JR桜木町駅建物に大きく掲げられた看板――。その看板には、音楽家・坂本龍一とともに「みらいに、ロハスを。」というキャッチコピー。この「みらい」という言葉には、「未来」と「みなとみらい」という二重の意味が込められている。これは三菱地所他2社が手掛ける、みなとみらい21地区の40街区における大規模・超高層マンションプロジェクト「M.M.TOWERS FORESIS(フォレシス)」の広告。このマンションは「ロハス」をコンセプトにしており、坂本氏はこのマンションプロジェクトのパートナーとして事業参画している。
「ロハス」(LOHAS)とは「Lifestyles Of Health And Sustainability」の頭文字をとった言葉で、訳すと「人と環境に優しい健康と持続可能性を重視するライフスタイル」となる。1998年にアメリカの社会学者ポール・レイ博士と心理学者ジェリー・アンダーソン博士が提唱したライフスタイルで、全米では4人に1人がロハス層に該当すると言われている。「人や環境に優しく」という健康&エコ志向のライフスタイルは以前からあったが、こうしたライフスタイルがともすれば禁欲的になりがちなのに対して、ロハスなライフスタイルはあくまで「自分重視」で無理なく続けられるというもの。アーティストや高額所得者層、教養人などがその担い手で、アカデミー賞授賞式にリムジンではなく環境に配慮したトヨタのハイブリッドカー「プリウス」で乗りつけたり、ヨガに熱中したりするハリウッドセレブ達のスタイルがファッショナブルなものと捉えられている。日本への紹介は環境コンサルティング会社のイースクエアが2002年にレイ博士をセミナーに招いたのが最初だと言われ、新たな消費スタイルとして日本でも定着しつつある。
イースクエア「もともとロハスという言葉を前面に打ち出すつもりはなかったんですけどね。というよりも、開発段階ではロハスなんて誰も知らなかった(笑)」と話すのは、三菱地所横浜支店開発課の岡安正雄課長代理。「M.M.TOWERS FORESIS」(以下、フォレシス)は「LOCATION(立地)」「ECOLOGY(環境)」「SAFETY(安全)」「COMFORT(快適)」を追求することによって、「これからの都市生活の提案」をしていくことをコンセプトとしている。決して、「ロハス」というブームに便乗したものではないという。そのことは坂本龍一氏が事業参画した経緯を見ても明らかだ。
三菱地所「フォレシスは当社としても画期的で自信作の物件だったので、私たちとしては単なるタレントとしてではなく、物件の良さを知っていただいた上で、社会的な発言力や信用力のある方にフォレシスの素晴らしさを情報発信していただきたかった。そこで坂本さんの名前が挙がったわけです」。実際、坂本氏のもとにはさまざまな企業からCMキャラクター起用のオファーが届いているというが、坂本氏は環境問題に一家言持つアーティスト、そして自身でもロハスなライフスタイルを実践しているだけに、企業の環境に対するスタンスについては厳しい目を持っているという。それだけにディベロッパーに対しては環境破壊につながると、当初は否定的な姿勢だったようだ。
そこでフォレシスのコンセプトを坂本氏に説明したところ、坂本氏は環境へ配慮した同プロジェクトの内容を評価し、「フォレシス」のプロジェクトメンバーとして参画することを快諾したというわけである。そして「ロハス」というキーワードを持ち出したのも、実は坂本氏。「プロジェクトのコンセプトについて打ち合わせをした時に出たのが、『それってロハスだよね』という坂本さんの一言だったんです。我々としては、『へえ、これがロハスだったのか』という感じで(笑)…」。
