウンサーでもある串田久子さんが担当することになった。しかし、話の舵とり役として交通政策について理解している横浜カーフリーデーの実行委員が参加する必要があり、アマゾン鈴木さん自身も番組に出演することになったという。

NPO法人 横浜にLRTを走らせる会

「普通の人はなかなかラジオに出演する機会がないので、どう作っていけばいいのかまったくの手探りの状態で始めました。最初はお互いに頷きあってるだけで声を出していなかったりで、やりながら学んでいきましたね。文章表現や会って話しているのとは違い、ラジオは聴いてもらいやすい状態を作らないと聴いてもらえないメディア。聴きやすいテンポで話すこと、構成を考えてうまく話の舵を取ること、単なるおしゃべりにならないように魅力的なプレゼンテーションにするにはどういった技術が必要なのかと、音声だけでうまく伝えることを考えていくとラジオの特性がだんだんとわかってきました。『ラジオで流す著作権使用料のかからない音源が必要だ』と実行委員会のメーリングリストで書いたところ、『クルマ社会を問い直す会』の藤本さんから趣味で作った自作の曲を無償で提供いただきました。また、メンバーのつながりでNPO法人『横浜アートプロジェクト』理事長の榎田さんにテーマ曲の作曲を依頼することができました。アナウンサーや楽曲、音の調整などプロの方の協力が番組のクオリティを支えています」。

クルマ社会を問い直す会 NPO法人 横浜アートプロジェクト

良質な番組をつくるためには話し手のプロであるアナウンサーや楽曲を作るアーティストの存在が欠かせない。横浜カーフリーデーがこのようなつながりを持てたのも、昨年度の横浜カーフリーデーを多くのNPOや市民団体が連携することを目的に開催して団体間のネットワークができたことが大きいと言えるだろう。アマゾン鈴木さんは、このラジオ番組の制作を通しても様々な人と交流したいと考えている。「番組づくりのノウハウを学べるワークショップを開催したりして、他の番組を作っている人と交流する機会が欲しい。それに今のネットラジオは一方通行で、リスナーの声が聞こえてこないので、コミュニティを作るようなシステムがあるといい。著作権の問題もあるが、ネットラジオの普及につれてそういったことは解決していくでしょう。企業もポッドキャスティングをビジネスに活用しようと考え始めているし、可能性の高いメディアだと思います」。

横浜カーフリーデー・サポーターズ 番組の収録をするアマゾン鈴木さん(左)、串田久子さん(中央)、望月真一さん(右) ヨーロッパカーフリーデー 横浜カーフリーデー2005 横浜カーフリーデー実行委員会の会議 アマゾン通信BLOG

■ポッドキャスティングのビジネスとしての展望

iPodを開発したアップルコンピュータは8月4日、100万曲の楽曲を1曲あたり150円~200円で販売する日本版のオンラインミュージックストア「iTunes Music Store(iTMS)」をオープンした。日本でのサービス開始が待望されていたこともあり、開始からわずか4日目で100万曲を販売する爆発的な人気を見せた。iTMSを活用するために必要なミュージックソフトウェア「iTunes」の最新バージョンにはポッドキャスティング機能が組み込まれた。これにより「iTunes」を活用する多くのユーザーにとって、ポッドキャスティングが身近な存在になったと言えるだろう。

Apple Store Podcasting

Apple Storeの「おすすめのPodcast」のコーナーで「ポートサイド・ステーション」が紹介されてから、1日のページビューが1万数千に上るほど急増し、一時は混雑のためダウンロードが困難になるほどだったという。和田さんは、ブログ「OTONA Times」で現在の日本のポッドキャスティングの特徴と、ビジネスとしての展望を分析している。Apple Storeに登録されている日本語番組で上位にランキングされているものを、以下の6種類に分類できると言う。(1)タレント系(ほぼ日刊イトイ新聞 、よしもとハイブリッド・アワー 、週刊!木村剛) (2)メディア系(Podcast802 、URUMAX放送部78.0MHz 、ラジオ日経 、ラジオSOTOKOTO) (3)マーケティング系(イングリッシュビタミン・ポッダー 、シネマPeoole) (4)フェロモン系(モモ&YOU☆の声日記 、nana-life) (5)音楽情報系(Sappro Beer Tokyo Hot 100 J-Wave 、InterFM Podcast/OFF THE MIC) (6)インディペンデント系(PortSide Station)。

