「あなたがいま気になることは何ですか?」
ファシリテーターと呼ばれる進行役がテーマを出すと、参加者はそれを書き出し、数人のグループに分かれて発表し、テーブルに着いたもの同士で対話する。
市民創発を掲げる「ヒルサイド」の小川巧記・総合プロデューサーのワークショップはいつもこんな調子で始まる。参加者に大仰な知識や経験、準備は必要ない。ただ個人が普段のまま参加して自分の思いや考えを他者に説明し、参加者は互いに意見や感想を述べながら一つのテーマを共有し、発展させてゆく。ただそれだけのことなのだが、これがみんなを妙に夢中にさせるのだ。これまで口にしなかった自分の思いがテーブルの上にさらされて共感を生んだり、考えもしなかったことに気づいたり、思いも寄らず深く掘り下げられたり。終了後、誰もが「楽しかった」「また参加したい」と口を揃えるのが「小川ワークショップ」の魅力である。
横浜開港150周年協会 「ヒルサイド」公式サイト ビッグバン・ハウス株式会社 関連記事(開港150周年イベントプロデューサーが会合―テーマは「出航」) 関連記事(横浜開港150周年前に記念イベントの概要発表―海上会場も)小川プロデューサーは2005年の「愛・地球博」で150年の万博史上初めての試みとなった市民参加型プロジェクトを大成功に導いたことで知られる。横浜市民でもあり、たまたま「愛・地球博」を視察に訪れた中田市長の熱心な呼びかけもあって今回「ヒルサイド」をふくむテーマイベントの総合プロデューサーを務めることになった。ワークショップの利点について小川プロデューサーは「物事を自分ひとりで考えるのは大変。ワークショップはそれを相互作用というか、相関関係のなかで考えることができる。非常に有効な方法だと思います」と語っている。この方法論は何も市民参加には限らないのだそうだ。
「これまでは一人の人間の考えで物事が動くという時代があったんですが、これからはそういう時代ではない。たとえばWebではオープンソースとか集合知とか盛んに言われていますが、知を集める、経験を集める、体験を集めるなかで、ひとつの道を探していくというのは21世紀のいま、非常に重要な方法論として出てきている。それを僕たちは今回、市民とか生活者のレベルでやってみようということですね。ワークショップを通して“決して僕たちは孤立していないのだ”というなかから物事を作っていく。共生や持続可能な社会を考えるとそれは非常に重要な行為だし、それを市民が体験すれば、そして体験した市民が増えれば、きっと地域も変わっていける。そういう意味でもこれからはワークショップ的に考えることが非常に重要だと思います」。
「愛・地球博」公式サイトところで今回、もうひとつわかりにくいとされるのが「市民創発」という言葉。小川プロデューサーは次のように説明する。
「創発という言葉は複雑系の科学から出てきた言葉ですが、要するにいろいろなものが合わさって相互作用が盛んになると、あるとき予想外の飛躍が出てくる、まったく新しい性質が生まれるということですね。たとえば3人で話していると、存在するはずのない5人目のアイデアが飛び出すというような。足し算ではなく掛け算という言い方がありますが、それをはるかに超えているんです」。
創発という言葉が意味するものはそのまま「ヒルサイド」のコンセプトである「市民力」の言葉にも込められている。市民一人ひとりが自分にできること、やりたいこと、すべきこと、求められるもの=市民力をワークショップという方法論を利用しながら考え、時間をかけてじっくりと形にしていく。そこに予想外の飛躍が生まれると、それがまた、まったく新しい市民力になるということらしい。
「言い方をかえれば新しい価値観が生まれる、新しい価値観が創造されるということ。その価値観に多くの人が誘発されて運動になっていくのが“ヒルサイド”の市民創発にとってすごく重要なことだと思うんですよ。単に『いいアイデアが生まれました』では終わらせない。『創発』のなかに込めたい言葉は最終的には運動ですね。僕はイベントは運動だと思うんです。今回『ヒルサイド』でどれだけ新しい運動が生まれるかが一番大事なこと。どんな小さなものでも構わない。それが契機となって次の150年につなげていくということですね」。
2008年1月にスタートする創発支援プログラム。ここに参加して具体的に得られるものについて小川プロデューサーは「気づき」と「つながり」を挙げた。