sitesakamoto(坂本龍一公式ホームページ)では、フォレシスはどのような点が「ロハス」なのか? まず、敷地面積における緑地の割合の大きさだろう。建物を2棟に集約することにより敷地中央部に大規模な緑地スペースを確保するとともに、敷地周囲や低層部分の屋上も積極的に緑化し、敷地全体に対する緑地の割合は約42%にもなるという。高層ビルが建ち並ぶみなとみらい地区だけに、地球温暖化やヒートアイランド現象の緩和を視野に入れ、都市の中に大きな森を作ってしまおうというわけだ。また、フォレシスは環境負荷の少ないマンションでもある。室内と室外間の熱の通過を低減するLow-E複層ガラスの採用や、全居室に地域冷暖房システムを熱源とする天井埋め込み型の冷暖房機を標準設置し、同時に室内の空気と室外の空気が熱交換を行う全熱交換式24時間換気システムを採用することで省エネルギー対応に努めている。さらにディスポーザーシステムの採用により、生ゴミの減量化も実現。
ロハスには「sustainable」(持続可能)なライフスタイルというコンセプトがあるが、これはフォレシスにも当てはまる。構造体や共用配管と内装を明確に分離することによって、将来の間取りのレイアウト変更などリフォームの自由度が高まり、ライフスタイルや家族構成の変化にも柔軟に対応し永く住み続けられることを可能にしている。また、永く住み続けるためには耐震性や耐久性も問われるが、剛強な基礎構造や高強度コンクリートなどの採用により万全だという。「環境に配慮するというと我慢を強いられるようなイメージがありますが、フォレシスはそのまま普通に住んでいただくだけで、環境に優しい生活が送れるわけです。エコとエゴを両立させることがロハスのコンセプトですからね。これは坂本さんの考えでもあります」とは岡安課長代理。
ちなみにこのフォレシス、最多価格帯は4000万円台後半だという。これは横浜市内の他の物件に比べると若干高めなのだそう。「ただ内装や構造関係面、セキュリティシステムは、いわゆる都内の高級マンション同様のものですから、その意味ではかなりお買い得のはず」という岡安課長代理の言葉通り、この4月に売り出したR棟全601戸は約2ヵ月で完売したというし、L棟に関しても全605戸のうち11月に売り出した225戸が完売。追加で12月に売り出した125戸も4日間で全て売れてしまったという人気ぶりだ。「自信作ではありましたが、ここまで好評だとは思っていませんでした。うれしい誤算ですね」。
M.M.TOWERS FORESIS今回、フォレシスの販売について岡安課長代理の中で強く印象に残ったのが、マンションの顧客ニーズの変化だという。「マンションの価値という観点からすると、これまでは立地条件や間取り、設備などが重視されてきたわけですが、これらと並んで『環境に優しい』ということを重視していらっしゃるお客様が非常に多かった。これは予想外でしたね」。つまりは、これからは「環境」が商品のセールスポイントになり得るということである。
実はこのロハスマンション、三菱地所にとっては初めての試み。その初めての試みをみなとみらい21地区で行ったことに、何か理由はあるのだろうか。「企業として環境問題に取り組むというのは当然ですが、ここまで環境を前面に打ち出した商品というのは初めてですね。みなとみらい21地区というのは、当社が開発した横浜ランドマークタワーがあるように、当社にとって丸の内と並んで重要な拠点だと考えています。ですから是非とも、この新しい試みを思い入れのあるみなとみらい21地区でやりたかったんです」。
昨今のロハスブームの火付け役と言われているのが、雑誌「ソトコト」である。同誌は環境をテーマに6年前に創刊されたライフスタイルマガジンだが、「スローフード」という言葉を流行らせたことでも記憶に新しい。「ロハス」というキーワードに着目した点について、編集長の小黒一三氏はこう話す。「まず雑誌を売らなきゃいけないということで、かなり戦略的に『ロハス』という言葉を使ったという側面はあるよね。現代人が身につけるべきたしなみとして、環境をオシャレに楽しく考えていこうということで『ソトコト』を創刊したんだけれど、創刊当初はそうした思いというのはなかなか理解されないでいた。そんな中、『スローフード』というキーワードを打ち出したところ、雑誌の認知度も上がってきたので、次は『衣食住』のうちの『衣』と『住』だと考えていたんだけど、これらを言い表すキャッチーな言葉がなかなか見つからなかった。アメリカでロハスというのが流行っていて、調べてみると幅広い概念を持っていて使い勝手がいいということで、ロハスという言葉を打ち出したわけ(笑)」。