「TVの視聴率のように、ラジオにも聴衆率というものがあり、それが番組を評価する一つの基準となります。Podcasitingにおける番組は1回1回の個別の番組のダウンロード数ではなく、シリーズ全体でのダウンロード数(=顧客獲得数)で評価されるべきです。支持されるのは、気軽に聴けて、それなりに役だって、捨てにくい……つまり、リスナーに対する明快なメッセージを持った番組。これこそがpodcastingで番組を制作するときの基本となるでしょう。おそらく、こうした発想での番組作りは、いまだに、量の発想から抜け出すことができないマスメディアは不得意とするところなんじゃないでしょうか。たくさん見てくれるから、聴いてくれるからというボリュームの幻想を捨てれば、ニーズやウォンツに応じて少数でもそれなりに顧客(リスナー)が存在することに気づくはずです」。和田さんは、リスナーと広告主の双方を惹きつけるには、それぞれの番組で明確に顧客ターゲットを絞っていくことが重要だと言う。番組が特定の志向性を持つリスナーを抱え込むことで、広告も優良な見込み顧客にピンポイントに届く広告を打つことができ、広告効果は高くなるのだ。詳しくは和田さんのブログ「OTONA Times」を参照。

OTONA Times OTONA Times 「Podcastingとラジオの違いを酔考する」
ポートサイド・サロン ロングインタビューに応える横浜トリエンナーレ2005ディレクターの川俣正さん 木炭画アニメ作家の辻さんを迎えての公開収録

■9月中に本放送開始、そのビジョン

「ポートサイド・ステーション」は9月中に本放送を開始する予定だ。それに向けて準備しているのが、音楽番組で紹介される楽曲を購入できるようにする課金システムだ。音楽番組に登場するインディーズミュージシャンは、現状では自分たちの曲を売って生活することは難しく、その活動の支えになるようなシステムを作りたいと和田さんは考えている。「アマチュアでCDを出すことは大変だし、ヒットしない限りアーティスト側の取り分はほとんどない。例えばライブハウスが番組枠を買い、そこでインディーズミュージシャンの紹介とともにライブを録音した曲を流し、気に入ったリスナーはそれを1曲単位で安価に買うことができる、そんな仕組みをつくりたい。楽曲をiTMSで販売できるように仕掛けていくつもりです」。

また、課金コンテンツとして「落語」も準備中だ。「我々の世代は落語を聞いて育った世代。それに最近では若者の間で落語がブームになっている。上の世代にはなつかしい思い出を、下の世代には良質な娯楽との出会いを提供したい」。多言語での番組放送も考えている。「国際都市横浜には多くの外国人が住んでいるし、昔は住んでいたという人も多い。ネットラジオでは国境も関係ない。横浜に関わる外国人が情報発信し、また欲しい情報を得ることができるようにしていきたい」。他にも雑誌や本、古典映画、現代アートなどを紹介・批評する番組も検討している。

番組の増加に備えて事務所にもレコーディングスタジオを建設中だ。簡単なインタビューなどは事務所で、本格的な収録はマウンテンスタジオでと役割を分担していく方針だ。番組を聴いて「ぜひパーソナリティーをやらせてほしい」と参加を申し出る人も続々と現れているという。「旬な話題を扱って、できるだけ雑誌風に作っていこうと思っています。現在は趣旨に賛同してくれる人のボランティアのおかげでローコストで運営していますが、事業を拡大し利益を上げていくためにはプロの営業マンが必要です。事業を理解してもらうにはネットラジオの説明からしなければならないからです。いずれは増資や、コミュニティ放送の免許を取得して、電波を使ったラジオもやっていきたいと思っています。そのために、今はただ実績をつくり信用を得ていくことですね」。

和田さんは「今、日本ではビジネスとして本気でネットラジオをやっているのは日経BPとウチだけ。出版社やケーブルテレビ局は、『ポートサイド・ステーションが成功したらネットラジオに手を出そう』とじっと見ています」と業界への参入を伺う企業からの注目度を語る。横浜から全国に先駆けて走り始めたユニークなメディア、「ポートサイド・ステーション」。そのビジネスモデルは新たな時代を切り開いていくのか、その動向から目が離せない。

公開収録を行う女性ボーカルグループ「YOKOHAMA DIVAS」 開局記念イベントで演奏するアコースティクトリオ「ザッハトルテ」 事業計画を説明する和田さん 事業計画を説明する和田さん
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