「参加した人それぞれ、その人なりの自分で出来ることを発見すると思います。「気づき」と「つながり」はワークショップの基本だと思うんですよ。「気づき」だけではしょうがない。「つながり」と両方あって初めて運動になる。自分に自信がない人、何かやってみたいけど何の経験もないし、運動なんてしたことがないという人がいると思いますが、そういう人にこそ参加して欲しい。そういう人が「気づき」と「つながり」を持って何か行動を始めることが一番大事だと僕は思っています」。
新しい人との出会いや関係性から思いも寄らないアイデアが生まれる。その創発こそが「市民力」や「横浜力」へつながるスタートになるというわけだ。
市民創発メンバー募集ページ(ヒルサイド公式サイト) 関連記事(横浜開港150周年イベント「ヒルサイド」市民参加募集説明会)今回のワークショップでファシリテーターを務める吉澤さんは、「愛・地球博」の市民参加プロジェクトである地球市民村に係わった経験の持ち主。市民創発プログラムに参加するにあたって何も難しく考える必要はないという。
「メンバー募集のチラシには〈環境〉〈地域〉〈社会〉〈暮らし〉というキーワードが一応掲げられていますが、これは枠組みであってテーマ自体は自由に考えてもらって構いません。たとえテーマを持っていなくても主体的に取り組もうという意欲や関心を抱いている方はウェルカムです。このワークショップ参加を一つのきっかけとして自分らしい企画、やってみたいこと、期待されていること、求められていることを見出す時間に使っていただければいいですね」。
とはいえ具体的な企画をイメージできなければ参加しにくいのも事実だろう。そこで吉澤さんにどんな企画を考えればいいのかヒントを訊ねてみた。
「そうですね……もし私だったら、例えば『世界が100人の村だったら』という本が出ていますが、それを『横浜が100人の村だったら』と読み替えて地域のことを知るための時間をワークショップ形式で来場した人に提供するとか。横浜はゴミを減らそうという取り組みをしているので、自分が捨てたゴミがどうなるのか最後まで追いかけて情報を提供するとか。あるいは自分の子ども時代の遊びを今の子どもたちに伝えるプロジェクトとか。そんなところでしょうか。ただ、これはあくまで私の興味から生まれたものですから。企画を具体化するための支援体制は整っているので、とにかくまずは参加してほしい。意欲さえあればいろいろな人とつながれるし、とても楽しいワークショップを通じてなにかが生み出していけると思いますよ」。
そんな市民中心、プロセス重視のイベントである「ヒルサイド」の会場となるのは横浜市旭区の横浜動物の森公園(ズーラシア)未整備地区だ。これまで横浜で開催される大規模なイベントといえばベイサイドに中心だったが、この場所が選ばれたことにも意味が込められているという。横浜開港150周年協会の御調知伸さんは言う。
「横浜というと誰もが最初に思い浮かべるのは横浜駅からみなとみらい、山下公園、中華街、山手と連なるベイサイドエリアですよね。そこはもちろん横浜らしさのひとつであるわけですが、実際には横浜市は18区からなり、360万人の市民が住んでいます。その大多数が丘側、つまり港から離れた内陸部に住んでいるんです。そこで今回、市民参加型プロジェクトを推進するにあたり、市民の一人ひとりが横浜市民としての一体感を持てる場所として内陸部のズーラシアを選びました。これまであまり目を向けることがなかったけれど、内陸部にはまだまだ潜在的な市民力があるぞ、というメッセージになればいいなと考えています」。
「竹の海原」と名づけられた竹の大屋根を持つ会場も壮大だ。横浜市内の里山保全のため間伐した2万本もの竹を利用して市民と協働で会場を作り上げるという。その大屋根の下でそれぞれの思いを形にした150以上のプロジェクトが展開される。
よこはま動物園ズーラシア「結局、これまで市民参加というと企画も運営も行政が取り仕切るなかで参加者を募ってきた場合が多いわけですが、今回は本来の自発的な市民参加の形にしようという試みなんです。『ヒルサイド』を契機に横浜市民の市民力をもっと表に出していただきたいと思います。それと、もうひとつ。横浜の歴史的資源というとすぐに赤レンガ倉庫や開港記念館などを思い浮かべますが、それぞれの地域には昔の農家や民家が残り、市民の森や里山、緑あふれる大きな公園が驚くほど残されているんですよ。そういう意味でも市民創発が自分の住んでいる地域を見直すきっかけになって、新しい横浜の魅力がどんどん生まれてほしいと期待しています」。
市民の森
三宅久美子+ヨコハマ経済新聞編集部