ソトコト確かにロハスの概念は幅広い。有機食品や自然食品もロハスなら、オーガニックコットンやクールビズだってロハス。ヨガやピラティスもそうだし、シックハウス対策もハイブリッドカーも、とにかく環境や健康に配慮したものなら何でもロハスなのだ。むしろ、ロハスに当てはまらないものの方が少ないぐらいだ。「だから、ロハス的な概念というのは決して目新しいものではなくて、従来からあった価値観。バブル崩壊後、人生カネだけじゃないんだという価値観を持つ人が増えてきたということなんだろうね。六本木ヒルズに住んでいる人達とは対極の存在(笑)」。
同誌が2005年1月号でロハスを大々的に取り上げたところ早速、20~30歳代の女性読者を中心に大きな反響が返ってきたという。そのことは販売部数で倍増、広告売上で約3倍という数字の伸びでも明らかだ。「広告なんて、ウチの雑誌に関連性のない企業まで出稿してくれるからね。海外高級ブランドの広告も数多く入っているんだけど、日本人のスタッフに聞くと、『ソトコト』に広告を出すということを本国の本社は非常に名誉なことだと感じているんだな。やっぱり国際的な企業というのは環境コンシャスなところがあるから、『ソトコト』のような雑誌の存在意義をよく理解しているんだろうね」。
「ゆるいエコブームのようなもの」だと話す小黒編集長によれば、都会に住む人の約4割がロハス層だという。ただ熱しやすく冷めやすい日本人のこと、このロハスブームも一過性のものに終わる恐れはないだろうか。「そういうことはないと思う。安心や安全にお金を払うという考え方も定着しているしね。企業の方も今回の松下電器の例を見てもわかるように、消費者の安全を考えて迅速に情報開示しているし、スーパーの生鮮食品のトレーサビリティだってそう。この流れは止めようがない」。
今、若い女性を中心にヨガやピラティスが大ブームである。このヨガブームもロハスの文脈で捉えていいだろう。もともとヨガは10年周期で流行を繰り返していたが、つい最近までは瞑想や神秘性といった要素が宗教臭さを感じさせるという理由で下火だったという。今回のブームは、ここ数年のことなのだそう。背景には、前述したハリウッドセレブ達のヨガ人気というオシャレなライフスタイルへの憧れがある。それに加え、体内の毒素を排出させたり、独特の呼吸法による心配機能の向上、体型維持などといったヨガが身体的に及ぼす効能に注目したロハス層の支持がある。そして従来のヨガと異なるのは、神秘性や宗教臭など閉鎖性を排除することで初心者でもスタイリッシュで気軽に楽しめる点だ。
ロハスインターナショナルが運営するニューヨーク生まれのヨガスタジオ「studio yoggy」(スタジオ・ヨギー)も、そんなオシャレでカジュアルに楽しめるヨガスタジオの一つ。同社は去年、原宿へスタジオをオープンして以来、全国主要都市にスタジオを展開しており2万人の会員数を誇っているが、12月2日に新たなスタジオを横浜にオープンした。
「studio yoggy 横浜」は、全国各地の「studio yoggy」の中でも最大級の規模を誇る。オープン10日ながら、すでに400人の会員が集まっているという。桑原周マネージャーによれば「1日に30人の割合で会員の方が増えています。20~30歳代のOLや主婦の方々が中心で、男性はやはり少なくて全体の5%ですね(笑)。でも、カップルやご夫婦で楽しまれる方も結構いらっしゃいますよ」。
ロハスインターナショナルという企業名の通り、ヨガ関連事業に軸足を置きつつロハス的なライフスタイル全般に対して提案を行うビジネスモデルを指向しているだけに、スタジオの床材は全て環境に配慮したシルバーパイン(北欧パイン材)を使用している他、健康建材の使用によるシックハウス対策も万全だという。
studio yoggy 横浜西口にNYスタイルのヨガ「studio yoggy」の旗艦店また入会金が必要ないなど、初心者にとって敷居が低いのも大きな特徴。「無理せず取り組めるよう基本的なポーズでプログラムが構成されているので、映画や外食を楽しむようにヨガを日常生活の一部として自然に取り入れて欲しいですね。みなさん、スタジオにいらっしゃる時と帰られる時とでは全然表情が違いますから。本当に幸せそうな表情していらっしゃいます(笑)」。
ロハスをテーマにネットを活用して起業した主婦が横浜にいる。サイト「Lohas-yokohama」を運営するAnytime LOHAS代表の野田稔子さんだ。ロハスに目覚め、起業のキッカケとなったのは妊娠・出産だった。「もともとアロマテラピーやリフレクソロジーに興味があって資格も持っているんですが、ロハスという言葉を初めて聞いた時も『私って、ロハスじゃん』っていう感じで…(笑)」と笑う。
Lohas-yokohama(ロハス横浜)妊娠を機に仕事を辞めた野田さんにとって、ロハスとネットビジネスは渡りに船だった。「妊娠すると女性はどうしても社会から遠ざかりがちになりますが、何か仕事をすることで社会と接点を持ちたかった。子供がいると頻繁に外出もできないので、在宅でできるネットビジネスというのは大きなメリットでした」。
今年7月に「Lohas-yokohama」のホームページを開設。サイト内で子育てに役立つ情報を発信する他、食品や飲料、石鹸などの通販を行っている。現在のアイテム数は約80品目。全て野田さんが実際に使ってみて、ロハスなアイテムだと推薦できるものばかりだという。現在のイチ押し商品は、コンセントを差し込むだけでカットできる電磁波防止グッズ。「やっぱり自分が本当にいいものだと思えないと、売る気も起きないですしね。無理をしないのがロハスのいいところですから。無理せず長続きするということを考えています」。
ただ、その一方で悩みもある。仕入れの問題だ。「基本的に小ロットでしか仕入れられないので、扱いたい商品があってもなかなか仕入れられないのが実情。サイトの認知度がもっと上がれば、こんな悩みも解消できるんでしょうけど。あらゆる意味で、これからですね」。今後は自社開発の製品も扱っていく予定だ。「サイトのメンバーのママにオーガニックコットンでスタイ(よだれかけ)等作りをしてもらうことが第一弾になります」。
野田さんには大きな夢がある。それはサイトの運営を通じて、彼女のように結婚や出産で仕事を辞めた主婦に雇用を創出することだ。「女性ならではの、主婦ならではの、ママならではの感性をロハス関連事業で活かせる職場が作れたら嬉しいです。さらに子ども連れでも勤務できる職場だったら最高。子どもに働くママの姿を見せられたらいいですね」。
高価格にもかかわらず完売した環境に優しいマンション、ロハスをキーワードに大ブレイクした雑誌、ロハスを背景に盛り上がるヨガ人気、ロハスをテーマに起業する人――これらに共通するのは、いずれもロハス層に向けてのマーケティングをビジネスチャンスとして捉えているということだ。
三菱総合研究所資源・循環研究部の高田直弘主席研究員はこう話す。「この背景には、『物を作る時代』から『物を使う時代』へ移り変わってきたということがあります。従来の工業化社会モデルのように作るだけ作って売るというだけでは、企業はコスト競争に走らざるを得ず、企業活動も立ち行かなくなりますからね」。新たなライフスタイルには、新たなビジネスや需要があるということである。
三菱総合研究所「持続可能な社会というものを考えた場合、商品開発にしてもこれまでとは違う視点が求められるわけです。例えば、完璧に作り込んだ商品を売るのではなく、消費者が長く使いながら改良させていけるような商品。そうしたものが持続可能な社会の実現の一助となるし、これからは求められるのではないでしょうか」。単なるブームと侮るなかれ。ロハスは人々の消費スタイルだけでなく、社会や企業のあり方を変え得る可能性を秘めているのだ。
牧隆文 + ヨコハマ経済新聞編集部